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大切な場所

 

  「もうすぐ夏休みに入るからといって浮かれて問題を起こさないように。以上、起立! 礼! 」


  「「「「ありがとうございました」」」」


  どうでもいいホームルームが終わり、ようやく自由の身になった俺は早めに学校から出ることした。


  「康一、本当に部活に来ないのかい? 」


  「悪いな瀬良。今日はちょっと疲れて行けないけど、明日には行くさ」

 

  「君がいた方が面白いのだけど、残念だね。じゃあまた明日」


  そう瀬良は告げて軽快な足取りで教室から去っていた。俺も教室を出ようとするが、白雪さんが気になって、つい気になって目を向けてしまう。


  白雪さんの方を見てみると、まだ帰る準備をしていた。今日初めてこのクラスに来たばかりで、色々戸惑うことがあるのだろう。カバンに教科書を入れる時の動きが少しぎこちない。


  今話しかけると回りの人間から変な噂をされかねないので、最低限の別れの挨拶だけしていこうと心に決めた。


  「さようなら、白雪さん」


  俺は白雪さんの顔を見て、ごく普通の別れの言葉を切り出した。


  「さ、さようなら」


  照れくさそうに顔を合わせてくる白雪さんを見て、俺はすぐに視線を反らしてしまった。


  もっと踏み込んで話したいが、俺にほぼ初対面の女の子に話しかけるというコミュニケーション能力は皆無だ。


  何かきっかけがあればよいのだけど、そんな淡い思いを抱きながら俺は教室を後にした。


 



  ―――――――――――




  俺はまっすぐ家には帰らず、足を運んだのは学校から少し離れた位置にある自然公園だ。


  入場無料の自然に囲まれた広い公園なので、学校終わりの時間帯だと散歩をしているお年寄りがいたり、または子供を連れた夫婦が子供の遊び場所があるがために訪れていたりと、そこそこ賑わっている。


  だが俺が目指す場所は賑わいとは程遠い所で、役目を終えた遊具が立ち並ぶ、言うなれば遊具の墓場だ。


  その場所までたどり着く時間は、十分程度なのでそれほど苦にならない


  だけどそんな場所は、立ち入りの禁止にされるのが普通である。けれど、ここはそんな文字が書かれた看板や立札すら存在しない。

 

  しかしその場所に至るための入り口には、生けるセキュリティーが警戒心剥き出しで待ち構えていた。


  四足歩行で唸り声を上げ警戒しているセキュリティーの正体は柴犬のような姿をした雑種犬だ。そこそこ短い鎖に繋がれおり、大きさは中型犬くらいでそこまで大きくはないが、最も危険視すべきなのは獰猛な遠吠えである。


  無理矢理侵入しようとする者を、その恐ろしき遠吠えで追い払い続ける奴の名前はオルトロスこそ相応しいだろう。


  しかし、このオルトロスには致命的な弱点がある。


  「ほい、いつもの犬用クッキーだ」


  「ワンッ、ワンッ、ク~ン 」


  学校のカバンにいれてあった定価398円の犬用クッキーを俺は適当な量を手づかみで犬の足元近くに放り投げると、犬はホイホイとクッキーに釣られセキュリティーとしての役割を放棄していた。


  そう、この犬は犬用クッキー(ミルク味)が大好物なのだ。


  この自然公園の管理人がおやつとして上げていたところを目撃したため、俺もこの犬に餌付けを出来るか試してみたところ、あっさりと成功した。それ以来、この先にある場所は一人で過ごせる空間として使わせてもらっている。


  俺はクッキーを食い散らかす犬を無視して先へ進んでいった。




  ―――――――――



  「着いたけど、毎度のこと誰もいないな。まあそれがいいんだけど」


  そこには、手入れがされていない年季が入った遊具が立ち並んでいた。まだ使えそうな気もするが、無料で解放している自然公園であるため整備するお金が無いのだろう。


  俺はそんな廃れた遊具を無視して、その奥に存在している木で製作された長いベンチに寝っ転がった。


  ここのベンチに寝転んで、ぐっすりと眠る。心が落ち着かないときには、いつもこの場所にお世話になっている。自然豊かな空気に人気がまるで無い場所を、俺は結構気に入っていた。


  カバンを枕代りに敷いて、あお向けの状態で空を仰いだ。夕焼け空になりかけた、青と赤の二つの色はとても綺麗だった。


  まぶたを閉じて考える。昨日助けてもらった少女がいきなり転校生としてやって来た。しかも同じクラスに来ただけでも奇跡に等しいのに、俺の隣の席にいるのは、まさに奇跡の大盤振る舞いだ。


  「しかし、綺麗な子だよな。わりと人見知りな子だけど」


  出会った時から思ってたけど、白雪さんはわりと人見知りするタイプだと感じていた。


  昨日はすぐに走って逃げられてしまうし、今日といえばクラスの女子達の会話をしているときも息苦しそうにしていたし。


  「あれ・・・・もしかして俺、嫌われてる・・・・」


  冷静に考えてみれば、俺が知る限り白雪さんは誰かに対してどこか余所余所しい態度しか取っていない。知らなければよかった事実にへこみそうにそうになる。


  「はあ~あ。少し寝るとしますか」


  ふて腐れ現実から目を逸らすために、俺は少しの間睡眠をとることにした。

 



 ―――――――――――――― 



  「ふぁあぁ~。よく寝た」


  少しの夕日が差しているため、もうすぐ夜といったところだろう。霞んでみえるその景色が徐々に鮮明さを取り戻していく。


  なんと俺の正面には白雪さんが俺の顔を覗き込んでいた。あまりの事態に驚いて体を横回転してしまいベンチから地面に落下した。


  「だ、だいじょうぶ?」


  「ええと、うん大丈夫」


  鈍い音を立てて落ちたが痛みは特に感じないが、そんなことよりも考えなければならないことがある。それは白雪さんがここにいるという現実だ。


  俺は突然の事態に何も言えず、白雪さんは言葉に詰まり、その結果訪れる沈黙。互いに見つめ合っているからこそ気まずいものがあった。


  状況を打破するため必死に頭を回し続ける。なぜ白雪さんがこの場にいるのかは後回しにするとして、重要なのは何をしに来たかだ。


  「白雪さん、どうしてこんなところにいるんですか? もうそろそろ日も落ちてきますよ」


  「それはその・・・・」


  もじもじと言い淀む白雪さんは、ゆっくりと間を置いてから返事をした。


  「私、自然公園に来たときに偶然康一君の姿が見えたので、後をついていったのだけど。けど途中で見失ってしまって、色々と迷いながら探してたんです」


  俺は彼女の話に合わせて適度に相づちを打つ。すると彼女の表情が少しではあるが和らいでいる。


  「探している途中で可愛いワンちゃんを見つけて、よく見るとその奥に道があったから、そこへ進んでいくと康一君がベンチで倒れていたから心配になって様子を見ようとしたら、ひょっこりと起きてきてホッとしていました」


  つまり、白雪さんは律儀に俺を探してくれて、倒れているかもしれないと心配してくれた。そんな彼女を、余所余所しいだとかありもしないことばかり考えていた自分自身をとても恥ずかしく思う。


  そんな卑しい気持ちを切り替えるために、さらっと別の話題を出した。


  「けどあの吠え癖が悪い犬がいたのに、よくここまでたどり着けましたね」


  「えっ、あのワンちゃんは尻尾を振って可愛らしく鳴いていて、とてもいい子でしたよ」


  圧倒的な白雪さんのカリスマに、敗北感をひしひしと感じてしまう。この場所に来るために、わざわざ398円も支払っている俺がなんだか惨めになってくる。


  「あの、一つ聞いてもいいですか? 」


  「別に構いませんよ」


  白雪さんは、おそるおそる話しかけてきた。


  「あなたは私のことを嫌いにならないんですか?私は人と違っていて“普通”じゃないのに 」


  強調されていた普通という言葉を発している白雪さんは、隠しきれないくらい悲しげな表情を浮かべていたのだ。それは昨日、彼女が雪女と名乗った時と酷似しているような気がしてならない。


  そんな悲しんでいる白雪さんを、なぜだか放ってはおけなかった。


  「白雪さんは見ず知らず俺を本気で心配してくれました。そんな人を嫌いになる理由がないですよ」


  俺は白雪さんに不慣れな笑みで思いの丈を真摯に伝えてみると、彼女は安心した様子で笑顔を取り戻す。

 

  「ありがとう、康一君。こんなことあなたにしか打ち明けられなかったから」


  その引き込まれるような素敵な笑顔を見て確信した。俺はこの人のことが本当に好きなのだと。



 

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