猫を拾いました
「あー、退屈だなー」
早乙女 慧斗は、腕を頭の後ろに組みながら
心底、不満そうにそう呟いた。
「慧くん、前もそんなこと言ってたよ」
「そう言うなよ、成実」
川本 成実の送る、うんざりしたような目線を受けながら
慧斗は何度目かの話を始める。
「毎日、毎日、同じようなことの繰り返しじゃ、楽しくないだろ?
なにか非現実的な事の1つや2つ、求めることは自然なことなんだよ、異世界に行ったり、可愛い義理の妹が出来るとかさ……」
「うーん、私はそのラノベ?とかはよく分からないけど…こういう人にはオタク乙って言えばいいんだよね?」
「間違ってはないが、実際に言われると腹立つからやめてくれ…」
慧斗はそう言うと、またも何度目かの質問を成実に投げかれる。
「成実はなんで、こっち側に来てくれないんだよ… 俺みたいな奴と一緒にいたら染まっていくもんだろ、普通」
そう言うと、成実はうーんと唸りながら少し考えて、
「だって、私までオタクになっちゃったら慧くんを止める人が居なくなっちゃうから…」
「お前、そんなこと気にしてたのかよ! 自分のことぐらい自分でコントロールできるよ!」
そう、自慢げに宣言すると、また成実はジト目になり、
「それ本当に言ってる? 中学の頃の事件のこと私、覚えてるよ。 自己紹介の時に堂々とオタク宣言した慧くんがそれ以来誰とも仲良k――」
「あー、やめろ! それ以上言うな!俺の黒歴史を語るな!」
「ほらねー、やっぱり私が止めないとあの頃みたいになるんだよー」
慧斗は過去の件を持ち出され、成実を否定出来ず悔しそうに下唇を噛む。
「ま、まぁ、俺が1人だとまた成実以外の大半の女子から変人扱いされてしまうのは認めるよ…」
「自分で言っちゃうんだね」
「う、うるさい!」
そんないつものやり取りをしていると、周りに同じ制服の生徒がチラホラ見え来た。
「俺は絶対にお前をオタクにしてみせるからなー!!」
「慧くんがオタク卒業したら考えてあげるよ~ほら、学校だよ」
そう言って、成実が慧斗を軽くあしらいながら2人は学校の中へと入っていった。
その日の放課後
「はぁー、なんで俺がこんな目に…」
「自業自得でしょ、慧くん」
慧斗は箒でゴミをちりとりに入れながら、そう愚痴を吐く。
「私たちの担任の先生の授業は寝たらダメだって知ってるでしょ」
「寝てはねーよ! ただ、ラノベのことを考えてただけだよ!」
「それでぼーっとしてたら一緒だよ?」
「あぁ、分かってるよ…」
慧斗はゴミ箱にゴミを捨て、箒とちりとりをしまう。
「ていうか、成実は委員会だろ、行かなくていいのか」
「慧くんの罰も終わったから今から行ってくるね」
成実はじゃあねー、と手を振りながら委員会へと走って行った。
「おう、頑張れよー」
慧斗は成実を見送ると、荷物を持って下駄箱に向かって歩きだす。
「帰ったら宿題かー」
靴を履き替えながら、ため息混じりにそう呟く。
運動部の練習を横目に校門を抜けていき帰路についた。
慧斗は部活に入っていない。
何故、入部しないのかと言うと単純に部活に入るのがめんどくさかったというのもあるが
慧斗の一番の理由は
「ラノベの主人公はだいたい帰宅部だから!!」
というものだった。
これを言った時は成実にはいつもの様に軽く流され、家族に言った時には話すら聞いて貰えなかった。
しかし、それでも慧斗は挫けずに帰宅部にすることにした。
そして、今日もまたライトノベルな展開を求めて家までの帰り道を歩いている。
「はぁー、急に異世界転生とかしたり、空から少女が落ちてきたりしないかなー」
いつものように妄想にふけていると、
「ん? この道は……」
気がつくと、歩いていた道はいつもの帰宅ルートの道ではなく、遠回りになる別の道を歩いていた。
「なんで、こんな道を歩いてるんだ?」
慧斗はそう思いながらも、何故かその道を真っ直ぐに進んでいった。少し歩くとあるものに気づく。
「あれは」
慧斗はその先で電柱の隣に置かれたダンボールに気を引かれる。
そのダンボールを覗くと
「ね、猫?」
そこには1匹の子猫が居た。
毛は全身真っ黒の黒猫だ。
幼く、守ってあげたくなるような可愛さだった。
しかし、その容姿は黒い毛がボサボサになっていて、所々傷も見られた。
その目には生気というのは無く、いつ倒れてしまってもおかしくない様な状態だった。
慧斗は見ていられず、そっと手を伸ばすとその子猫はふらつく足で逃げるように必死に後ずさる。
しかし、足の力が抜けてしまいふらついてしまう。
「危ない!」
倒れる寸前、慧斗は子猫の幼い体を支えて受け止めた。
受け止めたその体は見た目以上に痩せており、どれだけの間こうしていたのかを考えると心が締め付けらける。
「俺が助けてやるからな」
慧斗は考えるより先に、ダンボールを抱えて家に向かって歩きだした。