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プロローグ

 涙。流すには水が必要だ。まともな水分も手に入れることのできなかった僕の頬に伝うのは、どす黒く土の混じった血である。


 空を見上げれば、終わったはずの世界を意味した、緑色の薬品が舞っていた。


 まるで日本というよりは、遠く離れた異国、異世界のようで――ビルは半壊し、誰も手入れのしない花壇は踏まれ、そして朽ちてゆく。日本のとある小さな集落、『馬南(まなん)』。未曽有のパンデミックによって人間の多くは滅ぼされ、そして生き残った者たちが手を取りあう世界。


「……おわった――」


 握り閉められたナイフをゆっくりと離した。重たい音がして、先細りの鋭利なそれは地面の上でバウンドした。


「終わった……。終わったんだ」


 今度は、本当の涙だ。一瞬、それは血だとも思った。晴天の昼間でも直視できるほどの、濃い緑色の霧には水分が多く、それを吸っていると自然と皮膚に潤いを感じた。

 

 ううう……うううう……


 怨霊のような嘆きが聞こえた。全身が血まみれの、男か女かも区別のつかない元ニンゲンが、どさりと音を立てて倒れ込んだ。将棋倒しのように、参列した死者の列が徐々に崩壊してゆく。

 唯一の安全地帯であった、『馬南小学校』の校門を守り抜いたのだ。穴だらけのフェンスを何度も何度も修復したのを思い出して、僕はもう一度大きな声で泣いた。


 絶え間なく続く空軍機の音。上空に浮かぶ漆黒の鉄塊から降り注ぐ、希望の雨。


 膝から崩れ落ちて、乾いた地面の上に顔を伏せる。砂利が口の中に入って、気持ち悪かった。だが、すがすがしくもあった。死者に噛まれて死ぬくらいなら、ずっと這いつくばって土を舐めていたほうがマシだ。


(すぐる)ッ!」


 女の声が聞こえた。ゆっくりと顔を見上げると、そこには笑みを浮かべた傷だらけの少女が立っていた。


「終わった、終わったんだよ、アンナ!」


 アンナと呼ばれ少女の歯はボロボロで、髪も引っ張れば束になって抜ける。300日いう間、同じシャツを着ていたから、異臭もする。だが、それでも彼女は――


「ううん。始まったんだよ。また、一からやり直そう?」

「ああ。ああ――」


 僕はアンナに抱き付いた。

 そう、これは始まりなのだ。終わった世界でもう一度人間たちが手を取り合い、そして歩んでゆく。今の僕たちならできるはずなのだ。



 一年前、20XX年、四月。入学シーズンに浮かれ気分だったのは、僕も、そして彼女も同じ。晴れてキャンパスライフを楽しむはずだったのだが、事態は一変した……。

 救急車がやたらと道を通り、殺害事件が頻繁に起こっていた。しかも、ニュースキャスターは口をそろえて、「突然、周りの人に襲い掛かった」と。それが、終世界への第一歩だった。次の日……大量の人が死に、ゲームや漫画なんかで見る、いわゆる『ゾンビ』が街の中を徘徊していた。


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