私の勇気をだして(前編)
私、この気持ちを言ってしまっても、後悔とかしないかな。
…………。
うっ……緊張する。
病院の待合い室の真ん中。私はただその場で、ぼーっと立ち止まっていた。
胸をそっと両手で抑えながら。……うう、この心をもし誰かに知れたら、恥ずかしくてこの場にいられないかもしれない。
今日、高校の大切な友達が意識を失って入院したと、担任の教師である冴島先生から聞いた。
この病院に入院していると聞いて、学校終わりに来てみたんだけれど…
入院した友達は、村野純くん。
いきなり「いじめ」だったなんて言われても、突然すぎて訳がわからなかった。
前に神崎くんがそんな事を言っていたのを、ただちょっとだけ聞いたことがあっただけだけ。
…いやいや。そういう事は後で考えるとして、早く村野くんの病室に行こう。
そう思い、受付の方に向かって歩きだした。
しばらく廊下を歩いて、とある扉の前で私は立ち止まる。
これを開けた先が、村野くんの病室のはず。
……ええと、この部屋で間違いない…よね?
いやいや、病院の受付の人にも確認してもらったから、絶対そのはず。
また同じように、高鳴る胸を抑えた。
やっぱり。本当のことを言うと、私…ちょっと怖い。
村野くんは辛い経験の直後だから、心身ともに傷つけられている。
もし万が一、私が慰めようとして変なこと言っちゃったら、余計に彼を傷つけちゃうかも。
やっぱり、やめておいた方が、いいんじゃ………
_________ガラッ、バタン。
「ひ、ひいいっ!」
それは一瞬だった。突如目の前の扉が開き、飛び跳ねて驚いてしまった。
目の前には、とある『男子高校生』が現れる。
「えっ七瀬さん!?」
………それは、神崎くんだった。
神崎浩太郎。最近知り合った私の友達で、村野くんの親友でもある。
制服や見た目は整っていて、真面目な印象が外見から見て取れるけど、性格ももちろんそう。
長くも短くもないその黒髪は、全体的に整っている。
けれどたまに髪の毛がちょっと跳ねている所が、偶に不器用なのかな?って思ったり…。
声もちょうど、ほどよい低めかつ中性的な声。だから、今の言葉も心地よく耳元に入ってきた。
普段はほとんどポーカーフェイスなんだけど、突然現れた私に、唖然とした表情で驚いている。
いやそれより!?私の大げさに驚いた姿、まさか神崎くんに見られるとは思わなかった……めちゃくちゃ恥ずかしい。
……因みに「七瀬さん」というのは、私の名前。七瀬実花です。
「ええ、と…こんな所で何してたの?」
「そ、そのぉ…邪魔しちゃわるいかなぁ、と思って……。大丈夫?村野くんは」
「うん、大丈夫だよ村野は。じゃあ僕は帰るね」
その様子からして、村野くんは無事みたい。私はため息をついて安堵した。
もし神崎くんがいなければ、命も助からなかったかもしれない。本当は分からないけど。だけど村野くんが無事なのは…
「よかった…。」
私の真横を通り過ぎて、黙々と去っていく神崎くん。
もう家に帰るのかな?よし、盛大に見送らなくては。
「あ、うん、じゃあね、気をつけてね〜!」
私は両手を精一杯大きく振って、神崎くんを見送った。と、同時に。
「あ゛!いだ……!!」
つい両手を振りすぎて、「ゴンッ!」と力強い音。左手の甲を扉の縁にぶつけた。
じんじんと痛む手をもう片方の手で押さえる。うっ、我ながらなんて醜態を。
彼の姿が見えなくなった直後だったのが、ちょっとした不幸中の幸いだったと思う。
こんなドジな所を見られては、明らかに変人だと思われそうな気がしたから……っていうか、もうそう思われているかも。うん。
私は深呼吸し、手の甲をぐいと押さえ続けたまま、そっと村野くんの病室に入っていった。
室内のベッドに、村野くんはいる。
元気そうににやにやとした満面の笑みで、私のことを見ている。
それも、不自然なほどに。心の中で「え?」と思ってしまう。
「……あざといなー」
いつもの軽い口調で言う、村野くんの言葉。あれ。もしかして、今の所見られてた…??
それの意図は分からなかったけど、悪口ではない言い方だった。あと、少しだけ誤解があるような気がする、けど……
「あ、あの、違うよ!?今のはわざとじゃなくて、ちょっと、何と言うか……」
あたふたと言い訳。その内容は、完全に怪しくなっちゃうものだったけど。
そんな風に一方的に話していた合間、思わぬ言葉が、村野くんの口から発せられた。
「お前、神崎のこと、好きだろ」
________っっ!?!?
ガッと咄嗟に俯く。私の頭の中の何かが、沸騰するようにこみ上げてきた。
「あーこれゾッコンだな、お前の反応でぜーんぶ理解しちゃった」
「そ、そんなわけっ!!」
「…あのさ、俺がそこまで鈍感だとでも思ったか?おまえの神崎への反応見てると、もはや百年前からでも分かってたわ、ははっ!」
え、うそ……
熱が冷めた顔をゆっくりと上げると、村野くんに満面の笑みで迎えられる。
さっき神崎くんに対して、めちゃめちゃ両手を振ってた所で確信されたんだね、きっと。
私は恐らくかなり顔に出やすい。動揺を隠しきれないのは、昔から自分でも分かっていた。
でもまさか、村野くんに気づかれてしまう程だったとは思わなく、今の私、多分放心状態だと思う。
……そう。村野くんの言う通り。
私は神崎くんに出会う前、今年の春からずっと、片思いをしていた。
あ!!こんな事、自分でもなんだか怖くて恥ずかしい。
だって私が、神様のような神崎くんと釣り合うわけがない。
「……いや、ごめんなさい。この事は内緒にしてて…」
「えー?なんだよ、それ?さては七瀬、おまえ勇気ねーんだろーがっ」
「ち、違うよ!?だって私、二度も神崎くんに告白しかけた事あったんだよ!?」
村野くんは私を見て、じっと眉をひそめた。
一度目は、家が火事になる直前の歩道橋。二度目は、神崎くんが入院していた病室で。
……けど、村野くんには一理あるかも。私には勇気がない。不安なのかも。
私が神崎くんを前々から知ってたって、彼にとって私は、最近できた友達でしかない。
家が放火された時、助けてくれた命の恩人だけれど。それ以外を見れば、単なる友達。
自分でも情けない。釣り合う釣り合わないの問題じゃなくて、もしかすれば本当は、ただ勇気が湧かないだけ……?
ガラッバターン!!
ぐは!?!?
「だ……はぁ……っ!だいじょうぶ!?村野っ!!」
急に扉が開き、『バターン!!』と強い音。私はその一瞬で、心臓が締まる感覚がした。
バッと驚いて振り返ると、そこには息を切らして心配そうな表情をしていた、私と同じ制服姿の女子高生がいた。
長野穂花。学校の女友達で、流行が大好きな一年生。
あと今みたいに、たまに破天荒な時もある。
「おまっ…!病院走ってきたのかよ!?あぶねーぞ!?」
「え……はぁー!?あんたが病院送りにされたって聞いて、私もう学校からすぐ走ってきたんだけど!?!?」
「マナーきちんと守れよ!!!」
長野ちゃんはさっきまで心配そうにしてたけど、村野くんの突っ込みがパンパーンと炸裂。いつもの調子に戻った。
村野くんの言う事にうんうんと納得。えーと、看護師さんに注意とかされなかったの??
「ほんっと心配したんだから……ん?」
長野ちゃんはようやく私の存在に気がつき、視線を向ける。
一瞬驚いた後、ニヤリと口角を上げた。恐ろしい……思わず背筋が凍った。
「あ!!ななちゃーんっ!!」
「ひっ……ぎゃあっ!?!?」
私に気がついた途端、可愛らしく弾けた声と裏腹に、タックルの如く猛烈にハグしてくる長野ちゃん。
き、きつい!やっぱ腕の力、強いよね!?
スラリと細い体型だけど、さすが長野ちゃん。部活の特訓でよく鍛えてる……。
「好きー!!」
「もうその辺にしてやれって長野!七瀬イヤがってるじゃんか」
「うるっさい!私は将来ななちゃんと結婚するの、だからねぇー…離さない!」
そんな約束、私一言もしてないよ!!と、心の中で思った。
私は身動きも取れずあまりにも困惑していると、長野ちゃんは名残惜しそうに離れてくれた。
「はぁー…あっそーいえば!さっき神崎くん、だっけ?通路ですれ違ったような気がする」
「そうなのか!さっきこの病室に来てたわ。」
「やっぱり。神崎くんって、ほんとイケメンだよね?ね?ななちゃんも思わない??」
急に話を振られ、うんうんと言って何度も頷く私。何やらタイムリーな話題。
「だよね!?彼女とかいるのかな……なんなら私、今度告っちゃってもいいけど!あははっ!」
その発言に、動揺を隠せず、思わず「えっ……!?」と声が出た。
微かな声に気付かれたけれども、二人に何気なくチラ見されただけで終わった。
長野ちゃんは確かに、とにかく恋愛に貪欲。
言い方だと多分、半分冗談のつもりなのかもしれない。け、けど……もし万が一取られたら、って、まって違うよ神崎くんは、誰のものでもないし……!!
「えーと、ホノカ、ダメダメ。あれは七瀬のだから_____あっ」
私が、困惑げな表情をしていた最中だった。
村野くんは平気な顔でそう言った直後、しまったと言わんばかりの表情に変え、口元を押さえた。
……え。村野くん…!?!?!?
「はぁ?どういうコト?…ん、それってもしかしてななちゃん、神崎くんのことが、す……?」
村野くん、口が軽い!!早くも人にバラしちゃったよ!?
よりによって、他人の恋愛に対しても容赦なく食いついてくる長野ちゃんに…!
既に彼女は私を、疑いのような目で見つめている。
…抑えきろうとしても、顔の熱がどんどん込み上げてくるのが自分でも分かる。言い訳を考えねば。言い訳を!!
「……あのね、長野ちゃん、これは…ぁ…ご、ごかいで_____」
「はぁ──!?!?う、嘘!?そーゆー事!?それだったらもっと早く言ってよ!
やばいやばい!!じゃあさ、いつ告るわけ?てかもう告った?チューとかした?いやそれは早いかぁー!」
うわわぁ…!これは、長野ちゃんの大技・マシンガン質問攻め。内容も、胸が高鳴りすぎて困惑するものばかり。
結局は聞く耳を持たない長野ちゃん。ただただ「恋愛」という未知の存在に、目を光らせて興奮していた。
「あのね?こんな恋愛経験すらない私からの、地味ーなアドバイスだけど。告るなら早めにしておいたほうがいいよ?万が一の時があれば、会えなくなるかもしんないから」
長野ちゃんは突如、真剣な顔をして私にそう言う。
そうかな。けれど確かに、ずっと一緒にいられるとも限らないもんね。
万が一会えないとすれば……例えば、急に別の学校に転校したり?急に留学するとか?いやそれはフィクションの話かな。
それ以外にも、あり得るとするのならば……この世から、消えちゃう……とか。
「あーごめんね!私、こんな暗い空気にさせちゃった!ホントごめん…!」
「…はぁ?だからと言って、早まるのも無理あんじゃね」
「ええー、じゃあななちゃんはどう?神崎くんのこと、好きなんだよね?」
長野ちゃんが私にそう言った後、村野くんも私の事を見る。
そう言われると、妙に緊張して口が硬くなる。けれど二人は黙々と、もじもじしていた私の返事を待ってくれた。
……最初はほんの一目惚れ、だった。
桜が咲いていた、二年生ぐらいの時期かな…?前の席にいた同級生の男の子が目についた。
整った制服姿に、全体的に優しい印象をもっていた黒髪の美少年。
あの日、初めて神崎くんを見た時。私の胸がきゅっと締めつけられた感覚に陥ったんだ。
「…好き。私は本気で…神崎くんが……すきです。」
左胸に両手を当てて私はそう言った。心臓は、ばくばくと鳴っていた。
それに頬がだんだん熱くなる。そして二人は、そんな私を見て唖然とする。
「きゃぁー!!うわ、うわわわ!可愛すぎる!二人ともお似合いだわ!!」
「神崎って、いいチョイスすんなぁ?ちょっと真面目で硬い性格だけどさ、俺はアイツの親友として応援するからな、七瀬〜っ!」
村野くんにそう言われて、私はちょっとだけ恥ずかしくなった。
「で、でも怖いよ、私。まだ神崎くんとは仲良くなったばかりだし。そんな関係にはなれないっていうか」
「へー?まあそうだよね、誰だってそうだよきっと。けどね?そんなもの、これから少しずつ関係を築いていけばいいじゃん!」
長野ちゃん…。真剣な表情をされると、何故だか説得力があった。
これから築いていけばいい、それは確かにそう。嫌われたらどうしようって、不安だけど…
「…いい?ななちゃん。それである程度イイ感じになったら、思い切って告っちゃうの!
ゆっくり攻めてくの!でないと後悔するから。もし万が一落ち込んだ時とかは、私たちに電話して!」
長野ちゃんに、お節介ながらアドバイスされる。いやお節介というのならさっきからずっとそうだけどね。
……けれど、おかげで決意は固まった。もし、ある程度仲良くなれたなら……いつかきっと、出来るだけ早く神崎くんに、想いを伝える。
「……ありがとう。村野くん、長野ちゃん」
一言そう感謝を言うと、微笑む村野くんと、「いいんだよ!」と頷く長野ちゃん。
でも神崎くんは、私の言葉を、受け入れてくれる?
イヤイヤ、そんな事を今考えたって、しょうがないよね…。
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翌日。教室の席に座っていた私は、その場で辺りを見渡す。
今日はたしか、村野くんは病院で欠席。
お見舞いに行った時は全然平気そうだったけど、これまでの怪我が酷かったらしく。多少の入院が必要、だとか。
村野くんも私みたいに災難だったね。本人は、神崎くんが助けてくれたとか言ってる。
あ、そういえば前に、私が放火に遭って部屋の中にいると、炎をかき分けて彼が助けてくれた事もあった。
いや、それにしても。なんで神崎くんはあんな咄嗟の反応ができたのかな?
未来を読む力があるとか?いやそう言うとほんとに馬鹿みたいだけど……。すごいよ、ほんとに。
……あれ?
しばらく辺りを見渡していると、神崎くんがこの室内にいなかったことに気づく。
どこに行ったんだろう?ちょっと気になったので、私は先生に聞くことにした。
席を立ち、冴島先生の席の前に来る。
しかし先生は、疲れたような表情をしながら、頬杖を突いてため息を吐いていた。
左下の方を向いてるし、どうやら私の存在に気づいていないみたい。
「……先生?」
「___あっ!!は、はい!どうかしたの?」
目の前の私の存在に気づき、あたふたして慌てながら姿勢を正す。
ちょっと疲れてるのかな…?私は心の中で、冴島先生の事を心配した。
「え、ええと…神崎くんはどこに居るか、知りませんか?」
「あれ?神崎くん?ええ、とね…もしかしたら今日も、学校図書館の方にいるんじゃないかな?いつもそうだから」
学校図書館…。
そういえば休み時間って、確かに神崎くん、学校図書館にいるよね。勉強熱心な所もいい…。
私はお礼を言った後にその場を去ろうと振り返ったけど、途端に気になって立ち止まり、再び先生に体を向けた。
「……どうして、ため息をついてたんですか?」
机の書類に変えていた冴島先生の目線は、私のほうに戻る。
「えっ。ああ、ちょっとね。色々あったでしょ?ここ最近。厚見先生が、あなたの家を放火したって聞くし、学校内のいじめが発覚したし。
事件真っ盛りだったのに、なんだか私、何もできなかったから…すごいショックだったの」
あー、なるほど。先生は、自分のことを責めてるんだ……優しい人なんだ。
無理はしないでくださいねと心配の声をかけると、先生はいつもの調子を取り戻した。
学校図書館に着くと、神崎くんはいつも通り机に座り、勉強をしている。
……話し掛けづらそうなオーラを放っていた為、外の廊下から様子を見ていた。
うっ…!ど、どうしよう私、もう既に心臓がばくばくして、破裂しそう!!
下手に邪魔してしまったら、「僕の勉強の邪魔をしないでください」
って言われて絶交されてしまうかもしれないし!?
私はその場から、ウサギのように逃げ出してしまった。
うう、自分のヘタレさが憎い。けれど今の私じゃ、神崎くんに話しかけられるかな…。
もう少しそのチャンスが訪れるまで、待ってみた方がいいよね。
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そして、放課後のクラスの教室。そのチャンスは、すぐに訪れた。
「あれ、りんちゃん。神崎くんと何話してたの?」
「あっ実花ちゃん!今から神崎くんと一緒に通学路歩いて帰らないかなーって相談してたんだ」
この黒髪ロングの女子高生「りんちゃん」。彼女の名前は、蒼凛。
友達の中で唯一、女の子同士で意気投合する仲間。とても仲が良く、私の大大大親友。
普段は一年生なんだけど、この教室にわざわざ来てくれたみたい。
神崎くんの席の目の前に立ち、二人で何か会話していたので、気になって話しかけてみた。
それにしても一年生のりんちゃんが、二年生の神崎くんと一緒に帰りたいだなんて、珍しいな。
「もし良かったら、実花ちゃんもいっしょに帰る?」
りんちゃんに、今から私たちで一緒に帰らないかと誘われる。
ふと神崎くんの方を向くと、私を見つめてじっと返事を待っていた。
その真顔の眠そうな瞳が、どこかドキッとする……。
神崎くんを横目に見てると、変に動揺してしまった。
すぐに私は視線を逸らし、りんちゃんの方を向いてぶんぶんと頷いた。
「ん!ありがとう実花ちゃん!やっぱり人数が多い方が楽しいもんね」
「「……ぇ?」」
私と神崎くんはその発言に驚く。
もしかして、他にもいるの!?その話、聞いてないけど……神崎くんも知らないのかも。
私と神崎くん、りんちゃんで校舎の外に着くと、見覚えのある男子生徒が一人だけいた。
「あぁ゛…!?まじで来たのかよ」
この身長の高い、ガラの悪そうな男子生徒。名前は、中島蓮木くん。
黒髪のせいか、神崎くんと少し似たような共通点がある気がする。
その鋭い目つきと、身長が高いという点が違うけど。うう、私にとっては怖い。
「ありがとう、中島くん。待っててくれてたんだね」
「うっせぇな…。俺だって用事があんだよ、用事が」
不機嫌そうな様子の中島くんを恐れず、りんちゃんはやっぱり明るい笑顔で彼と話していた。
私からすれば、まるで猛獣を操る猛獣使いのよう。二人ともずいぶん交流があるみたい。
下校中は、狭い歩道を一列に並び、中島くんを除き、みんなで色々な事を話した。
もうすぐ迫る冬休みの宿題とか、流行りの曲の振り付けとか?
…ちなみに中島くんはその話題に入らず、私たちから距離をとって歩いていた。
「あーそうだよね!…ん?神崎くん、どうかした?」
「え、いいや、何も。僕のことは気にしないでください」
りんちゃんが気を遣って、神崎くんの方に振り向く。顔を歪めていたけど、声をかけられてハッとした。
そういえば、りんちゃんと二人で流行りのダンスの話をし始めた時から、神崎くんは、暇そうに考える素振りをしていた。
…どうかしたのかな?
気になってはいたけど……りんちゃんと話すことに集中してて、本人には何も聞けなかった。
その後、りんちゃん、中島くんと別れる。
静かな住宅街の帰り道、神崎くんと、また二人きりになってしまった。
考えてみれば、しばらく帰り道は同じ。もしかしたらこの瞬間がもっと仲良くなれるチャンスかも。
「神崎くん。さっき何考えてたの?」
「…え、ううん、大した事じゃないよ。昔のこと考えてただけ」
神崎くんの昔…?それって一体何だろうと思い、どうにか話題を広げてみる。
「昔のことって何?」
「…うん。僕は昔、色々あってさ。小学校の頃は幼馴染が死んで、中学は友達が虐めに遭ったんだ」
……え!?!?
意外と闇が深そうな過去に、驚きを隠せなかった。同時に黙り込んでしまう。
さすがに詳しいことは聞けなかったけど……幼馴染が死んで、友達が虐めに遭ったって。そんなに暗い過去だったんだ。
もしかして、私たちが危険に晒された時、やけに神崎くんが本気だったのはその為…?
「_____ぁ、ごめんなさい…!変なこと聞いて!」
「ううん。……僕は、またいつか二人の様子も見に行こうと思ってる」
二人の様子を見に行くって事は…、お見舞い……かな?
神崎くん、真面目な所もあるけど、きっとそれ以上に友達想いなのかな。
二人でそんな話をしていると、あっという間に歩道橋に着き、神崎くんと別れた。
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「え?それで私に、アドバイスってわけ…?!」
翌日、学校の休み時間。
半ば無理やり長野ちゃんに女子トイレに連れ出し、少し唖然とした顔をされる。
「ごめんね、こんな所に連れてきて。で、でも私不安だよやっぱり…!」
「……うーんそうだねぇ…。もういい。なら私が恋の極意、一から教えてあげるから!」
恋の極意って、長野ちゃん。前に恋愛経験は、一切ナシって言ってなかった…?
けどアドバイスを貰う立場でそれは言える訳もなく。長野ちゃん流のそれを教わった。
それから約数分後、恋の極意は続いていた。
「いい!?恋は一瞬の隙を見計らってアタックするの!!わかった!?」
「な、なんだか、サムライ映画みたいだね...」
「何言ってるのかよく分かんないけど、つまりそういう事!」
急に熱く語られてしまい、ぐっと黙り込んで頷くのみ。私も流石に耳や頭と首の筋肉が疲れ果ててしまった。
恋愛経験ナシって言ってたのに、いろんな形や考え方を知ってる長野ちゃん。
そもそも、恋って何?脳内が恋という文字でゲシュタルト崩壊する………
「じゃあさっき教えた事、早速実践だから!いい?」
「ふぇ…!?」
突然の発言に、驚いて変な声が出てしまった。
えっ実践!?さっきのって……まさか!?
私はクラスの教室に戻れば、神崎くんの席には彼がいる。
卓上にある教科書を見ながら、彼は顎を手に当てて考え事をしていた。
あの神崎くんに…「デートに誘って」ってこと…!?
私は後ろを向くと、長野ちゃんが入口を阻んでいる。
長野ちゃんは私を見て、ニヤニヤと笑っている。……ちょっと怖い。
こうなったら後に退けない。
私は重い足取りでゆっくり、神崎くんのいる方へ向かった。
「……ん、どうかした?七瀬さん」
私は神崎くんのテーブルの前に立つと、思い切って口を開いた。
さすがにこんな人気のある場所で告白できないし、予定だけ聞いておく。
いつも普通に話してるのに、こんな時に限って緊張する。
「あ…、あああ、ああ、あの…!きょ、今日の予定空いてますかっ!!」
「えっ?ごめんなさい、積もってる宿題が山ほどあって」
玉砕。即答でした。私はずーんと落ち込んでしまう。
いや、そうだよね。神崎くんだって忙しいだろうし。放心状態のまま、教室の外に向かおうとした_____
「あっでも、明日の学校終わりなら空いてるよ」
えっ…?
予想外の言葉に、私は心の中で驚いてしまう。
「じゃ、じゃあ学校終わりに、いつもの公園で待ってます!!」
「うんいいよ。一回家に帰るから、遅くなるかもしれないけど」
「いや、ぜんっぜん!……楽しみに待ってるね!」
私はそう約束を交わした後、その場からすたすたと逃げるように立ち去った。
神崎くんの前で、喜びを表情に出し過ぎまいと。……そして。
やったあぁぁぁぁ……っ!!!
私はその心の喜びを漏らすように、小さくガッツポーズをする。
ふと長野ちゃんを見ると、私に向かって親指を上げていた。