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5.

 エリオットと話してからさらに数日後、ウィリアムはやっとお城に来てくれた。私はあんまり嬉しくて、小さな子供だった頃のように、走ってお城の門まで彼を出迎えに行ってしまった。淑女としてははしたないんでしょうけど、お部屋で待っているなんてできそうになかったの。


「ウィリアム! 待っていたのよ!」

「クローディア。遅くなってすまなかった……!」


 ウィリアムは少し手を持ち上げて、でも、駆け寄った私を抱きしめるようなことはしなかった。見つめ合う私たちの間の、たった一歩の距離は、私たちの心を隔てる壁だ。彼は、きっちりと線を引いて、そこから踏み込んではくれないの。でも、少なくとも私の目を真っ直ぐに受け止めてくれている。もう、話を逸らしたり誤魔化したりはしないのかしら。私をどうするか、私がどうなるか、来なかった間に決めてくれたということなのかしら。


「きっと、心配をかけていたのだろうね」

「ええ、ウィリアム」


 今日は、何のために来てくれたの? 私が幸せになれる道って何? 私が喜んで進める道かしら。

 短く頷いた中に、私は沢山の質問を込めた。きっと、言わなくても伝わっただろう。ウィリアムもはっきりと頷き返してくれたから。


「大事な話で、長くなる。エリオットにお茶を淹れてもらおう」


 それでも、お城の門のところで教えてもらえたのはそれだけだった。ウィリアムはそっと私の手を取ると、中に入るように促した。




 お茶の良い香りが漂う中で、私とウィリアムは向かい合った。お食事の時はいつもこの形だけど、彼がこんなに真面目な顔をしているのはあまりないことだから緊張する。

 私の願いは、この何週間かの間に確かめたわ。ウィリアムと一緒にいたいの。そのためなら、今まで通りの暮らしでなくても大丈夫。綺麗なお城も、優しいエリオットたちも、大切なものだけど一番じゃない。亡くなってしまってほとんど覚えていないお父様とお母様も、今の私には関係ない。私は王女様なんかじゃない。

 ──それなら、私は何なのかしら。これから、決めることができるのかしら。


「君を、ここから正式に出せる手続きを認めさせてきた」

「ライラみたいな人たちに任せるのは止めたのね」


 ウィリアムは、テーブルの上に何枚かの書類を広げた。大仰な装飾模様の入った用紙に、許可とか承認とかいう単語が踊っている。それに、知らない人の署名や印璽(いんじ)も。何か、大事な書類なのだろうということはよく分かる。文章を目で追うより先に、私の耳がウィリアムの声を拾う。


「そうだ。元王女の存在は今の政治を騒がせる。君を、その渦中に置きたくなかった。……一応、私も彼らの身元や思想をよく調べてはいた。王政の復興を目指すのではなく、ただ君を、元の身分に相応しく丁重に扱おうという者たちなら──」

「それはもう良いから。人任せは止めてくれたなら、良いの」


 ウィリアムの言い訳を途中で遮ると、彼は少し悲しそうな顔をした。多分ね、そういうことなら仕方なかったわね、って私に言って欲しいんだと思うの。そして、私もそう思ってはいるの。でも、怒ってもいるし、これからのお話の方が大事だもの。早く先を聞かせて欲しかったのよ。

 私が目で促すと、ウィリアムは息を吸ってまた唇を動かした。


「……君は、王女としての権利を主張しようとしてはいない、と元首たち──つまりは、民衆の代表だ──に納得させた。安心させたんだ。そこは、間違っていないと思うが」


 心配そうに覗き込んでくるウィリアムに、私は小さく頷いてみせた。一度話し出すと、ウィリアムの言葉は端的で分かりやすかった。お勉強の時みたい。誤魔化そうとして回りくどい話し方をする方が、彼にとっては珍しいのね。


「さらに、元王女が今の政府に賛同していると発言させることができれば、彼らのためにもなると伝えた」

「賛同……できるかしら。ウィリアムと一緒にいるためにはそうしなければいけないの?」

「いや、彼らを納得させるための方便にすぎない。それに、君が考える時間を稼ぐための」


 私の不安でさえも、彼は見通しているようだった。嘘を吐かなければいけなくなるのかしら、と思って首を傾げたところにも、間髪入れずに答えが与えられる。とてもはっきりとして確かな、安心できる声の調子で。


「君が社交界に出れば、多くの人が接触する。物見高さもあれば、利用しようとする者もいるだろう。私が吹き込んだ()を、改めさせようという者も」

「嘘だなんて──」


 遮られるのは、今度は私の方だった。言いたいことは分かっているとでも言うかのように。ウィリアムはもう視線を揺るがせたりしないで、真っ直ぐに私を見つめて、言い聞かせて来る。


「君は、ひとつひとつを冷静に聞いて、考えなければならない。私への感情はひとまず置いて、それぞれの言い分を公平に吟味して欲しい。その上で、後見人を君が選ぶんだ。私が、このまま務める訳にはいかない。私が都合の良いことを吹き込んだと思われてはならないから。だが、しばらく過ごした上で、それでも君の心が変わらないなら──」


 それなら、私は彼を選んでも良い、ということみたい。これは、全員を納得させるための条件なのね。お父様に代わって国を治めている人たち、ウィリアム、それに私。私が色んな意見を聞いた上で選んだことなら受け入れる、と。そういうところで落ち着いた──ウィリアムが、落ち着かせてくれたのね。


 元首とかいう人たちは、私を説得できると思っているのかしら。ウィリアムから引き離せば、彼の()に気付くだろう、って? 何だか馬鹿にされているような気がして、それに、回りくどい気がして、私は少し唇を尖らせた。


「……エリオットは、ウィリアムには奥さんも子供もいないって言っていたの」

「ああ。だから君を養女にすれば良いというのが彼の意見だ」

「それは嫌なのね。どうして?」


 ウィリアムの養女に、という案を、実はエリオットは既に私に勧めてくれていた。私は気が進まなかったけれど。どうやらウィリアムも同じ気持ちらしいのが嬉しくて、私は声を弾ませて尋ねた。すると、彼はまた顔を顰めて吐き捨てた。


「君の父君はちゃんといらっしゃる。もう亡くなってしまわれたが。その死には、私も責任の一端を負っている。なのに父親代わりなんてとんでもない……!」

「そうね。私もそう思うわ。ウィリアムがお父様なんて、嫌」


 私がこんなにはっきり嫌だと言うとは思わなかったのかしら。驚いたように目を瞠って、それからひどく悲しそうな顔をしたウィリアムがおかしくて、声を立てて笑ってしまう。私が彼を嫌うはずがないのに。少しの意地悪でこんなに慌ててしまうなんて。大人なのに、おかしいんだから。


 ひとしきり笑った後で、私はこほん、と咳払いをした。ウィリアムがいない間、私もずっと考えていたの。これからどうすれば良いのかを。彼の話を聞いて一安心よ。私は自分の意思で後見人を選べるんですって。それに、ウィリアムに娘扱いされてる訳でもないみたい。


 ウィリアムの目を覗き込んで、微笑む。少し身体を乗り出して、内緒話みたいに囁きかける。


「私は、貴方の奥様が良いわ。そうすれば、ずっと一緒にいられるでしょう?」


 エリオットは、そんなつもりで教えてくれたのではないと分かっているわ。でも、ウィリアムが結婚していないと聞いた時、なぜかとても嬉しかったの。どうしてかしら、って自分の心に聞いてみて──それで、答えを見つけたの。

 私はウィリアムが好きなのよ。お父様の代わりなんかではなく、ひとりの男の人として。

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