第1話「危険な奴らが来るでござる の巻」
「アアッ!爪が……爪が……」
赤いヒラヒラのついた衣装を身にまとった少女が青ざめた。
なぜこのような事になったのか。
ライヴハウス「ヘモヘモ同好会」略してヘモ同。
ここは、数々のヘモヘモなアイドルたちが歌い、踊り、オーディエンスを熱狂させてきた、女性アイドル専用のライヴハウス。ここで成功をおさめて巣立っていった者たちの中には、テレビやネット配信などでお馴染みの一流アイドルグループが多い。今や美人女優の代表格である阿修羅鬼ババ子も、ヘモ同で活躍したグループ「派手なワイシャツ屋さんズ」の一員であったが、現在は黒歴史となっている。
観客はみな、パフォーマンスを観る目と音楽を聴く耳がが肥えていた。そのため、叩き台に上がったアイドルたちには、グループ名に「ズ」が付いていないと大ブーイングを浴びせられ、はたまた、メンバーの1人のプロフィールに「好きな食べ物・にぼし」と書いてあったために、強制的に退場させられたグループも数多い。毎回アイドルのコンサートとは思えない、本格派でクオリティ重視の戦いの様相を呈している。
そんな空気の中でライヴデビューし、瞬く間に話題をさらい脚光を浴びた、究極の3人組アイドルグループ。
それが「二ミリーネイル」。
桜の咲き乱れるうららかな4月、19歳の彼女らは初ライヴのステージに立った。
3人並んで攻殻立ち(複数人で横に並び自然なポーズをとる構図)という、よほど慣れてないとサマにならないポージングである。
衣装は色違いのヒラヒラが付いたミニのワンピースで統一されている。センターの赤いワンピースの、ツインテールがよく似合う娘は斜め上を向き空を見つめる。客席から向かって右の青いワンピースを着たロングヘアの娘は、腕を組みドヤ顔でうつむく。黄色いワンピースのショートカットの娘は手を後ろに組んで上目使いでこちらを見ている。
「おい、二ミリーネイルだってよ」
「こいつら何も分かってねえ。グループ名にズが付いてないなんて、最悪でゴザル」
「しかも攻殻立ちときたもんだ。ダメだよこんな奴ら」
そこかしこに彼女らを罵る声が聞こえる。
「帰れ、帰れ」
少しづつ野次は大きくなっていく。
しかしその野次を一瞬で止める出来事が起こる。
娘たちは、自然な姿勢から急に直立し、目を閉じる。そうして、ゆっくりと客席に手を差し伸べ、手の甲を見せる。
誰もが息を呑み、無音になった。
全員の視線が彼女らの指先に注がれた。
「嘘だろ……」
「2ミリだ」
「2ミリでゴザル」
「2ミリーー」
「す、すげえ……きっかり2ミリじゃねえか」
罵声から静寂に、静寂は歓声に変わる。
彼女らの爪は、全員2ミリちょうどに切られていた。
「すげえ、一瞬でファンになったわ」
「ヘモ同に新星あらわる!」
「こんな見事な2ミリ、見たことねえ」
「すげーぞ、二ミリーネイル!」
赤の娘がスタンドマイクを手に取る。
「二ミリーネイルです!私たちは、爪の長さが2ミリのアイドルグループです。それでは聞いてください」
わきの2人もマイクを持つ。
「Liverty Summer」
観客は、いや、PAやその他スタッフさえも、2ミリに切られた見事な爪に見とれていた。アップテンポなロック調のイントロが流れ、彼女たちは踊り、歌う。凄い、爪の長さは全員2ミリ。しかも決まった振り付けで踊り、歌まで歌えるアイドルグループ。そんなグループは二ミリーネイルだけだ。この子たちがプロデビューしようものなら、今までのアイドルの常識は通用しなくなってしまう。誰もがそう感じていた。
ライヴハウスに、春の嵐が吹いた。
(第2話へつづきます)
次回、ニミリーネイルに危機が!
次回「深爪は危険でござる の巻」を待て!