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RE.D PAST  作者: 加藤けるる
神崎編
11/36

永遠に消えない傷(前編)

□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□



「___りがとな、神崎!もう俺お腹いっぱいだわ…」


スピナーを回し終えて、突如鮮明に聞こえてくる村野の声。

辺りがぼやける中、目の前には二人の姿がぼんやりと見える。



目の意識をはっきりさせると、村野と七瀬さんが目の前にいた。

もうすぐ日が暮れる頃、玄関の前で今から家に帰ろうとする二人を見送っている。



「じゃ、またな〜っ!」

「あ、また明日…!」


二人は家に帰ろうと、僕に背中を見せる。

……背中を見た途端、僕はなぜかしら物寂しさを感じた。



僕は…寂しいんだ。このまま二人と別れると、孤独感が襲いかかる。

その想いが、思わず喉の奥から出てきてしまったのだろう。


「……ぁ…待って…!!」


二人は同時に、僕の方へ振り返る。

うう…、瞬発的に二人を引き止めてしまった。だが、何も言わない訳にも……!



「……あ、その……。キャッチボールしない?」


二人は立ち止まって僕の方を向き、その言葉に首を傾げた。

うん、なんというか…。キャッチボールだなんて、我ながらダサすぎるような気もする。


「…え?それって、どういう___」

「おおっ!いいぜ、キャッチボール!楽しそうじゃん!」


七瀬さんは僕の言葉に動揺している様子だったが、

逆に村野は、体を動かす事に対して胸を踊らせている。どうやら彼の方は乗り気らしい。



…確証は無いけれど、もしかすれば村野の口から、知ってる情報を漏らすかもしれない。

あまり上手い話術は知らないけれど、少なくとも何かが得られるかもしれない。


ちなみに情報というのは………そうだな。「折原の妹」の件とか、だ。




僕ら三人は近くの公園に着く。

自宅の奥にしまっておいた、弾力性のある青色のボールを僕は家から持ってきていた。

……久々に使うボールだから、埃だらけで信頼性はないが。


地面に三角を作るかのように、向かい合って三人でそれぞれの角に立った。

僕は、数メートル先にいた七瀬さんに、ボールをパスする。


「……あ、ちょ…っ!キャッチ!」


ボールはギリギリ七瀬さんの左を通り過ぎそうになったが、それを目で追いながら何とか彼女は両手でしっかりと掴む。

…うん。たぶん本人が一番そうだと思うけど、僕らまでヒヤヒヤしてしまうのはなぜだ。


「…えと、神崎くん。どうして急に、キャッチボールなんてしようと思ったの?」

「あぇ…、そ、それは」


七瀬さんは村野にボールをパスしながら、僕に向かって不思議そうに訊ねてきた。

パスされたボールを問題なく見事にキャッチした村野は、真っ先にその質問に反応する。



「キャッチボールが俺たちの出会ったきっかけだから…だとか?」

「…ん、そうだっけ」


……その言葉に一瞬、困惑して声が出る。あっでも、言われてみれば確かにそうかも。

村野の言う通り、僕と村野が初めて出会ったきっかけはキャッチボールだった。今さらだけど思い出したよ。


「…あれ?違うのかよ!なんっだそれー!?」


僕のとぼけた反応を見て、村野は期待を裏切られたような顔を見せる。



「出会ったきっかけがキャッチボール…って、どういう事なの?」

「ん、たしか一年前ぐらい前にこの公園で弟とキャッチボールしてた時にさ、たまたま神崎が通りかかって」

「えっ、学校で知り合ったとかじゃ?」

「ちげーよ!確かに学校でも会ったことはあったけど、実際に話したのはそん時だったわけ」


村野はボールを片手で持ったまま、僕を指差す。


「…あ。そーいえばおまえ、あん時はめちゃめちゃボール投げるのヘ____」

「早く投げて、村野」

「あ、おうっ!」


思い出したくもない過去の前歴を炙り出される所だった。


……とまあ、村野の言う通り、こんな風にして彼と出会った訳だ。

僕の記憶では今年の春に出会い、その時に村野の弟(涼くん)とも顔見知りになったはず。



「あん時はめちゃめちゃボール投げるの下手だったよなっ!!!」

「ぁ……」

「ハイ、落としましたねー!」


油断してしまい、村野が急に投げてきたボールを両手で掴みきれず、向こう側に転がっていった。

はっ!?こ、こいつ…!人を安心させておいた矢先に、なんてヤツなんだ…。


「え?神崎くん運動音痴なんだ!?」

「う、うん…まあね。もういいでしょ、次次」



向こう側に転がったボールを拾って、持ち場に戻る。

七瀬さんに投げると、問題なくキャッチしてくれた。


「それにしても神崎くんと村野くんって、ほんとに親友なんだね」

「いやいや、こいつとは親友じゃねーよ。……心の友、心友(しんゆう)だっ!」



……その。僕には何を言っているか、さっぱりわからなかった。


「普通に親友でいいとおもう」

「え〜!?カッコよくてロマン溢れんじゃん〜!俺一度言ってみたかっ__」

「いやダサいからやめて」


そう即答すると、不満げな村野の一方で、七瀬さんは腹を抱えて笑い出す。

七瀬さんを見ていると、なんだかこっちまで面白くなってきて、少し経つとつい僕らもつられ笑いしてしまった。




「あれ、村野?それに…おっ!!ななちゃんまでいるじゃん!」

「皆さんこんにちはー!」


すると公園の外から、可愛らしい洋服を着た、明らかに「陽キャ」の若者女子二人が、僕らを見て遠くから話しかけてきた。

もしかして、村野らの知り合い?一目見るだけじゃ、僕の顔見知りかどうかは分からない。


七瀬さんをあだ名で呼ぶ前の女の子は、茶色の短髪で、元気そうな今どきの若者っていう印象だ。

後ろにいたもう一人の方は、黒髪ポニーテールの、真面目で清楚な印象だった。



……いや、この二人。なんかどこかで「見た」事があるような……。



「あ、神崎に自己紹介しとくわ、あのうるさそうなやつが長野穂花(ながのほのか)で…」

「はぁー!?うるさくなーい!!」

「…なっ?うるせーだろ?…そんで黒髪ポニテの清潔な子が、奥原夏目(おくはらなつめ)。確か二人ともバトミントン部だから」


彼女たちについて僕にそう説明してくれる村野。

…長野さんはさっき言われた言葉で、しかめっ面な様子だ。



長野さんという子は、長袖の白いセーター、下はブルーのショートパンツに黒いタイツをはいていた。

もう一方の奥原さんは、ボタンを止めたブラウンの上着を着ていて、袖から出ている白いもこもこが印象的だ。



「_____あっ…!!」


奥原さんは僕に向かって、驚いた声を出した。

その直後、前にいた長野さんを通り過ぎて公園の中に入り、早歩きでこちらに近づいてきた。



「…あの時、体育倉庫に閉じ込められてた人ですよね!?」


あっ…!そういえばそうだ。

前に僕が厚見先生に、体育倉庫に閉じ込められていた時。たまたま通りかかって僕を助けてくれた黒髪ポニーテールの女子高生だ。



「あ、は、はい!そうです」

「ですよね!?はぁー、無事で何よりです…あの時はほんっとびっくりしました…。

部活の休憩時間に体育倉庫の辺りを覗きに行ったら、中から人の声が聞こえてきたので…」


奥原さんは、安堵のような声を出す。



「ん、お前ら知り合い?閉じ込められてたって、うわまさかそういうプレイ?」

「知り合いっていうほどではないんですけど、まさかこんな所でまたお会いできるとは!」


村野のボケを無視し、奥原さんがそう話す。この人、案外やるぞ。

そんな中、彼女の隣に長野さんがやってくる。


「ところで、みんなここで何やってたの?」

「ん?……ああ、キャッチボール!神崎に誘われてさ……お前らも一緒にやろうぜ!ほら、多人数だと楽しいし」


長野さんは「えぇ〜…?」と嫌がる素振りを見せた。

村野はなんで二人を誘ったんだ。正直に言うと、多人数はあんまり……。



「いいけど、私いまお腹いっぱいだから、そんなに激しい運動はムリだよ?」

「あ、じゃあホノちゃんが言うなら、私も参加させてください!」


どうやら二人は乗り気のようだ。

長野さんもさっきまで嫌がっていたのに、忽然と乗り気になった。

……うっ……大丈夫だろうか僕は。顔馴染みのない人は、ちょっと苦手だ。



ん?待てよ。もしかしたら、これもチャンスだ。この二人から何か情報を得られるかもしれない。

僕はなんとか気を確かに持って、その時間をやり過ごす事にした。


───────────────────────



「ふぅ……あー……お腹痛い……」

「…大丈夫ですか?」

「あ、アリガト!……そうだね、運動しすぎちゃったかも。」


僕はキャッチボールで疲れ果て、ベンチで体を休ませていると、

同じく激しい運動で疲れ果てていた長野さんが、僕の隣に座ってきた。



「神崎、ホノカ、もう休憩かよ!つまんねーな!」

「誰のせいだと思ってんのよ!あんった女子を相手にマジでボール投げすぎ!!」

「じゃあそこで見てろよ、補欠どもっ!!」


村野がウインクをしながら、ピースサインで僕らを指差す。

それに対し、「ぬあぁーっ!」と怒りをあらわにする長野さん。この人、元気が有り余ってるな。



…そういえば長野さん。前によく村野が話していた「ホノカ」って、この子のことだったのか。


あっ、それにだ。前に蒼さんと中島さんに助けてもらった直後、一瞬だけ見かけたような気もする…!

ようやく忘れていたモヤモヤから解放され、ちょっとだけすっきりした。



村野と七瀬さん、奥原さんがボールを投げ合う所を、

遠くのベンチで座り見ている中、長野さんが横から僕に話しかけてきた。



「ところできみ、噂の神崎くん?」

「えっ?…あ、はい。そうですけど」

「へー、きみが神崎くんかぁ。噂には聞いていたけど、やっぱイケメンだね~っ!!」


そう言って、冷たい人差し指で僕の頬をぷにぷにしてくる長野さん。

ひっ!?冷たさにビックリして、肩が反応してしまった。


「うわっ!ちょ、や、やめてください!?」

「あ、ごめんね。冷たかった?もう冬だもんね」


…初対面だと言うのに、あまりにも馴れ馴れしい子だ…。

おそらく、村野がこの子に余計な噂を流したせいでもあるだろう。



「……僕に関して、例えばどんな噂を聞いていたんですか、長野さんは」

「ん、名前でいいよ、私後輩だし。

…うん、そうだねぇー。一言で言えば、真面目ボーイだって事とか?村野がさ、私によく神崎くんの話してくれるの」


『真面目ボーイ』って。僕は村野に、そんなふうに思われているのか。

それに、後輩って。長野さんは一年生?……いや、ホノカさん…と呼べばいいかな。

彼女は、そんな話をし合うぐらい、村野と仲がいいのだろうか。



「ホノカさんは、村野と仲がいいの?」

「まあまあかな。でも、私が入学したての頃からの付き合いだよ」


はっ!?!?いやちょ、ちょっと待てよ。僕なんかよりも付き合いが長いじゃないか。

……もしかすれば、村野の例の件(・・・)に関して、何か知ってるのかも?



「…じゃ、じゃあホノカさん!」

「ん?なに?」


彼女がこっちの方を見つめる中、僕は思い切って小声で聞いた。


「村野が、その…。いじめ…られているって、知ってますか?」

「えっ?」


それを言った後、ホノカさんは少し驚き、表情を変えた。

ん…?もしかしたら、初耳なのだろうか。

それって。だとすれば今、僕は余計な事を言ってしまったかも……




「……その、神崎くん。………私は知ってた。ずっと前から言えなかったけど」


えっ…?

僕は思わず、目を見開いた。



「そ、そうなの?」

「一学期の頃、別のクラスの二年生に……何というか。石鹸を……食べさせられてた。

私、最初は本当ショックだったんだよ…!その事をすぐ先生に報告しようと思った。でも……」

「でも…?」

「村野くんに止められたんだ。誰にも話さないでって」


村野に、止められた?

えっ、そんなはずは…。そこまでされた村野が、誰にも言いたくない理由なんてあるのか?



「あんまり顔に出せなかったけど、ずっと不安だったの。

私、あの笑ってる村野が、全部嘘なんじゃないかって。神崎くんに言われて、ハッとしちゃった」


そう言ってホノカさんは、公園でボールを七瀬さんに投げる村野を、悲しげに見ていた。

どうして「心友」だとか言っていた僕に対しても、その秘密を打ち明けてくれなかったのだろうか。


全然、心が通じてないじゃないか。



「……なんで僕にも言ってくれなかったんだ。」

「…………。」


黙り込むホノカさん。

もしかして村野は僕の事、何とも思っていないんじゃないだろうか。


そうすれば、僕にその秘密を話してくれなかったというのにも説明がつく。

………きっとそうだ。本当は、村野は僕のことなんて、本当の親友だなんて思ってないのかも………。






「…………誤解しないで、神崎くん」


僕はホノカさんの一言で、沈黙から遠のいていた意識を取り戻す。



「……誤解ってどういうことですか。」

「あのね、正直に話すね。………いじめの主犯の、折原拓海くんっていう生徒、知ってる?」

「……!は、はい。知ってますけど…」


折原?どうして村野をいじめていた奴の名前が、今になって出てくるんだ?

いや、まさか……



「……私、噂で聞いたんだけど、折原って人は昔、妹がいたらしいの。

けどね、父親から日常的に、その。そういう事だったらしくて……そのせいで、彼の妹は死んじゃったんだって」


僕はその折原の意外な過去に対して、驚いた表情のまま…しばし沈黙してしまった。

ホノカさんが言うことが本当だとしたら……


「……むごい話だよね。

彼には母親もいないって聞いたから、家族がいなくなった怒りを村野にぶつけてたのかもね…」



…曖昧な気分だ。

自分にそんな仕打ちがあったせいで、彼をいじめるなんて、絶対によくない。

でもまさか折原が、そんなに重たい過去を持っているだなんて、思いもしなかった。


「誤解っていうのは、どういう意味ですか」

「……村野、ああ見えて優しいから、きっと同情してたんだよ。家族のいない彼に対して。

だからね。私的には、別に神崎くんを信用していなかったわけではないと思うよ?」



それを聞いて、少しほっとしていた自分がいた。

でもそれと同時に、村野を親友じゃないだとか思った自分自身を、心の中で責める。


「……僕は何で今まで気づかなかったんだろう。もう少し早く気付くことも出来たかもしれな……えっ、ホノカさん?」

「………ばかみたい……っ…」


ホノカさんの方を見ると、膝に手を置き、大粒の涙をぽろぽろと流していた。

僕は、さっきの様子から一変した彼女に、唖然としてしまう。



「確かに……家族を失う辛さは……計り知れないよ……?

けど、それで他人を傷つけるなんて………どうかしてるっ……!」


確かにそうだ。考えてみると、この前の七瀬さんの家の放火事件も、

厚見先生が家族を失って起こった事件だし、どこか繋がっているところがある。


ただ一つ違うのは、復讐の感情ではなく、怒りの感情である事。



それと、最後に分からないことがある。

折原は村野に対して『俺の過去を侮辱(・・)した』と言っていた。

あの言葉は一体、どういう意味なのだろうか……?



「……ご、ごめんね、神崎くん。隣で泣いちゃったりして」

「いや、その……辛かったのに、言ってくれてありがとう」

「ううん。こちらこそだよ」


僕は、ホノカさんの手元に綺麗なハンカチを渡そうとする。

だが彼女は僕に手のひらを向けて遠慮し、涙をセーターの長袖で拭いた。



「……私もね、千里(ちさと)っていうお姉ちゃんがいたんだけど、5年前に死んじゃったんだ。

だから折原くんの気持ち、少しくらいなら分かる気がする……と思う」


涙は止んだものの、辛そうな表情でそう話すホノカさん。

……よっぽど、その千里という姉に思い入れがあるのだろう。


「えっとね。私こう見えて、ずっと辛い思いしてた。

私なんかより、親友である神崎くんに救われた方が、村野にとっても幸せだと思うよ?」

「親友……でしょうか」

「え!そうだよ!だって村野、四六時中、神崎くんの話ばっかするんだよ!?」


そ、そうなのか。

相変わらず、人に喋りまくるのが……村野らしいところで、思わず笑っちゃいそうだ。



「おーいっ!もうそろそろ休み終えただろ!早く来いよ!」

「はっ!?うるっさいっ!今行くから待ってろっつーの!……あ、神崎くんも行く?」


すると、村野の声が聞こえてきた。どうやら、僕たちを呼んでいるようだ。


ホノカさんが振り向いて僕の様子を見る。それに対し、僕は首を横に振った。

それを見た彼女はベンチから立ち上がり、気持ちを切り替えてすぐに村野たちの方へ向かっていった。



僕はただ、四人が会話しながらキャッチボールをしているのを、そこでぼーっと眺めていた。


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