もう波乱は起きないで
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いつものように無言で通学路を歩いていく。黙々と回りの景色にひと欠片の興味を持たずに。
昨日は色々と波乱があったが、白雪さんが歓談部に入部してくれた。
正直、浮かれていた。これほどまでに良いことが起こると、つい回りのことが耳に入らなくなってしまう。
それは背後から迫る音すらも気づけないということだ。
「人の話を聞けえ~!! 」
いきなり、背中を堅い何かによって勢いよく殴打された。俺は痛みに耐えきれず、その場にうずくまる。
そこにはカバンを持った黒髪のショートヘアーの女子が、腹立たしそうにこちらを見つめていることは理解できた。
まだ痛みが残っている頭部の外傷を押さえて立ち上がる。よく見ると、その女は俺がよく知っている人物だ。
「池田!! いきなり、何しやがる!! 」
それに対して、池田は悪怯れることなく曇りのない笑顔で返してくる。
「ついカッとなってやっちゃった。でも大丈夫、康一はこんなとこで怪我するようなやわな体じゃないはずだから」
「せめてそこ断言してくれない!! 」
思わぬ理不尽に腹を立てつつも、一旦冷静になることを心がけた。
「というかお前、なんでここにいるんだよ。陸上部の朝練はどうしたんだよ」
「実はうっかりしてて、今日は朝練があると勘違いしてたんだ。それで暇になったから康一を待ち伏せすることにしたんだけど、声をかけたのに無視されたから、ついカッとなってやっちゃたんだ。てへっ」
そう言い切ると笑みを浮かべる池田。少し舌を出して右こぶしをコツンと頭にぶつけてアピールしているが、可愛げの欠片もない。俺は呆れて物も言えず冷ややかな目で蔑んだ。
「ごめんなさい、悪気はなかったの。でも康一が無視しなければこんな悲劇は起きずにすんだのに」
「お前が全く反省していないことだけはよく分かったよ」
池田を無視するように早足で歩いていく。
「そういえば最近、康一のクラスに転校生が来たんだよね。なんでも白髪の綺麗な子だって聞いてるけど本当なの!? 」
一瞬、体がビクついてしまった。こいつに白雪さんのことを知られれば相当面倒なことになる。
ましてや白雪さんと深く関わってしまった以上、こいつは絶対に怒り狂うだろう。それだけは絶対に避けなければならない。
「ああ、そうだな。白雪さんはかなり綺麗な人で以外と無口なんだけど結構いい人だよ」
「ふーん。康一がそんなに誰かのことについて話すなんて、珍しいじゃん。もしや変な関係になってたりしないよね」
「そ、そんなわけないだろ。だいたい俺と白雪さんとじゃ・・・・」
「あー、今一瞬口ごもったー!ううっ、ひどいよ康一。私というものがありながら浮気をするなんて信じられないよ・・・・」
ああ、面倒くさい。本当に面倒くさい。普段は女子力皆無の鈍感女のはずなのに、なんでそんなところだけ感が鋭いんだよこいつは。
「まあまあ、池田さん少し落ち着いて。白雪さんは昨日、歓談部に入部しただけで、同じ部員であってもそれ以上の関係ではないよ」
後ろから追いつくようにして現れた瀬良が、助け船を出してくれた。だが池田はまだ不服そうな顔をしている。
「だけど瀬良、私は康一が寝取られると考えただけで、胸が張り裂けそうになるの」
「お前、一度胸が張り裂けて死んだほうがいいぞ」
こうなった池田は徹底的に冷たくするに限る。昔はもう少しまともな性格だった気がするんだがな。
「それよりも二人とも、もうすぐ野外実習があったんじゃないかな。確か今週の土曜日だったはずだけど」
そういえばそんな行事もあったな。ここ最近色々と状況が慌ただしくなってたし、すっかり忘れていた。
「こういう行事って、あんまり好きじゃないんだよなあ」
「でもでも、班を決めるときは学年全体で決めるから、私と一緒の班になれるよ康一」
「はあ? 」
この野外実習は名目上、さまざまな人との関わるということに重点を置いている。なので、先生側の意向により男女混合の計五人で組まれた班を生徒が主体で決めなくてはならない。
「池田さんの言うことは最もだよ康一。こういうときは友達同士で班にした方が、気が楽じゃないかな」
うぐぐ瀬良め、適当なことばかり言う池田の肩を持ちやがって。そう考えていると、唐突に瀬良は俺に近寄って耳元で囁いてきた。
「それに、白雪さんと同じ班になれるかもしれないよ」
「なっ!?」
「ちょっと!? 二人でなにこそこそしてるのよ! 」
「別に大したことじゃないよ。康一が池田さんと同じ班で嬉しそうってことさ」
「や、やだ康一ったら。私、恥ずかしくなっちゃう」
馬鹿馬鹿しくなり、早めに歩みを進める。正面を見据えると、もう校門までたどり着いていた。これ以上班決めについて、深く考えすぎると白雪さんと話すときに支障をきたしてしまう。
しばらくは波乱は起きないだろうから、野外実習までは気持ちを落ち着かせる方がいいかもしれない。
気づけばもう下駄箱前。一人先行して歩いていた俺は、いつも通り靴を履き替え教室へと向かおうとする。
しかし、下駄箱近くに設置してある掲示板に人だかりが気になって、そちらへと足を向けてしまう。遠目で見るとどうやら、ある新聞記事を見ようと集まっているみたいだ。
(って、これ新聞部が作った新聞だな)
おそらくは白雪さんに関する記事だろう。話題性は十分ありそうだし、人だかりが出来てもおかしくはない。
白雪さんがどのような噂をされているか気になり、俺もその新聞記事を見てみる。
そこにはこんな見出しが書かれていた。
“佐山康一、魅惑の転校生、白雪綾女と逢い引きか”
あれ、おかしいな。俺の目が狂ってなければ、これは完全にスキャンダルというものじゃないか
しかもご丁寧に白雪さんと手を繋いだところの写真まで載せられている。
「いやー、大変なことになってるね。康一が楽しそうで何よりだよ」
瀬良の一声で、目の前にご本人が降臨しているに気づいたのか、回りから蔑むような視線を突浴びせられる。しかし、そんなことは今の俺にはどうでもよかった。
「瀬良、聞きたいことがある」
「今の時間だと新聞部は、全ての掲示板に新聞を張り終わって後片付けをするために、新聞部の部室にいるかもしれないね」
その言葉を全て聞く前に、俺は元凶の元へと全力で駆けていった。
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康一は激怒した。 邪智暴虐の限りを尽くす新聞部を除かねばならぬと決意した。康一はメディアが人に及ぼす影響などは分からぬ。けれども自分に害を及ぼす邪悪には人一倍敏感であった。
「この新聞記事を書いたやつはどこのどいつだあ!!」
元凶の新聞が作り出された教室の扉を力のあらん限り開いた。その激しい音を聞いた新聞部の部員たちは、かなり動揺していてざわめいている。
だが、一人だけこの状況で薄ら笑いをしている人物がいた。その人物は俺に臆することなく近づいてくる。そして意外にも表情を崩すことなく自己紹介をしてきた。
「僕の名前は赤碕 小松。気軽にマツコと呼んでほしいな」
瓶底眼鏡をかけた、黒髪ポニーテールの女の子がだ。