黒い罪(前編)
うぅん……。
ふと私が目を覚ますと、さっきまでいた公園のベンチで眠っていた。
公園にあった時計を見てみる。…時計の針はもうすでに、お昼頃を指していた。
さっき広瀬さんが私の体内に注射した薬品は…睡眠薬だったのかな。
そもそも何で、私にそんなもの注射したんだろう。何か、私を恨んでた……?
いや、私じゃ無くて、神崎くん?
……そういえば、広瀬さんの姿が見当たらない。
けれど、さっきまで彼女が持っていた黒い鞄は、ずっと私の横に置かれてあったのに気づく。
体が重い。
やっぱり寝起きだと、鉛のような体だった。
体を動かすのと同時に、自分の衣服に、服が妙に擦れ合うような、不自然さを感じる。
意識をハッキリさせたら、私はなぜか上着に、黒いコートを着ていた。
え…?さっきまで私、こんなもの着てなかったよ…?
そんな風に考えていた最中、見るからに、巡回中の警官二人が私のもとに現れる。
二人は私の目の前で、警察手帳を見せた。
「すみません。今現在この市内で、とある男子生徒がバスに轢かれて死亡した事件があったのですが」
落ち着いた表情で、その手帳を服に仕舞う。
「えっ…?」
男子生徒が………バスに轢かれた……?
まさか。その人の言う「男子生徒」って_____
「……それって、神崎、さん…じゃないですよね」
「ああ。被害者の顔見知りですか?」
「っ…!?」
…私は放心状態になる。
神崎くんが……「被害者」?
どうして…?う、うそ。
「歩行者の証言により、殺人の可能性があると見て捜査を進めています。それでなんですが、この辺りで匿名の目撃情報がありまして……」
私はあまりにも衝撃的で、その後の話はあまり頭に入って来なかった。
うそ…?で、でも。警察官がそんな事を言うなんて、でも信じたくない…。本当なの?
…私、あの時の歩道橋で、神崎くんに酷いこと言っちゃったのに……?
その時の謝罪すら、ろくに一言も言えてない。
どうして…?なんでこんな時に限って____
ふと、さっき広瀬さんが言っていた事を思いだす。
『あなたは、殺したの。コウタくんを』
『あなたは自分を振った彼に恨みを抱き、道路で背中を押して、わざと事故死させた』
『アナタは私に成り代わるの。アナタはコウタくんを……殺した!!!』
…と、彼女は言っていた。
いや、もしかして、そんなことがあったこそ…?
広瀬さんが、なんであの時の事を知っているのかは謎だけど……
え?でもそれって、まさか______
「その隣の鞄、あなたのですよね?中身を確認させていただいても?」
「…ぁ、ち、違います。これは……」
「すみませんねー…」
警官の一人が、その中身を見た。
「あった?」
「……ありました」
「ふーん、まだ使われていないか。でも十分、銃刀法違反ですからね」
え……??う、嘘……でしょ?
それを取り出し、手の届かない場所で見せる警官。
使われていないサバイバルナイフだった。なんでこんなのが入ってるの……?
「すみませんが、色々と署でお聞かせ願いますか」
「ち、ちがうんです。これは私のじゃなくて……!!」
「_____ちなみにもう一つの証言では、犯人は黒いフードで顔を隠していたと」
その警官の発言に、体が凍りつく。
今私が着ていたのは、「黒いフード」付きコート。
……私は、神崎くんを殺した罪を、広瀬さんになすり付けられたんだ。
「ほ、本当に違います!私は___」
「すみませんが、事情は署で。ですが、あなたと全く同じ身長であるとも、目撃証言がありましてね」
ま、まさか……!
私と広瀬さんは、身長が瓜二つだった。だからこそ、私が適任だったの……!?
ベンチから立ち上がって、その言葉に反論しようとするものの、聞き入れてはくれない。
うそ。このままだと、私…
警官二人に、手を掴まれそうになる。
で、でも…ほんとに……何も……!
私がパニック状態になっていた時。
ふと、すぐ真横にいた「黒ずくめの人」に気づく。
一瞬にしてその人は、私の手を掴んで、警官二人から遠くに引き離して逃げる。
「あっ!ちょっと待ちなさい!」
振り返ると、その人らは私たちを追っている。
けれど私たちの足には、誰も追いつけなかった。
私は手を掴まれて唖然としていたけれど、正直、安堵した気持ちもあった。
そしてその公園を後にして、人気の少ない場所に連れ去られてゆく。
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やがて誰もいない住宅地の路地裏に着くと、その人は私の手を離し、立ち止まる。
黒ずくめの人は…フードをかぶっていて、よく顔は見えない。
………え、まさか、広瀬さん……?いや、それとは違う。
よく見てみると、その人は大柄で、どこか中年のような……男の人だった。
私の着ているのとは違う、おしゃれな黒いコートを全身に纏っている。
「………。」
すると黒ずくめの人は、無言でこちらを向いた。
顔の部分は、一度目を逸らしたけれど、思わず二度見してしまう。
……その人は『黒いガスマスク』をかぶっていた。
目の部分は隠れていて、顔の全容は全く見えなかった。
こ、怖い。まるで「人間じゃない」ような、殺人鬼みたいな形相。
その人はぴくりとも動かず、女子高生の私にすら何もして来ないなんて……。
何だか怖くて……手の震えが止まらなくなった。
けどこのままじっとしていても、何も話しかけて来ず、まるで石像だった。思い切って会話してみる。
「あ……あの……っ____!」
「これをやる」
「……えっ?」
な、なんか喋った!?
それは中年男性の、落ち着いた低い声だった。
よかった。一応この人は、人間なんだ…?
その人はガサゴソと、自分のコートのポケットから何かを取り出し、私に見せる。
「えっ、これは、な、なんですか?」
「……タイムスピナーだ」
え、たいむすぴなー?形状を見てみる…。
「あっ!」
これは…!ちょっと前に流行ってた、ハンドスピナー!
たしか真ん中のやつ持って、周りのやつをクルクル回して楽しむやつ!
私もひゅるひゅる回して、よく遊んでたなぁ…!ちょっと懐かしい…。
……うん。我ながらちょっと語彙力がおかしいけど。
それに、こんな事で興奮してる場合なんかじゃない!今、警察に追われてるんだよ!?もうちょっと危機感持たなきゃ……!!
「え、えーと…こ、これ、ハンドスピナー…ですよね?」
「………これを使え」
するとその人は、手に持っていたそのスピナーを、私に差し出す。
私がそれを受け取ると、すぐさま謎の男の人(?)は、その場を走り去って行ってしまった。
私が今、手に持っているのは、単なるハンドスピナーに見える。
さっきあの人、タイムスピナーとか言ってたよね?
まさか、時間逆行……とか、できるのかな?
………いや、それはないかも。
あの人をあまり信用できないけど、回したいという好奇心はある……!
手に持っていたハンドスピナーを、思い切って人差し指で回してみる。
キュル____________
その時、私の体全身が、急激に大きく振動していった。
まるで、浴室でのぼせたみたいに目眩がして、目の前の光景がくるくると回っている。
そしてその不可思議な振動は、しばらくの間続いた。
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カチャッ。
スピナーは音を立てた後、いきなり止まった。
気が付くと、私の手にはスピナーがない。
え、それにこの場所、さっきまでいた路地裏じゃないよ?
周りの光景も、真っ暗でぼやけて、ここがどこかは把握できない。
けれどなぜか全身が、もふもふの布団で包まれていた。
意識を戻すと、ここは自分の部屋の寝室である事に気づいた。
え。前にもこの状況、私見たような……。
鉛のように重い体で、ベッドの横にあった目覚まし時計を確認する。
11月2日。……1日前に、戻ってきたみたい。
………うそ。まさか………!!
ほんとに、過去に戻っちゃった!?!?
確かこの日は……
神崎くんに告白を断られて……すごい落ち込んで学校を休んだ時…だ!!
「なるほど……すごい…!!あの男の人、何モノ!?実は凄い科学者だったの!?」
2018年。この時代もようやく、タイムマシン発明しちゃったんだ……!!
パジャマ姿だった私は、嬉しくてベッドの上を飛び上がり、過去に戻れた事を喜んだ。
ガチャ。
「実花、もうすぐ学校だぞ……って、やけに元気だな」
「……ぁ、お父さん」
すると、寝室の扉を開けてお父さんが、部屋の中に入ってきた。
私の盛り上がっていた様子を目撃して、なんだか引いていたような気もするけど。
恥ずかしくてつい変な声が出てしまう。
いや、ダメダメ。こういう時って、確か目的があるんだよね?
アニメとか漫画が好きで、タイムリープものは何度も見たことあるし、私はそういうノウハウを持っている自信がある。
「高校には行かないのか?」
お父さんは、無表情でそう聞いた。
私はベッドの上にいた状態で、一つお父さんに確認する。
「今から行っても、まだ間に合う?」
「ああ、大丈夫だと思うが……急いだほうがいい。遅刻扱いになるからな」
「それなら行く!!」
そう。なんせ「今」は、私が目覚ましを無視して二度寝した後。
神崎くんに振られたショックで、少しだけ遅刻してるんだ。
けど、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
私はお父さんの発言に対して、即答した。
いくらなんでも、神崎くんの命がかかってるとなるとね。
そして、過去に戻ったという責任感もしっかり持たなきゃ。
神崎くんには、命を救われた恩がある。私も……神崎くんを、救わなきゃ。
けれど、まず事は試し。
正直タイムリープしたばかりで、分からないことが多すぎるんだよね……。
─────────────────────────────────
私は学校の校舎に着き、廊下を歩いていた。
あんな事があった翌日に、学校に来てしまったけど……
……神崎くん、私を見て、嫌な反応するかな。
けれどそんな事、今は気にしちゃだめ。正直私の方が怖いけど、仕方ない。
クラスの教室に着くと、室内はいつも通り、がやがやしていた。
あ、よかった。遅刻せずに間に合ったみたい。それに勿論だけど、私達の噂は立ってないし。
ふと、神崎くんの席を見る。
たった一人で机に座り、ノートで勉強をしている。
「あ、あの……っ」
私は思い切って神崎くんに近づき、話しかけてみる。
すると、彼は私を見てその鉛筆をピタッと止め、「あ」と言って驚いた顔を見せた。
「……な、七瀬さん」
直後、顔を俯かせて、神崎くんは小声で言った。
うう……、空気が気まずい。村野くんがいてくれると、もっと楽なんだけど。
あいにく村野くんは、今現在、病院で過ごしている。村野くんも色々あったし。
「……。」
「…………。」
私たちは、両方とも顔を逸らす。
ついつい気まずくて、私は手を後ろに回す。
「…………じゃ、じゃあ僕は図書館に行ってきます」
この空気に耐えかねたのか、神崎くんは咄嗟にノートを持ち、教室から走り去っていった。
え、えーと…。いや、ダメだ七瀬実花!このまま黙って、神崎くんを行かせるわけにも行かない。
「ま、待って!!」
廊下まで追いかけ、神崎くんのその手を掴んで止める。
目を見開いて口を少し開け、彼は私の顔を見た。
神崎くんの顔に対し、ムズムズする恥ずかしさを落ち着かせようと、私は自分の顔を俯かせる。
「私………図書館で、神崎くんと話がしたいです」
ちらっと、神崎くんの顔を見る。
さっきの驚いた顔とは違い、いつもの優しそうな表情に戻っていた。
「……うん。構わないよ」
その後、神崎くんと学校図書館に着く。机のイスに、隣同士で座った。
うう、気持ちがフクザツ。神崎くんと話がしたいとは言ったものの、具体的にどんな話をすればいいのか……
エアコン付きの暖かい部屋でも、私はもじもじしながら、指を絡ませて上下に動かす。……あっ。そうだ。
私が唯一、神崎くんに「聞きたかったコト」がある。
「……神崎くん、一つ聞いてもいい?」
「うん、いいよ」
「そのね。……『僕は君には似合わない』って、どういう意味なのかなって」
「__えっ?」
『僕は君には似合わない』。
神崎くんが、私の告白を断った時に言ったセリフ。
普通なら「ごめんなさい」とか、ストレートでもよかったのに、どうしてそんな、曖昧な発言で断ったんだろう。
私はそんな風に、神崎くんにその疑問を説明した。
……あ。いきなりこの質問は、流石にストレート過ぎかな……!!
「……そうか。七瀬さんは、そんな風に思ってたんだ」
「うん。あっごめんね!答えなくてもいいんだよ?」
「それは単に、僕に幸せになる権限があるのかな……って」
えっ…?そんな……そんな事ない!
神崎くんみたいな優しい人なら、幸せになれる権限、普通にあると思うよ!?
もちろん私と一緒にいる時間が、幸せかどうかは別としてだけど!
そんな風に心が声になって叫びそうになるものの、ぐっと抑えた。
いいや違う。神崎くんがそう思うには、何か理由があるんだよね……?
「……七瀬さん」
「あ、はい。……な、なんですか……?」
「……お願い、しばらく待ってほしい。一日だけ」
神崎くんは真剣な顔つきで、私にそう言った。
そこまで真剣な顔で見つめられると、私も何とも言えない。
けれど、なんで「一日だけ」……?
「明日、何かあるんですか?」
「うん……何というか、自分の後悔に、踏ん切りをつけたいんだ。変な事言ってごめん」
神崎くんが……抱えている後悔?
もしかして、それが原因で、自分を責めてるの?
「明日、どこか出かけるの?」
「まあね。……よかったら七瀬さんも、一緒に行く?」
「____えっ。いいの?」
たしか明日は休日だし、予定は十分にあるはず。
どこに行くかは、ちゃんと聞けなかったけど、私はその誘いを受ける。
それに明日は、神崎くんが事故に巻き込まれる日。
もしかしたら、「終わりの瞬間」を目撃するかもしれない……そう考えてしまうと、頷きざるを得なかった。