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♠ 12時13分 馬南小学校一階、廊下
先ほど狭川は、レヴェッカたちのことを『元』米軍と呼んだ。それは、間違いない。国際問題にまで発展した通称『ゾンビ病』。未曽有のパンデミックから日本を救出すべく、平和条約の元、出動したのだ。レヴェッカのチームは下っ端のぺーぺーだったが、彼女自身は優秀だ。しかし昇進に値するほどの功績は残せず、『上等兵』で止まっている。
レヴェッカの分隊員はすべて、この前復旧した電力、そして給水塔の施設を管理している。馬南へと水や電気を流すには、隣町の『農埜』と呼ばれた場所まで向かわねばならない。
つい最近まで、ガソリンを盗んでは車で走っていたような集団だ、ここの人たちは。
校長室を抜け出したレヴェッカは、しんと静まり返った廊下を歩く。武器や火器といったものは、たとえ元が軍人でも奪われ、防護服一枚で過ごすことになる。何故なら、『元』だからだ。狭川校長は、この学校の最高責任者だから、『元』じゃない。少なくともこの『学校』という名のコミュニティにいる限りは――
「だからって何だ、あの態度は……っ」
レヴェッカの茶色の髪が乱れる。拳を壁に突き当てたからだ。
「私たちは、一刻も早くここから抜け出さなきゃならないの……。ねえ、」
ふと、レヴェッカはおもむろに、胸ポケットから金属製のロケットを取り出した。中に入れられた写真は、自分と兄の姿が写されていた。
レヴェッカは軍人ということもあり、周囲を寄せ付けない鋭い瞳を持ち合わせていた。それをさらに細くすると、
「おにいちゃん……」
「よぉ、レヴェッカ」
渋い男の声に、レヴェッカは思わず肩をびくりとさせ、後ろを振り返った。タイミング悪く、職員室から出て来たカウボーイ・ハットの男。
「何だよ、世田谷」
咄嗟に、ポケットの中にロケットを隠すレヴェッカ。しかし、その一瞬を、世田谷と呼ばれた男は見逃さなかった。
「……まだ、忘れられないか」
「――ッ。関係ない、だろ。それより、狭川に例の件を申請した。車を頼む――もう出るぞ」
「おい。レヴェッカ」
世田谷は噛まれた傷跡のある手のひらを、レヴェッカの頭の上に置こうと腕を伸ばした。だが、それはレヴェッカの無慈悲な平手打ちによって静止させられる。
「すまない、それどころではない」
踵を返す。世田谷は哀しい視線を向けたが、それ以上は何も言わなかった。レヴェッカの方も、一瞥もくれずに食堂へと向かって行った。