私の勇気をだして(後編)
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今日は、11月1日。神崎くんと約束をした日。
はー、と息を吐く。更にもう一度。……ううう、ほんとに上手くいくのかな。
神崎くんとは出会って間もないし、さすがに……でっデートだなんて。いやデートなのかも分からないし。デザート?何言ってんだろ。
『恋愛に早いとか遅いとかないっ!その切なる想いが、相手の心を突き動かすの!!』
…と、昨日言われた、恋愛未経験者(16)さんのアドバイスを思い出した。
で、でもさすがに早すぎないかな?やっぱもうちょっと仲良くなってからじゃなきゃ…。
そんな不安に苛まれていると、遠くに早走りしてやってくる神崎くんの姿が見えた。
「……はぁ。ごめん、待った?勉強が全然終わらなくてさ」
「う、ううん!全然だよ!」
私服姿の神崎くんが私の元にやってきた。余裕を表に出そうとしたけど、高鳴る心臓。
きゃーかっこいい…!黒のパーカーと茶色のジャケットを、それはそれは美男子高校生のように着こなしている…
ど、どうしよう。学校終わりにすぐ公園に来たから私、全然制服姿だ…。
制服も悪くないんだけど、今はもうちょっとオシャレすべきだった。
せめてもの強がりに、オレンジ色のマフラーだけは着けてきたけど……ファッションすら完全敗北な感じ。
「それで、えーと。これからどうする?」
「うぇ…!?」
本日二度目の大失態。まだ予定を決めてなかった。
服を着替えたり、これからすることを定めたり……神崎くんみたいに、もう少し時間を有効活用すべきだった。
「何も決めてないのなら、散歩にでも行こうか?
「えっ!?そ、そうだね。わかった。…ごめんね…?」
「ううん。七瀬さんと二人きりでいるだけでも、僕は十分楽しいから」
どきっ!!
友達として言った発言だろうけど、神崎くんはちょっと、私の心臓に悪い…。
多分、乙女ゲー、少なくとも現実で言われた事ないセリフだ。ハッ、まさかもしかすれば、私を困らせようとわざと言って_______
とにかく。心の中が早口で騒がしいので、早速行く事にした。
車が行き交う道路の歩道を、二人で静かに歩く。手を繋げそうな距離感だったけど、それは恐れ多い。ただ近くで彼の横顔を見ていても十分幸せだし。
「……あの、神崎くん」
「え?」
「そ、その、すごい変なこと聞くね?つ、つつ……付き合ってる子とか、いるのかな?」
背中で拳をぎゅっと作り、緊張をほぐしながら思い切って訊いてみた。
これで誰かいたら、大人しく諦めるしかないよね…
「ううん、いないよ。僕って昔からあんまり、恋愛とかはした事ないんだ」
「そ、そうなんだ!へー!…い、意外だなぁ…」
うそっ…!?ちょっと意外で、驚きが顔に出ちゃったかも。
こんな美男子で優しいのに。恋愛した事すらないなんて、世の中って全然分からない……。
もしかすれば……チャンスとか、あるのかな……なんて考えはしたけど、逆に考えれば、何で恋愛した事ないんだろう?
そんな風に考えていると、分かれ道の歩道橋に着く。
神崎くんが何かを考え込む仕草をしていたけど、その横顔をまじまじと見ていたら、私に気づいてこっちを見てきた。
「あ……もうそろそろ帰ってもいいかな?」
「えっ」
神崎くんは、私を見てそう聞く。一瞬ぐらいしか居られなかったのに、もう帰っちゃう…んだ。
…ちょっと待って。確かに既に一時間ほど経ってるし、そろそろ日が暮れそう。
寂しい。けれど_______
「……うん、いいよ。ばいばい」
私は小心者だった。神崎くんは手を小さく振った後、背中を向けた。
そして時間が経つにつれ、彼の背中がどんどん遠ざかってゆく。
何故か心が、どーんと重くなった。
きっとまた会えるよね?また明日も、神崎くんと会えるよね…?
けれど今日も私、何も言えずに終わっちゃうのかな……
でも……でも…………
………でも_______!!!
「______神崎くん…っ!!!」
その瞬間、神崎くんは立ち止まり、唖然とした顔でこっちを向いた。
思いを伝えたい。ただそれだけの願いだけで、緊張して唇を震わせながら、私は……
今このタイミング。私の……『私の勇気をだして』。
「わたし……!!神崎くんの事が………すきっ!!!」
その日はじめて、勇気を振り絞った。
「分かってますこんな唐突でばかみたいな事を言ってるのは!
でも、好きなんです、ずっとずっと神崎くんの事が好きで、自分が抑えきれなくって……!」
私は熱くなっていた顔を俯かせる。
「……わ、わ…わたしと、付き合ってくださいっ!!!」
言ってしまった。完全に、言ってしまった。
今この時、世界が壊れてもおかしくない。タイムパラドックスが起こって時間崩壊した方が、私の心にとっては何百倍もマシ。
もしかすれば今、神崎くんと一緒にいすぎて私の頭がおかしくなったのかもしれない。まだ告白しないって、心では決めてたのに……!!
けれど、後悔はしたくなかった。紛れもなく本物の言葉を、どうしても神崎くんに突き付けたかった。
そう。単なる自己満足だけど、本当の思いを打ち明かした私は、後悔なんて……
「…顔をあげてください」
「……えっ」
いつの間に目の前に立っていた神崎くんに話しかけられる。
私はゆっくりと顔をあげて、彼の顔を見た。
その表情は……いつもより僅かに、どんよりと曇っていた。
「僕は、君には似合わないと思う。だからそういうの、抜きにして」
返事はただ、一言だけだった。
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翌日。自室のカーテンは閉まっていて、朝なのに真っ暗。
そんな暗い部屋の中で、私はただ布団をかぶってベッドで眠っていた。
起きようとしても、起きられない。ううん、起きたくないのかも。
ガチャ。
「実花、もうすぐ学校だぞ」
すると、部屋の扉を開けてお父さんが、私の様子を覗いてくる。
だけど動く気力も、喋る気力も、何も湧かない。
枯れた植物みたいに、私は布団の中で微動だに動かなかった。
「高校には行かないのか?」
「…………。」
やっとの思いで重たい顔を頷く。その意図は見えたらしく、ちゃんと分かってくれたみたい。
「……今日は疲れてるみたいだしな。久々にゆっくり休むといい」
……ガチャ。
それに気付いたお父さんは、扉を閉めて、仕事に出かけていった。
ああ、「久々」……そうだね。私が学校を休んだのって、何時ぶりかな……。
………辛い。
今の時間が、私の中でもっとも辛くて苦しい。
どうして…どうして私は、何であの時、あんな事を言っちゃったんだろう。
『僕は、君には似合わないと思う。だからそういうの、抜きにして』
昨日、神崎くんにそう言われたその直後、恥ずかしさと屈辱感が込み上げて、酷い事を言ってしまう。
極めつけには、持っていた学校の鞄も投げつけてしまい、その状況に驚く神崎くんを置いて、私は逃げるように立ち去った。
……何もかもが、最悪の結果だった。
布団の中でひとりの中、大粒の涙が、嫌でも溢れ出てしまう。
その布団には、涙の粒が染み込んでしまう。
こんな事で学校を休む自分に、酷いことをした自分を、永遠と責めてしまう。
そう、「後悔」してた。心の中では後悔しないって、あの時は思ってたのに。
何を考えても結論は出ず、ただ時間だけが過ぎていった。
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ぐぅー…
お腹が鳴る。細くした瞳を開くと、私はやっとの思いで、目覚まし時計をこちらへと向けた。
その時、だるい体を起こし、腕を使い、意識をそれに向ける必要があったけど。時間を確認するためにはそうするしか無かった。
…もう夕方みたい。時間が経つのも早いし、こんなに空腹なのも当然だよね。
冷蔵庫の中に、何かあったらいいけど……
重い体でなんとか必死に立ち上がり、キッチンに向かう。
鏡越しに、桃色の全身パジャマ。ちらっと顔に目をやると、疲れた表情と荒れきった髪。絶望の姿の私が映っていた。
現実から目を逸らし、扉を開けた直後の、窓から差し掛かる夕日の光が眩しい。
なんだか今までにないほど、目がちかちかしてて変な感覚___
ピンポーン。
その時、この部屋のチャイムが鳴った。
誰だろう…。もしかして、神崎くんじゃないよね……?
私はすかさず玄関に移動し、扉のドアスコープから外を覗く。因みに万が一、また放火犯が現れた時のために、玄関にある傘を手に取った。
りんちゃんと、後ろには退院した村野くんがいた。
……よく考えれば、そりゃそうだよね。神崎くんはその場にはいない。
私はすぐにその扉を開けた。
「大丈夫か?七瀬っ____ってうぉぉおおい!どうしたその髪の毛!?ボサボサだぞ!?」
「え、実花ちゃん!?すごい目が赤いよ…!?大丈夫!?」
「こ、これは予想以上に深刻だな……。」
二人は私を見て、想像よりも驚いている。どうやら私の事情は知ってるみたい。
りんちゃんと村野くんは制服だし、学校帰りかな。……二人の顔を見れて、すごく安堵した。
「……っ……!り…、り…!りんちゃあ゛あ゛あ゛ん!!!」
とっさに目の前のりんちゃんを抱きしめ、流し足りなかった涙が、ぽろぽろと流れだす。
そんな突然の行動にもかかわらず、半ば焦られながらもそっと抱き返してくれた。
ぐうぅぅー……
お腹から、さっきよりも大きな音が鳴った。
すぐにその音は二人に気づかれ、驚いた顔をされる。
「………おなか……すいた……っ…!」
涙を流しながらそう言うと、二人は可笑しそうに笑った。
「ふふっ!よかった!この時のためにね…オムライスの材料を買っておいたんだ!」
私の大親友、りんちゃんの優しさと温もりに、ずっと癒されていたかった。
その後、作ってくれたオムライスを食べた後、部屋で三人きり、世間話や昨日のことを話した。案の定、癒されて何もかもスッキリした。
癒し度マックスで全快。これも、二人のおかげだった。
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そして、翌日。今日は休日の土曜日なので、お父さんと朝ごはんを食べていた。
「……食器が増えていたが、誰か来たのか?」
「えっ?……あ!ごめんなさい!」
あ、そうだ……!オムライスの食器!
うう、この反応。許可なく友達を家に入れちゃったら、いくらなんでも失礼だったかな……?
「いいや、好きにしてくれ。実花も元気が湧いたようだしな」
え。意外な反応…?それならよかったんだけど……チョット強面だけど、お父さんの思考回路ってよく分かんない。
けれど次からはもうちょっと気をつけなきゃ。一言でも「友達が来た」って連絡しておかないと混乱するよね。
「つ、次からは随時連絡取るね。」
「……ところで、なんで昨日高校を休んだんだ」
「えっ」
あ……さすがに「好きな人に告白して振られて」高校を休んだとも言えないし。
きっとそんな事を言ったらお父さん、怒るかな…?いや、怒らないかな。
けれどしばらく、この部屋が静かになる。響くのは、食卓の箸の音だけ。
こ、この空気には……耐えられない……。
「ご、ごめんなさい!本当は、好きな人に告白して振られて……!」
うう、ついつい本当の事を言ってしまった。
お父さんは何も言わず、目元を暗くし、黙々と朝ごはんを食べ続けている。え、怒ってる!?
「……なんて言って断られたんだ」
「…え?」
「だから、どんな風に告白を断られたんだ」
ようやく私を真剣に見て突然、真顔でそう言われる。ちょっと意外だった。
「え、ええと…僕は君には似合わない、って言われて…」
「言い方が引っかかる」
「ぇ…?」
引っかかる……?
名探偵のように顎に指を当てるお父さん。それっぽい帽子を被れば、完全にそんな雰囲気。
「まあ、単なる憶測だが。その人は、自分はお前には似合わないって言うほど、自分に自信を持っていないんじゃないか」
「え?……あっ」
「自分に自信を持っていない」……?盲点だった。
たしかにそう言われてみれば、そんな風にも聞こえてくる。昨日は村野くん、「アイツはあんまり人の気持ち分かんねーんだよ!」って言ってたけど。
万が一そうだとして、なんで自信を持ってないのかな……?
ピンポーン。
チャイムが鳴ると、お父さんは玄関の方に向かった。
そして。しばらく経つと、食事をしていた私の方に戻ってくる。
「お前に用があるらしい」
「え、私……?誰だろう」
「綺麗な赤髪の女の子だ。まさか、学校の知り合いか?」
「赤髪」…?あっ、前に一度学校の廊下を歩いていた最中は、ちょっと見かけたことある。
でも万が一そうだとしても。どうして、他人の私なんかに会いに来たのかな…?だったら別の人かもね。
玄関の扉を開けると、美しい赤色のロングヘアの女の子が、目の前にいた。あっ、やっぱり!間違いなく、学校で会った子だった。
前髪は横に真っ直ぐ切れていて、真面目そうな印象を受けた。
そして両手には、大きな黒い鞄を持っている。
「はじめまして。七瀬…実花さん」
え?私の名前を、知ってる…?
ちょっと奇妙だけど、それ以上に奇妙だったのは、私と身長が瓜二つな事……あともう一つ。彼女に「あからさまな違和感」があった。
公園で話がしたいと提案されて、二人きりで公園のベンチに座る。
私はベンチの左側に座ろうとした。けれど…
「ごめんなさい。右側の方に寄ってくれないかしら」
「えっ、どうしてですか…?」
「あなたが見えなくなっちゃうから」
え?よく分からなかったけれど、言われるがままに右側の方へ寄った。
広瀬さんは左側の方に座り、持っていた黒い鞄も、隣に置いた。
「じゃあ、自己紹介するわね。私は、広瀬結衣。あなたと違うクラスの二年生」
……広瀬…結衣さん?
聞いたことのない名前。けれど確かに、学校の廊下では見かけたことはある。
「あの、その鞄は?」
「……コウタくんの事、嫌いだったんでしょ」
「え?」
「神崎浩太郎って人間のこと」
質問を無視され、そう言われた。広瀬さんはもしかして、神崎くんを知ってる?
「コウタくん」って、なんだか馴れ馴れしい。この人は何者なの…?
「私も彼が嫌いなの。あなたも、自分の思いを踏みにじられたら、恨むのも当然でしょ?」
……?な、何言ってるんだろう。
もしかして、私が神崎くんに振られた事…知ってる?
「だから、あなたが殺したの。コウタくんを」
「え…?なっ、何を…どういう意味ですか……?」
「あなたは自分を振った彼に恨みを抱き、道路で背中を押して、わざと事故死させた」
そんな突飛なことを言われてしまい、頭が困惑してしまう。
な、何言ってるの…?事故死って、どういう事?
……なんだかこの子といると、妙に胸騒ぎがする。
次の瞬間。私は広瀬さんに腕を掴まれる。
彼女の方を見ると、睨むような目つきで私を見ていた。
「な、なんですか!?はっ、離し___」
「アナタは私に成り代わるの。アナタはコウタくんを……殺した!!!」
掴まれた腕が、広瀬さんの力で圧迫される。
腕の血流が止まるほどに。…私は恐怖で体が震え出した。
その次の瞬間。
広瀬さんはとっさに、左ポケットから注射器を取り出す。
そしてその注射針を私に突き刺して、「透明な液体」を注入させた。
「っ………あ…!?!?」
鋭い痛みとほぼ同時に、謎の薬品が私の体内に行き渡る。
突然の状況に、私は驚いて声が出せなかった。
だんだん………意識が遠のいてゆく………
最後に記憶に残っていたのは、美しく太陽で反射する赤い髪の色。
そして彼女が私を見た時の、歪で奇妙な微笑みだった。
ああ、広瀬さんに「あからさまな違和感」を抱いていた理由。今更だけど分かったかもしれない。
白の長袖シャツと桃色のキュロット。私が持っている服装とも、瓜二つだったんだよ。