それは確かに暖かい
ふいに肩を抱きしめられた。
修学旅行の夜だった。
驚いた私は、わずかな危機感で抵抗すると、相手はすぐに手を離してくれたので少し距離を取り、顔を確認する。
岸田……?
そこに立っていたのは男友達の岸田だった。
ぼーっとしていた友達を驚かせるにしたって、男と女なんだから距離感あるだろ。私の知ってる岸田はこんな事をしてくるようなヤツじゃなかったはずだ。
岸田は「っ、ごめ……間違えた」と顔を引きつらせている。
間違えたって……彼女って事かな。
いったい誰と間違えたのかと私は顔をそらした。「浮かれすぎじゃない?」
岸田は「あ、ああ悪かったって」と近づいて、「これ、はい」とホットの缶飲料を私の手に握らせて去って行く。
コーンスープ……。「お詫びの品ってやつか」
さしずめ小腹でも空いて自分用に購入していたんだろう。
なんとなく缶を撮影する。
「差し入れもらった」と、匂わせ投稿でもしようか。「優しいとい」う感想を添えて。ハートマーク付きで。まあ虚しすぎてやらないけど。
大体抱きつくならしっかり判別しろよ。シャレになってねーよ。女子の後ろ姿なんて男子からしたら皆んな似たようなもん?
ふとそこで、髪型でも背丈でもないと気付く。
「ああ」私はパーカーを掴んだ。六月といえど、北海道の夜はまだ冷える。部屋を出て行く時、近くにあった友達のパーカーを借りて出てきた。彼女の顔が思い浮かぶ。おっとりほんわかしているようで、意外と気配りができるしっかり者。
そっか。メグなんだ……。
しばらくコーンスープを見つめていたが、途端に投げ捨ててしまいたくなる衝動にかられた。ただでさえ浮かれた奴らが増えて鬱陶しいのに。まあ、しないけど。
ため息をついて、コーンスープをポケットにしまい歩き出した。部屋に戻ろう。これはメグに恵んであげよう。あんたの彼氏、自分の彼女と私を間違えたよって。いいよね、二人して秘密にしてたんだし。
しかし私は足を止めた。
ポケットで握りしめたそれは、人肌に近かった。人肌……ホット飲料がこの温度になるまで、どのくらいかかるのか。彼が私を抱きしめるまでどのくらい待っていたのか。そう思うと、冷たかった指先が、暖かくなった。
「ありがとう」と文字を打ち込む程度には。
都合のいい事考えてる。
やっぱりこれは、ちゃんと顔を見て確認しなきゃ。
誰と間違えたの?