黒い罪(後編)
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ブゥウーン。
翌朝、11月3日。おそらく今日、神崎くんが交通事故に巻き込まれる。
人がまあまあ通る都会の道路で白い軽自動車が、音を立てて走っていった。
待ち合わせ場所の歩道で、そんな様子を、暇つぶしがてら眺めている。
気を強くしとかないと、あとはせめてものオシャレかとも思い、お気に入りのキュロットを履いてきた。
……ちょっと、早く来すぎちゃったみたい。
「お待たせ。こんな朝早くにごめんね」
横から、青いジャケットの姿で、神崎くんが現れた。
そのごめんねの一言に対して、私は首を振った。
「ううん。大丈夫」
「そう?じゃあ行こうか」
神崎くんが目的地に歩き出すのと同時に、すぐさま彼の横について行った。
ちょっとだけ、彼と距離も空いちゃったけど。
緊張感が漂う中、歩道の横を走る、自動車の音だけが響いていた。本当に私を誘ってくれても良かったのかな……?
やがて交差点につき、人混みに紛れて、赤信号の前に立っていた。
目の前の道路には、さっきよりもかなり交通量が多いのが感じられる。
辺りから感じる人の声。ふと目についたのが…
「えー!これやばーい!」
私の真横にいた、信号の待ち時間に、スマホを見ている若い女子二人。
二人とも知らない人だけれど、もしかしたら目印になるかもしれない。
「……大丈夫、七瀬さん?」
「あ、ごめんなさい。大丈夫…」
緊張し過ぎていて、神崎くんも私の様子を見て察したみたい。
私がそう話した後も、再び彼との間で沈黙してしまう。
けれど、この後の事故が起こる状況を考えると、心がざわざわしてしまう。
そんな緊張をほぐすために、私は下唇を噛む。
ブゥゥウウ───ン!
銀色の高級車が、道路の向こう側を勢いよく走る。
ひっ!?驚いて、下唇の噛みぐせをやめる。
たまにああゆう高級車が通ると、やけにビックリしてしまう私。
「_____七瀬さん」
……えっ?
低いトーンの声で、神崎くんが話しかけてくる。
私は「はい…?」と返事をし、神崎くんの方を向くと、
いつも以上に真剣そうな顔で、こっちを見ていた。
「もし。もしこの件で僕が、踏ん切りをつけられたら……_____」
その矢先に、私の目が反応する。
神崎くんの真後ろに迫っていた、「黒い両手」が見えた。
「神崎くん、危ないっ_______!?!?」
私は咄嗟に、迫っていたその両手を掴む。
両手の主は、「黒いフード」で顔を隠していた。
その人の服は……間違いなく「あの時」、私に着せられた黒いコート。
間違いない!この人は広瀬さん______
……しかし。顔をこっちに向けた途端、それは別人だった。
顔と印象がまるで違う、若者の男子のような顔つき。
うそ!?この人、まるで「ニセモノ」だよ……?
私に驚いた顔をした直後、その人は素早く、人混みの隙間を走って逃げる。
「ま、待って…!!?」
私はそのニセモノを追う。
しかし、途中で立ち止まって、神崎くんの方を向く。
「神崎くん!お願いだからここから一刻も早く離れて!!」
私は周りの人も気にも止める場合もなく、神崎くんにそう声を上げた。
驚きげになりながらも、彼はそこで「わかった!」と頷く。
ひとまず今は、あの人を追いかけるしかなさそう……!
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「ぜぇ……っはぁ…………ぁ?…ゔわっ!?!?」
私は、人気の少ない通路に逃げ込んだ、その人の両腕に掴みかかる。
両手を振り払おうと抵抗している、あからさまに焦っていたニセモノに、こんな状況でも私は訊く。
「はぁ……はぁ……!!
どうして、彼の背中を押そうとしたんですか……!?」
走り過ぎたせいで、私の方も彼の方も息切れが止まない。
「俺は……俺はぁ………!こんなつもりじゃ、なかったんだよ………!!」
「えっ…?」
質問の返事を聞いて、思わずその両手を離す。よく見たら……身長が、私より高い。
同時に彼も抵抗を止め、説明不足で呆然としていた私の表情をじっと見ていた。
一旦お互いに落ち着いて、近くのベンチに座り、二人で話し合う。
彼が名乗った名前は、米塚圭一。
少し遠い学校に通う、高校2年の男子高校生だそう。
どうして、私たちとは違う高校に通う人が、こんな事を?
明らかに、神崎くんの背中を押そうとしたはずだけど……。
「あの…。赤の他人である米塚さんが、どうして神崎くんを…?」
「……言っとくけど、俺と神崎は顔見知りだ。中学の頃からな」
「えっ!そ、そうだったんですか」
中学の頃から……?
ふと、神崎くんと、二人で話していた頃のことを思い出す。
『神崎くん。さっき何考えてたの?』
『…え、ううん、大した事じゃないよ。昔のこと考えてただけ』
『昔のこと?』
『…昔色々あってさ。小学校の頃は幼馴染が死んで、中学は友達がいじめに遭った』
神崎くんの言っていた、中学の「心の傷」と、何か関係があるのかもしれない。
私は米塚さんに、その事を聞いてみた。口がまごまごしてしまうけど……
「もしかして。米塚さん、何か知ってますか?例えば、えーと……いじめの事とか」
「____はっ!?なんでお前がそれ……っ!?」
「えっ?」
その言葉に対して、米塚さんはとても焦っている様子だった。
やっぱりこの人、何か知ってる……?
「何か知ってるんですね!?教えてください!!」
私はそう言うと、突然、米塚さんは深呼吸をした後、
思い切ったような表情でこう話す。
「……俺が虐めてた。アイツのことを」
えっ?いじめてた?
「だ、誰をですか!?」
「言わなきゃならねーよな…。広瀬結衣って女の子だ」
ひ……広瀬結衣!?私は頭が混乱する。
もしかして…!神崎くんの言っていた「中学の友達」って、広瀬さんの事だったの…?
「今はもちろん、あんな事をした俺が馬鹿だったと思ってる。でもアイツ、今になって俺の学校にやってきてさ。
俺にだけ虐めの証拠があるとか言って、それを正門の前にばら撒くって脅されて……狂ってた表情だった」
米塚くんは顔を俯かせ、自分の拳をドン!とベンチに叩く。
「この服着て、神崎を脅かしてこいって、訳の分かんない交換条件を言われた……」
つまり、米塚くんは広瀬さんに脅されて、「あの交差点で神崎くんの背中を押して」と脅されてたって事?
それじゃあ、あの時私が米塚さんを止めていなければ、神崎くんは助からなかったかもしれない。
……もしかしてこれで、命を救ったの?けど彼の命を奪ったのは、私と同じ身長の広瀬さんのはず……。
「でもよかった。米塚さんの手を、汚さずに済んで」
「まあな……でも俺は、あの時からずっと後悔してる。後で神崎に謝って、これからも罪滅ぼしするつもりだ」
米塚さんがそう言ってベンチから立ち上がり、向こう側へ去っていった。
どうして広瀬さんは、神崎くんに殺意があったんだろう……?
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私は一度、さっきの交差点へと戻る。
神崎くん、どこ行ったかな。一回彼と連絡してみた方が…って、あ。連絡先知らない。
その時。交差点の道路の一つの場所に、人混みが集中しているのが見えた。
「あれちょっとやばくない…?」
「見るからに、まだ学生さんだったのにね」
人混みの中にいる、誰かがそう話しているのが聞こえた。
不安な気分だった。
追い討ちをかけるかの如く、隙間から一瞬だけ見える。
止まっていた白いバスの前で、道路を赤く染めて倒れていた、神崎くんらしき姿が。
え……?
もしかして神崎くんは、助からなかったの……?
ふと、そこよりも向こう側の歩道に、赤い髪の少女が目につく。
……間違いない。あれは広瀬さんだった。
その服装は、黒いフード付きコート。
過去に私が着させられたものと、米塚さんが着ていたものに、全く同じ。
『アナタは私に成り代わるの。アナタはコウタくんを……殺した!!!』
そういえば。過去に戻る前に、広瀬さんはこんな事を言っていた。
やっぱり過去に戻る前も、「広瀬さん自身」が神崎くんの命を……。
私は広瀬さんの方へ向かい、彼女の目の前に立つ。
「あら、初めまして、七瀬さん。
……いや、その顔。前にも何処かで会った事、あった?」
首を傾げ、表情を変える事なく、私にそう問いかける。
不意に漏れたような笑みが、不気味に口角を上げて、怖い。
「どうして……、どうしてその黒いコートを着てるんですか!?なんで……?何で神崎くんは……っ!!」
広瀬さんといる度に、頭が混乱して、謎が増えていく。
謎が多過ぎて、自分の汗もどんどん溜まっていった。
「面白い。あー面白い!すっごく!アハハっ!……あなたの困り果てた顔が。
あなたは自分の思いを踏みにじられても、どーしてそこまで焦って彼を救おうとしたのかしら」
その言葉が、私の心に突き刺さる。彼女が言うのは、神崎くんに告白を断られた時の事だと思う。
私は……誰かの命が失われるのが、怖い。
ただそれだけだと言うのに、笑われそうで。言えなかった。それには答えず、質問をした。
「……私が神崎くんに告白を断られた事。なんであなたが知ってるんですか?」
「その日、あなた達を尾行していたの」
「えっ…」
思わず背筋が凍る。
あの時、人気が少なかったのに。全然気づかなかった……。
広瀬さんは、神崎くんが倒れている、道路の人混みの方を見る。
私もつられて、そっちの方を向いた。
「ずっと私は、コウタくんの無様な姿が見たかった。嫌な気持ちをさせられたから。あなたもそうでしょ?」
「………広瀬さんはどうして彼に、殺意があったんですか。どうして彼に執着するんですか」
その言葉に対して、彼女は私の方を、じっと見つめる。
名前呼び。やっぱり気味が悪い。この人、特に神崎くんに関わってるけど……何で彼に拘るの?
「言ったでしょ?嫌な気持ちをさせられたから」
広瀬さんは、さっき言った言葉をそのまま返した。
「……人間はいつも自分たちのことしか考えてない。どんなに助けを求めていても、みんなその人を避ける。私もその犠牲になっただけ」
広瀬さんの左眼は、妙に白く輝いていた。
言葉に反論しようとするけれど、その直前に去っていってしまった。
……彼女の言っていたことは、どういう意味なんだろう。
私は一つ、神崎くんのいる方を見て、ため息をついた。
「……広瀬さんと神崎くんに、何があったのかな」
そう呟くと、それを聞きつけた人が、目の前にやってきた。
「____本人に問い正してみろ」
黒いガスマスクの人が、私の目の前に立ち、そう答える。
私は、神崎くんを救うためには、神崎くんをもっと知りたい。
「……あの。もう一度、私にチャンスをくれますか…?」
「………。」
「知りたいです、私。神崎くんの事、もっと。もしそれが、聞くに堪えないイヤな過去だとしても」
「……………。」
「えーと……」
ハッキリと、胸の内を明かした。
けど。これは、完全に無視されてる……?
そう思っていた矢先、『タイムスピナー』たるものを、黙って直接渡された。
直後、ガスマスクの人は、ここから退散するように立ち去っていった。あの人、何者?神様?
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スピナーを回した直後、私は辺りを見渡す。
近くには、神崎くんの姿。ここは屋内みたい。
ということは………もしかして、図書館?
11月2日。学校図書館で神崎くんと、机のイスに隣同士で座っていた。
死んだはずの神崎くんが目の前にいるっ!?
……うん。過去に戻ってるから当然だよね。
確かに予想はしてたけど、実際に目撃するとびっくりしてしまう。
「……七瀬さん?えっと…。話って、何かな…?」
「えっ…?____あっ!!!」
そうだった。この時、神崎くんと話がしたいって、私から誘ったんだったっけ。
わざわざ一緒になってくれたのに。かたじけない!!
けど、ふざけてる場合じゃない。
神崎くんに思い切って、こんな事を聞いてみる。
「神崎くん。質問しても大丈夫?」
「うん」
「イヤな質問、かもしれないけど」
「いいよ、全然」
「……広瀬さんとは、どういう関係なのかな」
「えっ?七瀬さんって、広瀬さんの事知ってるの…?」
神崎くんは、驚いた表情だった。中学の友達の名前を、私が言ってたら困惑するよね。
でもやっぱり、何かフクザツな事情がありそうな顔でもあった。
彼はしばらく考えた後、私にこう打ち明ける。
「……僕が中学の頃に、いじめられていた子がいた。それが、広瀬さん。
僕は、彼女のいじめから、ずーっと目を背けてたんだよ」
彼は、複雑そうな表情をしていた。
真っ黒な罪を、これまで抱えてきたように。
___ううん。正直な事を言うと……
私にはまるで、「それ以上のコト」を想うような面持ちに見えた。
そして、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。知りたいけど、知りたくない。
だってそれが本当だとすれば…… この想いは完全に砕かれそうで、私にとって不都合になるから……