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運命の選択 後編

今回は諸事情により、おまけ回をカットさせていただきます。





 お祭り騒ぎもようやく最後の締め括りを迎え始めた。


 それは刹那に咲く優美な夜の花。人々は期待に胸を膨らませ、花火が打ち上がるのを今か今かと待ちわびていた。


 そんな中、薄暗い夜を彷徨うのは少年と少女の二人。逢引にしては手を繋いでおらず、ドギマギしてる姿から友達同士で肝試ししているのは距離感が近い。


 誰がどう見てもこの二人が複雑な関係だと分かってしまうくらいには。


 木々を抜けた先で二人は立ち止まった。誰かが来たことを察知したセンサー付きの外灯が二人を迎えるかのように道筋に光を照らした。


 先ほどの神社から自然公園に繋がる道があったらしい。放置され続けた色褪せたベンチ。誰にも触れられることない砂場。存在を忘れられた錆びついた数多の遊具。


 例えるならここは公園の墓場、どうやらここが少年が目指した場所の終点らしい。少女はこの場所にたどり着いたことに驚いているようだった。


 辿り着くまでの時間はだいたい七分、花火の打ち上がるまで後少しといったところだろうか。偶然かそれとも必然か、この場所は花火を見るのに絶好の場所であった。


 それなのに少年は覚悟が決まり切っていないようだった。少女に思いを告げる言葉を、大好きの一言が言えないがために。


「ごめん、どうしてもこの場所に来ないといけなかったんだ」


「ぜんぜん気にしてないよ。大事な場所なんだよね」


「……そうだね」


 本心かは定かではないないが、少女は何気に笑みを隠しきれていないように見えた。懐かしさを慈しみ、少年を想うことを押し殺せずにいた。


 そんな考えだとは知らず少女の言葉に罪悪感を感じていたのか、少年は気まずそうに俯向いた。

 

 心を痛めていたのは心優しい少女を想うが故だ。たとえ精神的に限界を迎えたとしても、少女を傷つける選択はしないだろう。


 雲に遮られることがない月明かりが二人を優しく照らしていた。今日が月が綺麗ですね、そんな軽口のような告白でも言っても許されるような雰囲気だ。


 そんな時、少女は二つあるブランコに目を惹かれた。好奇心の赴くまま近づき、ゆっくりとブランコに体重を預けた。


 鎖は揺れてギシギシと唸りを上げているが、軽く動かす分にはまだ使えそうだった。


「楽しいね」


 足を少し後ろに下げ、ほんの少しだけ前に出す。誰にも必要もされることがなかった寂れた遊具は、十年の月日を経て動き出した。


 ブランコが前後に揺れているだけなのに、少女は今まで一番笑顔になっていたかもしれない。


 穢れを知らない少女の満面の笑み、疑うことのない無垢な瞳。少年は戸惑っていた。少女が隣のブランコに座るのを待っていた、そんな気がして。


 いつ自分が悪意にさらされるか怖くて、疑わなければ生きていけなかった。そんな少年には少女の姿が眩しすぎたようだった。


 隣のブランコにおそるおそる座る少年。隣にいるべきなのが自分でいいのかと疑っていて、嫌われることに怯えているようにも見えた。


「俺のお気に入りの場所だったから」


 恐怖よりも共感してほしい一心からか、少し早口気味に答えていた。


「ゆっくりと落ち着いて過ごしていたかった時、気分が沈んだ時、どうしよもなくイライラした時、ここだけが俺を受け入れてくれたような気がしたんだ」


 想いに縛られた重い足を前後に動かすとブランコが静かに音を立てて揺れ始めた。少年に括り付けられた幾つものの足枷の一つが外れたかのようだった。


「そんな場所に私が来ても良かったの?」


 その質問に悪意はなかった。ただ不確かで脆くて崩れそうな何かを確認するために。


 少女はブランコを漕ぐペースを少年に合わせた。少年が感じているものを少しでも分かってあげたいという、ほんの少しのワガママゆえに。


 「もういいんだ」


 少年はまるで星々に懺悔するかのように遠い空に言葉を投げかけた。


 それを見つめる少女は慈愛に溢れたシスターのように少年を許してあげたかった。


 お互いに、もう叶わない大切な言葉を諦めていたかもしれない。

 

「俺はこの場所に大切な人と来たことがあったような気がしたんだ。そこから大事な約束も交わしたはずなんだ」


 少年は噓を吐けないが故に、心の奥底に隠していた感情を吐きだした。


  この状況で事実を言うこと自体が悪手だと少年はうすうす感じてはいた。


 けれどモヤモヤとした感情をコントロール出来ずにいたため、一度あふれ出した罪悪感をせき止めることが出来なかった。


「でも俺が記憶を無くしてしまった。そのせいで、その子との約束を俺は守れなかったんだ」


 そこで少年は口を開かなくなり、喋りすぎたと言わんばかりに口に手を抑えた。これ以上は少女にいらぬ心配をかけるだけ、良心の呵責ゆえの判断だった。


 目の前にいる思い人に、過去であるはずの白い髪の少女の面影と合わせてしまう。それだけは避けたいと少年は強く願っていた。


 もしも白い髪の少女と白雪さんが同一人物だったのなら……そこで少年は考えることを止めた。


「ごめん」


「ううん、そんなこと…ないよ」


 二人は沈黙を選んでしまった。今すぐにでも話すべきことがあるはずなのに。


 嫌われてしまうかもしれないという思いが対話という選択肢を縛り、少年と少女は雁字搦めになってしまっていた。 


 そんな時、何かが打ち上げられる音が響き渡った。空を高く舞い上がったそれは時期を見計らっていたかのように弾けた。


 空に上がるは夜空を埋め尽くさんばかりの色鮮やか花火。夜の帳を裂いてしまうような音色は二人きりの寂しい世界に輝きを与えた。


 綺羅びやかな花火はこの一瞬のために輝いては消えていく。美しい余韻を残しては忘れられ、次へ次へと打ち上がる。


 星が空の下で二人。考えていることは違えど同じ花火を見上げていた。


 少女はかけがえのない日々を求めていた。だから咲き誇り消えていく花火に疑問を覚えなかった。


 少年もかけがえのない日々を求めていた。けれど咲いて散りゆく花火に永遠を求めてしまった。


 だから少年は()()()()()()()()()()()()()()()()


 その記憶は少年にとっての確信に迫る事実であり、取り戻したいと願った真実だった。


 けれど脳に蓄積されたのは致死に至らしめるほどの劇毒そのもの。それを受け入れられず激しい動悸と頭の痛みに襲われた。


 決してに少女に心配を掛けぬよう気丈に振る舞い、あまつさえ何事もないように笑って見せた。


 その瞬間ブランコを少し漕いで立ち上あがり、少女にも聞こえてしまうようなデリカシー0の深呼吸。


 少年は、ついに覚悟を決めた。


 夜空の爆発に身を任せ、ありのままの想いを告げる――――――









「みんなが好きなんだ」


 その告白は、少女個人に告げるものではなく、自身の思いを懺悔するような告白だった。何一つ格好良くない言葉にも関わらず少女は真摯に耳を傾けていた。


「白雪さんが、世良も、由良先輩も、…池田も。みんな優しかった」


 恋焦がれた思いではなく、ありふれていた親愛を少女と心を許した人に告げた。


「でも俺はきっと優しい人間になんてなれないと思う」


 少女が話す前に少年のほうが先に言葉を紡いだ。誰にも知りえない何かに怯え、脅迫観念にでも囚われたかのように。


「怖いんだ。自分の選んだことに責任なんて取れるはずもないのに無責任なことばかり言って、最後には間違えるって分かっていたはずなんだ」


 手が震えていた。それに気づいた少女が手を握ろうとしたが、手と手の距離が寸前というところで触れることなく空を切った。だけども少年がその好意に気づくことはない。


「それでも、誰かを好きになるのは間違いじゃないよって。正しいことだって言ってあげたいから」


 少女は顔を隠した、ゆえにその心情は分からない。けれども、その言葉は少女の心にぬくもりを与えるのには十分すぎるほどだった。


 空を覆う色鮮やかな火花は、いつの間にか終わりを迎えており姿形を見せることはなかった。


 それどころか、突如として雲が立ち込め月明かりを暗く閉ざした。


  僅かな光明ですら二人は望むことすら許されなかったのだろうか。けれども新たな輝きをもたらさんと、その祝福は夜空から落ちてきた。


 ――――雪だ。


  しんしんと淡い雪が音もなく闇夜を白に塗り替えんとばかりに覆いつくそうとしていた。


 降り止まぬ雪、季節外れの淡い雪はひんやりとしていた。


 それは恋焦がれた二人への祝福なのか、はたまた寂れた数多の遊具の悲哀なのだろうか、空から溢れだした想いが頬を撫でる。  


 雲一つ存在しないところに季節外れの雪が降る異常事態、ましてや夏の夜にだ。二人は些細なものだと受けいれていた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「康一くん」


 ひどく朧げで退廃的な、何にも縛られない一夜。くすんで見えた白雪が、今では見違えてしまうほど綺麗に見えた。


 だからこそ、この一瞬一瞬をこの目に焼き付けていたい。舞い降りた奇跡はいずれ終わってしまうのだから。


「私、誰かを本当に好きになってのいいのかな」


 少女は抑え込まれた噓偽りない気持ちを表した。少年は静かに頷くと、少女は気まずそうに俯向いてしまった。


 もしかすると、その表情は真っ赤になっていたかもしれない。 


 少年はその言葉を聞いて満ち足りたのか、ほんの少し笑っていた。


 けれど、お互いに涙を流していたことは決して気づくことはなかった。


 そう、最後まで。


※この作品はハッピーエンドを目指しています。

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