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過去編 一人ぼっちの少年

長らくお待たせしました。少しばかり重い話になってしまったので、苦手な方はブラウザバックしても大丈夫です。

 


「空は……綺麗だな」


 学生鞄を枕にベンチに寝っ転がる少年は、ぼんやりと流れゆく雲に目もくれず、目に映らない何かを見つめていた。虚空にあるかもしれない何かを探すように。


 寂れた遊具達の墓前で少年は一人でゆったりと安らぎを享受していた。もう誰にも座られることもないブランコは風に揺られ、もう上がることも下がることもないシーソーは既に壊れた後だった。


 ただ静寂は心地よく生暖かい風が眠気を誘う。暖かな日差しを仰向けの状態で一身に受け、グータラと欲望の赴くままに過ごしていた。


 彼は佐山康一、高校生一年生になったばかりの一般的な学生だ。


 現在の時刻は平日の9時10分。普通の学生はホームルームを終え一限目の授業を受けているはずなのだが、この少年は少しも悪びれることなく堂々とベンチに寝っ転がり、あまつさえ二度寝しようとしていた。


 それから数十分後、何かに気づいた少年はポケットから取り出した携帯を取り出した。ようやく尻に火が付いたのか、大きなあくびをしてから起き上がろうとガチガチに固まった体を動かし始めていた。


「さて、連続遅刻記録を更新しに行きますか」


 少年は茶化すように真顔で冗談を言って立ち上がった。


 この言葉の通りこの少年は入学以来、遅刻を何度も繰り返している。普通なら何かしらのペナルティが発生するのだが、彼の行いを学校側は何ら追求することはない。


 遅刻理由に原因不明の記憶障害ゆえの精神疾患と言えば、どれだけ遅刻しようとも追求されることは決してなかった。


 非現実的でふざけた言い訳に聞こえるが、意外にも学校側はそれを黙認し少年の正当性を認めてしまったのだ。教育者として無責任な対応であるが、それを咎める教師は誰一人としていなかった。


 少年の映す世界は虚偽、虚構、虚無、全ての物事が欺瞞に見えてしまっていたのだろう。そんな疑心暗鬼の中で将来の展望など望めるはずもなく、僅かな夢の残滓が辛うじて残っている程度でしかない。青春を謳歌できるはずの学生にしては在り方があまりにも歪みすぎていた。


 理由の無い悪意を知りすぎた少年は、その業の深さゆえに擦り切れてしまうことに気づいてはいなかった。




 ――――――――――――――――――――




 二限目が始まるギリギリに少年は教室に潜入し、何食わぬ顔で着席していた。さすがに他の生徒も今まで居なかった人物に気がついていた。それを見た他の生徒は冷ややかな視線を一瞬だけ向けるが、ままあることだと無関心を装っていた。


「康一、遅いぃ!何度遅刻すれば気が済むのよ!あと私といつになったら付き合うのよ!!」


 だが突如として教室に響き渡るくらいの大声。授業まで30秒を切っているはずだが、どこからもなく現れた少女はズケズケと少年のもとに駆け寄った。当然のことながら少年は無関心ではいられず、その少女が来たことを心底嫌がってそうだった。


「池田、あんまり俺に構うな。とっとと自分の教室に帰れ」


 まるで嵐が来たかのような騒がしい少女、池田翔子はイノシシのような突撃じみた勢いで少年の遅刻を問い詰めていた。


「えぇーいいじゃない少しくらい康一の側にいても、なんでそんなに私のことを遠ざけるの?」


 けれど少女の直感から生まれた発言は、少年の本質を突いていた。


「理由なんて聞くな面倒くさい。もう先生入ってきたから早く帰ってくれ」


 少年は犬でも追っ払うように手を動かした。素直になれない少年に対し、少女は不満げに頬を膨らませる。


 いつの間にか授業開始まで残り十秒を切ってしまったからか、騒がしい少女は未練がありつつも『また来るからねー!!』と言いつつ退散した。


 そして入れ替わるように先生が来たところで、授業が始まるチャイムが鳴り響いた。ようやく邪魔者がいなくなり少年はため息をついた。


 いつものようにノートを開き、去年よりも分厚くなったらしい指定された教科書を開いた。一度受験という競争を知っている以上、次の受験に向けての勉強を淡々とこなさなければならない。


 手に馴染んできたシャーペンで黒板に書かれた授業内容を黙々と書き写していく。……正直、勉強は苦手なほうだ。


 それでも工夫しながら勉強し、確実にテストで好成績を残し、それを糧に受験勉強を頑張り、より良い大学に入るのは……当たり前だと思う。


 受験の共通テストの科目は7種類、その上覚える範囲は年々増えていく一方だ。そのためか、不出来な自分では幅広いテスト範囲を全て覚えるには時間が足りなすぎた。


 そのせいで今まで楽しんできたゲーム、マンガ、動画、趣味に使う時間を取れなくなった。それでも全てのテスト範囲を覚えるには不十分で全然足りなかった。それでも80点は取れていたが俺からすると全然足りていなかった。


 さっきまでサボってたくせに少し気分が悪くなってきた。ここ最近寝つきが悪く三時間しか寝れてなくて、授業内容を理解できずノートを書き写すことで精一杯だった。


 けれど、その弱さを自分自身で許すことが出来なかった。


 勉強だけに全て費やしているのだから100点は取れて当たり前、優秀な成績と通信簿の評価は全て最高値が当たり前、誰かの期待に応える続けるのは……”当たり前”のことだ。


 ”当たり前”を理解できない者は出る杭は打たれるかのように弱者として評価を下され、誰かのストレスの吐け口にされかねないから。自分だけが助かりたい一心で誰かに言われた通りに進むことしか出来なくて、何が起きたとしても決して振り向いてはならなかった。


 そんな風に被害者ぶるのなら何かを犠牲にしろ。辛いと思う感情すらも時間の無駄でしかない。自分が犠牲になりたくないのなら、誰かを切り捨てる。それが……”当たり前”だ。


 そうしなければ生きていけないから。それがきっと世の中にとって”当たり前”なのだから。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 書き写すために動かされたペンがピタリと止まった。


 絵に描いたような優等生を本当に演じたいのなら、遅刻するなんて論外もいいところだ。今まで押さえつけていた醜い欲望にさえ、失望されていることに気づかないでいた。


 甘ったれた少年の考えは何もかも中途半端でしかなく、自らの正当性のために都合のいい口実を振りかざしているだけ。これは致命的な自己矛盾だ。


 当たり前を受け入れられないのなら、いっそ犠牲に……そこでプツリと何かが切れた。少年にとって大事なものが切れた気がしたが、あくまでも、ここは教鞭を取る者の声しか聞こえない冷淡な教室でしかない。


 誰もが自分のことで手一杯で、誰かに構う余裕なんてありはしない。心の折れた少年に対し、気に止める者は誰一人としていないのだから。



 ――――――――――――――――――――――――――――――




「明日も絶対に遅刻しないで来てよねー!!」


 騒がしい少女は幾度となく来ていたが、最終的に陸上部での練習に行かなければならず遅刻しないことを念押しするように去っていった。


「羨ましいな。ああいう風に誰かから心配してもらいたいよ」


 爽やかな少年、小早川瀬良が羨ましそうに近づいてきた。彼は二枚目俳優並みのイケメンなのだが、少年の知る限り彼の性癖は”終わっている”とのこと。


 ただ来るタイミングに関しては三流タレントといったところだろうか。余裕のない少年には皮肉のように聞こえていたが、いつものことだと割り切っていた。


「白々しいな。お前一ミリも羨ましいなんて思ってないだろ」


「……本心で言ったつもりだったんだけど、不服かい?」


「ああ、不服だ。不服を通り越して不快になるくらいにはな」


 煽りあいのようにしか聞こえないやり取りだが、苦笑いしならがも少年は不快に思っていないようだった。そんな中、少年は目を逸らしながら告げた。


「もう俺と関わらないほうがいい」


 会話を拒まれた爽やかな少年は、突然の拒絶に困惑していたが最後まで対話を望んでいたように見えた。


「何でさ?」


「俺はクラスで浮いてるから距離を置けって話だよ。…最近学校なんて面倒だし、こんな素行の悪い奴は切り捨てろって言ってんだよ」


「え、別に評判の落ちようがないかな。こう見えても文武両道だし」


 少年の悪口は爽やかな少年には通じないようだった。それどころか、その思惑すら看破していた。


「なんで君は自分から嫌われようとするんだ」


 少年は動揺した。爽やかな少年の問答をのらりくらりと躱すつもり算段だったが、思考を隠し通せるほど甘くはなかったらしい。


 それでも少年はハリボテのような意地を通そうとしていた。


「……知るか。俺の勝手だろ」


 少年は必死で足搔かなければならなかった。どれだけ浅ましくて愚かでも”当たり前”に縛られて生きていたくなかったから。


 そんな自分勝手なワガママに友人だと思っている二人を道連れにしたくはなかったから。


「……何をそんなに悲しそうにしてるんだい?」


 爽やかな少年は、それが地雷だと分かった上で踏み抜いていた。そうしなければ友人だと思っていたはずの少年が遠く離れてしまうと思ってしまったからだ。


「ああ、そうかよ。そんなに俺が哀れかよ。文武両道のエリート様に俺の気持ちが分かってたまるかよ!!」


 感情が注がれたコップをぶちまけたような悪辣な言葉をは止まらなかった。爽やかな少年も、ここまでの拒絶されるとは思っていなかったためショックを受けているようだった。 


「もう疲れたんだよ、何もかも」


 もう少年を引き留める要素は何一つ残されていない。


 スライド式の扉を捌け口にするかのように、力の限り戸を閉めた。辺りに響き渡る轟音。少年は後悔よりも先に、その後味の悪さに耐えきれそうになかった。



 ―――――――――――――――――――――



 授業終わりの生徒達が談笑していた。新しく出来たお店に立ち寄ってみたい、帰り道に何を買い食いしようか、どうでもいいような男子生徒の性癖暴露大会。


 誰もがささやかな幸せを胸に抱き、自由が満ち溢れたより良い明日を夢見る、そんな輝かしい未来に期待を膨らませていた。


 けれどそんな笑い声を少年は不快に感じていた。それどころか自分に向けられた悪意を含んだ嘲笑にしか聞こえていないようだった。


 周りにしか目を向けようとしないからヘラヘラと笑っていられる。いずれ悪意に晒されたとき、こいつらはどんなに醜い醜態を晒すんだろうな。家畜を見ているかのように可哀想だと憐れみ蔑んでいた。


 少年は突然、自分の頬を軽くつねった。救いようのない深淵に飲まれてしまわないように、それを愚かだと自分見下す自身さえ嫌っていたのだろう。


 人は自らと違う存在を決して受け入れない。それどころか化け物だと恐れ、同じ人間でも分け隔てなく忌み嫌い異端として排除する。


 それが"当たり前"だからだ。誰もそれ以上疑問に思うことはない。それはきっと正しいことなのだから。


 少年が感傷にふけっていると、ふと何かに目に向けた。少年はそれを恐る恐る拾い上げる。それはジェンガと呼ばれる木で出来た長方形のブロックだった。


「そこの一年坊主、それをそっちに渡してくれ」


 一年坊主とか言われた瞬間、少年の怒りのボルテージは最大級に膨れ上がった。


 少年は怒りのあまり、それを思いっきり投げつけようとしていた。だが少年の理性がギリギリ耐えてくれため、寸でのところで思いとどまっていた。


 なんとか冷静さを取り戻し、少年は近づいてくる誰かを嫌そうに見た。


 見た目はツイテールをした女子生徒であり後輩に見えるが、残念ながら0年生という概念はこの世に存在していない。


 一年坊と言っていたことから、こんなロリのように見えても先輩なのだろう。と、少年は無理やりでも納得しようとしていた。


 こちらを見定めるかのように、ロリ先輩がじっくりと見つめてくる。少年は面倒ながらも木製のブロックを手渡した。だがロリ先輩は相も変わらず少年の方をじっと見つめている。


 ジロジロと見られたことによりイライラを抑えられずにいた。早く解放してほしい焦燥感からか、少年は軽く足で廊下を叩きながら不機嫌そうにロリ先輩の様子を見ていた。


「私に付き合え」


「……は?今なんと?」


 少年は困惑した。なにいってんだ、このロリ。暑さで思考回路が爆発してんのか、◯すぞ。あまりの傲慢な態度に腹を立てていた。


 怒りのあまり危険思想になりつつある少年のことなど関係なしに、この自称ロリ先輩はアクションを起こした。すれ違いざまに少年の手首を掴み強引に引っ張り、どこかへ連れ去ろうとしていた。


「……は?ちょっといきなり何をするんですか」


「いいから黙って付いてこい」


 曲がりなりにも男と女、力の差は歴然で通常なら男の圧勝に違いない。けれど少年は精神的に相当なダメージを受けていた状態だったため、抗う術を失っていた。


 これを機にロリ先輩は、無抵抗の人間を強引に拉致しようとしていた。


 一応周りには他の生徒も存在しているが、あまりに堂々としていたため誘拐は身内同士のおふざけ、もしくは恋人同士のイチャコラだと感じたのだろう。


 少年は力強く引っ張れば逃げ出せたはずだが、この傍若無人なロリ先輩のペースに飲まれて冷静な判断力を失っており行動に移せずにいた。


 それどころか自暴自棄になっていたため、怒ることすらや逃げることすら馬鹿馬鹿しくなっていた。


 それから1分が経過してしまったが、相変わらず少年はロリ先輩のなすがままになっていた。


 抵抗する気もない少年は、いつのまにか別錬まで連れてかれてしまったようだった。


 連れてこられた少年が目に付いたのは抗議室と書かれたネームプレート。寂れた空き教室がロリ先輩の連れてきた場所のようだった。


 ロリ先輩はまるで自分の部屋に入るような雰囲気で、ポケットから取り出した鍵でドアを開いた。


 教室内は一見普通の空き教室だが、ロリ先輩の私物のクッションやマットレスなど異質な物が置かれていた。存在したであろう机と椅子は窓辺に置いてある二セットを除き、全て奥の方に片付けられていた。


 長らく使われていない黒板には”私専用VIPルーム”と書かれてあった。


 こんな強引に連れてこられて何の暴言を吐かず辺りを観察しているあたり、少年は口が少し悪いだけで思ったより律儀な性格のかもしれない。


 そんな少年とは打って変わって、窓辺の椅子に座ってロリ先輩は一人でに机の上で遊んでいた。


 少年をほったらかしにしながら黙々と木製のブロックを積み上げていた。それはジェンガと呼ばれる木製のブロックを積み上げて引き抜いていく玩具だ。そうしてロリ先輩は、積み上げられたブロックの数々を一つ一つ丁寧に引き抜いてく。


「なんの意味があるんです?」


 少年はつい口に出てしまい、バツの悪そうな表情をした。確かに無理やり連れて来られたかと思えば一人でジェンガに夢中になっているのだから、少年にとって当然の疑問だったのだろう。


「どういう意味だ?」


 ロリ先輩はジェンガに没頭しながらも、投げかけられた質問を質問で返した。


「いくら綺麗に積み上げたとしても、丁寧にジェンガを引き抜いても、いずれ崩さないといけなくなる。その行為になんの意味があるんですか」


 少年は怯むことなく、ここぞとばかりに無意味さを問いた。そもそもジェンガという遊びは複数人で楽しむものであり、一人で虚しく遊んでいることが無駄な労力だと思ってしまったからだ。


忙裡偸閑(ぼうりとうかん)だ。ほんの僅かな時間でも楽しむ心、ワクワクを思い出すことが何よりも重要だからな」


「……なんです、急に。今どき哲学なんて誰も見向きもしないでしょうに」


「ただの質問だろう。それに私は好きだぞ哲学は。誰かの願い、欲望、怨恨、その人の全てが凝縮されているからな」


 ずいぶんとまあ気難しい先輩だ。だからこんなところで一人で黙々とジェンガを楽しんでいるのだろう、頭が幸せそうで何よりだ、と少年はボロカスに皮肉っていた。


「人は誰しも自らの幸福のために生きている。自分の存在を多くの人に認めらうため、大切な異性に愛してもらうため、誰にも縛られず自分らしく生きるため、まあ中には人を傷つけることを幸福に感じる者もいるがな」


「そのジェンガで遊ぶことが楽しいっていうんです?」


「ああ、楽しいぞ。なんで好きかと問われたら積み上げた物を自分の思う通りに動かせるからだ。自ら描いた設計図のように破り捨てたとしても何の咎も責任もないからな」


 そう言ってジェンガを乱雑に崩した。机に散らばる木製のブロックを片付けることもなく、ようやく本題に入ろうとしていた。


「生きてて楽しいか?」


 突然投げかけられた質問は少年の心を抉った。そんなことは些細なことでしかないと、ロリ先輩は全く気にしておらず情け容赦など微塵もなかった。


「学校は楽しいか?」


「……」


「世の中が嫌いで仕方なくて、過去にいいことなんて一つもなくて、自分が犠牲になればいいだなんて。そんな風に考えるな」


 ―――――お前に何が分かる


 出会ってから数時間も経っていないのに、最初から全てを見透かしていて最初から手のひらで踊らされていたかのようだった。まるで明日にでも処理される家畜のようだと、不憫だと決めつけられて哀れまれたことを少年は決して許すことが出来なかった。


「――――楽しい?そんなのどうでもいい、全てが憎くてたまらない。噓ばかりのハリボテみたいな世界も、誰かが決めた幸せを強要される空気も、都合のいい思考停止ばかりして誰かに痛みを押し付けることしかできない人間も」


 吐き出される言葉が止まらなかった。何ら関係のないロリ先輩への八つ当たりだと少年は理解していたが、怒りのあまり無関心ではいられなかった。


 この世の全てが悪意でしかないのだと。誰かから奪う奴が最も賢い人間であり、誰かに優しくあろうとする者が、全てを奪われていく最も愚かな人間なのだから。


 その残酷な現実を跳ね返せるだけの力も持つことや、正しさを証明して間違いだと否定することも、少年には到底叶うこともない理想論でしかなかった。


「全部、全部、全部、何もかも……嫌いなんだよ……。だからもう放っておいてくれよ……」


 少年は今にも泣き出しそうだった。まるで帰る場所の無い子供のように。


 拒絶されるのが怖いから強がることしか出来なくて、本当は誰かに助けてほしいのに誰にも迷惑をかけたくないからと、少年は終わりのない孤独を選ぼうとした。


 けれど少年は弱さゆえに僅かな光に希望を見出してしまった。


「…なんでそこまでして俺に関わるんですか」


「私も助けられたからだ」


 これまで黙っていた先輩は即答した。何の迷いもない言葉は何者も寄せ付けないほど強く、噓偽りなど微塵も感じさせない。先輩は手を止めることなく再びジェンガを積み上げ続けていた。


「世の中に蔓延る矛盾、世間体ばかり求める社会のいびつさ。嫌になった、毎日毎日何のために生きているだろうって死にたいくらいには思ったさ」


「本気で死にたいって本気で考えていた時に、その人は、私が尊敬する先輩は私にこう告げたんだ」


「『この世界の当たり前なんて、誰かが勝手に決めたこと。人の優劣も、提唱された幸福も、必要な犠牲も。それじゃあ息が詰まるから、誰かを想うために我がままに生きていいんだよ』」


「…………」


「残酷で救いようのない世界でも手を差し伸べてくれる誰かが必要なんだ。どれだけ損をする選択だったとしても、私はそういう誰かになりたいんだ」


 所詮は綺麗事だ。叶うことのない理想論だと投げ捨てられ見向きもされないだろう。


 けれど、その言葉をを否定することは出来なかった。


 誰にも必要とされないものを片っ端から拾い上げてどれほど愚かな選択だと分かっていても、最後まで大切な物を手放すことをしなかった者の力強い眼差しだったからだ。


「自分の正しいと思う生き方を最後まで信じていればいい。いつか必ずお前の考えを大切にしてくれる人と出会うはずだ」


「……いませんよ、そんな人」


「だから自分の在り方を、お前自身を信じろ」


「……どう信じろと」


「私にはお前が必要なんだ」


「……なんでプロポーズしてるんですか?」


「ええい、この卑屈!それでも男か!いいから信じろ、信じる者は救われるだ!!」


 あまりの必死さに少年は笑っていた。ロリ先輩が励まそうとしているのは、嫌というほど分かったからだ。


 こんなにも口下手で不器用な先輩なら信じてもいい。そう少年は心を許したのかもしれない。


「初対面の俺が言うのは失礼だと思いますが、ちょっと思想が歪んでないですか?」


「自分が犠牲になればいい、なんて考えの方が歪んでるとは思うがな」


「というかなんで俺を連れて来たんですか。そもそもどういう基準で選ばれたって言うんです?」


「ああ、それはな……」


「康一!大丈夫かい!!上級生に連れてこられたって……」


 偶然か必然か、積み上げられたジェンガを崩落した。タイミングが良いのか悪いのか、ロリ先輩は話の腰を折られて不服なのか、飛び込んできた少年を睨みつけていた。


 けれど少年を心配して探していたのは疑いようはないだろう。


「あ!?なんで瀬良がなんでここに来てんだよ」


「とんだハリキリボーイが来たものだな。ちょうどいい、お前たち二人に頼みがある」 


 何かを思いついたロリ先輩は急に立ち上がった。怒涛の急展開だが、二人はとりあえず話を聞くことを優先したようだ。


「私のサボ……歓談部の存続に貢献してもらいたい。現状は私一人しかいない歓談部に二人が入部してくれたら私が、すっっっごぉく助かるのだが!!」


「まあ、いいですけど」


 まさかの即断即決。けれども少年はロリ先輩を信頼していたかたか、心からその提案を受け入れていた。


 爽やかな少年は状況を掴めず困惑していたが、ちらりと小さな先輩を映すと急に凝視し始めた。そして恐るべきスピードでロリ先輩に詰め寄っていた


「入部します。そして結婚を前提にお付き合いしてください」


「却下。お前はなんか気持ち悪そうだから入部届だけ書いて幽霊部員にでもなってくれ」


「そ、そんな……なんで康一だけが入ることを許されるんだ……」


「唐突に求婚されたら誰だって気持ち悪いだろ」


 爽やかな少年の大胆な告白はバッサリと切り捨てられた。この世の終わりと言わんばかりのショックを受け床に膝をついた。


 年下に見える女の子に両手両足を着いて今にも土下座しようとする、なんとも情けない構図が完成しようとしていた。


 当然ながら少年は冷ややかな視線で彼を見下していた。だがしかし、爽やかな少年に罪悪感を感じロリ先輩との仲を取り持つことにした。


「……まあこんなロリコン疑惑のある奴ですけど、本当に悪い奴じゃないので出入りするくらいは許してもいいんじゃないですか」


「……そうだな、人目を気にせず土下座しようとするロリコンだとしても、私はとっても寛大だからな。お前も盛大に歓迎しよう、我が歓談部の一員としてな」


 爽やかな少年に対する二人の評価は奈落の底まで落ちていた。当の本人はロリ先輩との繋がりを保てたことを、ガッツポーズをしながら大いに喜んでいた。


「さて、そういえば自己紹介がまだだったな。私は森本由良だ。適当に尊敬する由良先輩と呼んでくれるといいぞ」


「僕は小早川瀬良、こう見えても文武両道のエリートだから気軽に頼ってほしいな」


 と言って少年の方をチラリと見た。爽やかな少年のささやかなながらの仕返しに少年は睨みつけることをしたが、文句を付けることはしなかった。


「やっぱり生理的に受け付けないから、お前もう帰っていいぞ」


「そんなこと言わずに、こんなに顔が整ったイケメンで高スペックな男は中々いないと思うのですが」


「コミュ力がクソ雑魚ナメクジなのを自覚しろ……」


 少年は爽やかな少年の豹変ぶりに頭を抱えていた。人間誰しも汚い部分があるというが、さすがに限度というものがあるだろう。


「そういえば、お前の名前は?」


 ロリ先輩に自己紹介を求められ少年は素で驚いていた。人に名前を聞かれたのは少年にとって本当に珍しいことだったからだ。着飾る必要なくリラックスできていたからか、自然と肩の力は抜けていた。


「佐山康一です。よろしくお願いします」


 埃に塗れた自己紹介は、なんとも面白みに欠けていた。けれど少年は笑みを隠しきれずにいた。 


 始めて本心を語れる居場所を、大嫌いな自分を受入れてくれる先輩が居てくれたのだから。少年は嬉し涙を隠せずにはいられなかったからだ。



 

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