表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

2話

 自称吸血鬼の女性はシュリネスと名乗った。

 彼女は自分の言いたいことばかりを言っては、意見が合わないとそれを否定する性格のようだ。


 性格とはどこまで罪なものだろうか。

 やれ個性だとか、気質だとか、あたかもそれが正しいかのように世間は考えている。


 確かに現代社会は個人主義に進んでいるかもしれない。()を尊重する平和へと進んでいるかもしれない。

 でも結局、完全な()なんてなれないんだ。

 ひとりひとりの個人なんて不可能で、ひとつひとつの集団を()と言っているにすぎない。そして、その()と合わない思想を持てば排除される。


 たとえ僕がAと思っていても、他の皆がBだと思えば、正当化されるのはBだ。

 より多くの利益を守るため、社会は数の多い思想こそ()とする。

 きっと僕はいつまで経っても少数派。己の意見が通ることなんてないのだろう。


 考えれば考えるほど、嫌なことばかりが脳裏をよぎる。

 この楽しい旅を台無しにしないためにも、なるべく早く吸血鬼なんかから離れてしまおう。


 そんなわけで今朝、あの屋敷を出たかった。のに。


「あ、起きた? あんたが変な動きしそうだからずっと見張ることにしたわ。この家の中で死なれても困るし」


 朝一番からシュリネスを見ることになってしまうとは。


 しかもなぜか部屋は薄暗い。カーテンは開けないのだろうか。

 ……あぁ彼女は吸血鬼だった。

 にわかに信じがたいが。


 しかし、せっかく建物の一番端の部屋に行き、彼女と出会わないようにと考えていたのに。

 どこで寝るかも言っていないのに、そんなに嫌がらせがしたいのだろうか。


「私があんたの悩み聞いてあげるから。ほら、何でもいいなさい」


 ベッドに座って勝手に話を進められてしまう。


 いつも勝手に僕の不利益な方向へ行くんだ。

 やりたくない仕事、ささいなトラブルの犯人。全部僕に押し付けられるんだ。

 それが多数だから。僕以外の全員が望むから。


 彼女の善意だって、僕にとっては悪意だ。

 なぜ一方的に聞くのか。いつ僕が言いたいと願ったか。


 でも、もう気にすることも疲れた。

 どうせだから噛みついてやろう。


「吸血鬼を名乗る女性がしつこく絡んできて……。それが最近の悩みですね」


「はぁ!? あんたのためなんだけど! 私が泊めてなかったら、今頃死んでいたかもしれないじゃない!」


「だから、死にたいんですって――」


 突然片方の頬が熱くなった。

 昨日知り合ったばかりの女性にビンタされたらしい。


 暴力も慣れたものだ。

 一番ひどかったのは、階段から押された時だったかな。

 誰かに言うのも怖くて、ひとりでに転んだことにしたっけ。


 最近は痛みを感じなくなり、体に帯びた熱だけがわかるようになった。

 だから今も痛くないはず。


「あんたの、その腐りきった考えから叩き直してやるからね! なんでそんなこと考えるのかを言いなさいよ!」


 シュリネスは怒っているようだ。

 怒りたいのはこっちだが。


「いや、じゃあ言いますけど。あなたの正しいと思うことと、僕の正しいと思うことは違うわけですよ。つまり、僕が死にたいと思うことを善悪で考えたら――」


「善悪とか関係なくて! ……あんた、本当に『死ぬ』ってどういうことかわかってんの!」


 生命活動の停止。それが死だろう。


 逆に考えてほしい。

 どうして人の死ばかりをそんなにも重く考えているのか。


 死ぬな死ぬなと言ったとして、では、あなたは人生の中でいかなる生物も殺さずに生きてきたか。

 自然と叩き潰した蚊と僕自身の命になんの違いがあるか。

 食われるために生涯を閉ざした家畜と人間たちの命になんの違いがあるか。


 僕からすれば狂気だ。

 他を殺すことは見逃すくせに、己を殺すことは許されないのか。


「僕はゴールだと思ってますよ。人生の最後はどうせ死ぬんですから、死こそが達成目標だと」


「違う、違うわよ! 本っ当にバカね! その程度で死ぬとか言ってんの?」


「言ってますね」


「そんなんじゃどうせ自殺しようと思って、だけど怖いから踏みとどまったみたいな結果しか残さないっての。覚悟もないのに軽々しく言うとか、失笑だわ」


 的を得ている。

 実際、死のうと思ったけど怖かったって経験はしたことがある。

 だけど、だからこそ――。


「僕は旅をしているんですよ。安らかに死ぬための旅を。死ねないのは生存本能ですから、危機感を覚えない死を探しているわけです」


 女性は驚愕としていた。


「バカ……。底なしのバカ!」


 ベッドから立ち上がり、意味もなくその場をぐるぐると回っている。


 死を望むのは異端なのだろう。

 だけどそれが本望なのだ。願い事なのだ。

 だから、どうか止めないで。

 そろそろゆっくり休みたいから。


 シュリネスは気持ちの整理がつかないのか、自分の頭を乱暴に掻いたり、唸ったりを繰り返しながら回り続けていた。

 しばらくしてから涙を浮かべて。


「イライラするから一回シャワー浴びてくるわ。おとなしく待ってなさいよ、まったく……」


 と言い残してから部屋を出ていった。


 よかった。

 これで外へ出ることができる。

 また旅に戻ることができる。


 僕が生きている意味は、死を探求するためにあるんだ。

 彼女がどんな人生を歩んでいようと関係ない。だって僕らは()()なのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ