運命の選択 前編
次話は重要な分岐点のため、最終回?の可能性があります。
現時刻 20時40分
「康一くん、大丈夫?」
「……いや、何でもない。ちょっと疲れただけだよ」
不敵に笑ってみせたが、心の中ではそれどころではない。
ようやくだ。何度も思い出そうとして、何一つ手掛かりを見つけられなかった答えが近くにある予感がした。
だが数歩先で石畳の階段が終わってしまう。ここからの行き先を考えることも必要不可欠な要素だ。
ちょっと待ってくれないか、あともう少しで何が思いつきそうなのに。どれだれ懇願しようとも、時間の流れは平等に進んでいく。
神社に辿り着く前に俺の記憶に関することを一旦整理しよう。俺が記憶を無くしたのは10年前、人の名前、人間関係にいたる全てを忘れてしまった。子供の時の友達であった瀬良と池田の名前すらもだ。
それから十年間の間ずっと雪が降らなくなったこと。白雪さんが雪女であることに関係しているのだろうか。とんだオカルト話になりそうだし、一旦置いておこうか。
後は俺の親戚の態度が急に悪くなったことは多分関係ないだろう。あんな意地汚い金のことしか考えられない老害どものことは忘れよう。あと何か重要な手掛かりは……
ここで階段を上り終えてしまった。目的地を考えていなかった以上すぐにでも切り替えるべきだ。
鳥居をくぐり目前に広がるのは神々が往来されると由縁の中央の石造りの参道、それに続くように様々な出店が参道を挟むようにして並んでいる。
花火を見に来た人、出店を楽しみにして並ぶ人、そんな刹那の情景を楽しむために多くの人々が笑顔を絶やすことなく行き来していた。
(やっぱ結構人がいるよな。俺もちょっと人が多いところ苦手だけど)
俺は陽キャでもないし、どちらかといえば陰の者だ。まあ陽と陰かなんて気にするだけ無駄だし、誰かが勝手に決めたことに縛られたくもないしな。白雪さんの手を繋いだままなのを忘れていた俺はそっと手を離した。
人が多いので、はぐれないために手を繋いだままで良かったのでは?と後悔が遅れてやって来た。でも白雪さんも俺の手を繋ぐの嫌かもしれないし、これで良かったのかもしれない。
それよりも白雪さんと人気が少ない場所に移動するべきだろう。花火が打ち上げるまで時間は残り少ないはずだ。さて花火を見る場所は人気が少ない所だな。可能なら二人きりで見れる場所がいいんだけど
左右見渡す。確か右奥側から歩道に出られるはずだ。…あれ、俺この神社に来たの初めてだったよな。そんな疑問を覚えて間もなく、見知った顔が人だかりの中から見え隠れしたような気がした。
背伸びをしつつ目を凝らして覗くと藤堂会長と副会長の二人がいた。屋台名が書かれていない白いテントの所で何かを聞いているのを目撃してしまった。
ここであの会長と出くわすのはマズイ。だがタイミング悪く話終わった会長は偶然にも俺に目を合わせてきた。しかもこの方向に俺と白雪さんがいることを知ってか知らずか、迷うことなく一直線に向かってきている。
(焦るな。焦るなよ…)
動揺からか心臓が激しく脈を打ちつける。手汗を掻かないのが不思議なくらいだ。目を閉じて深呼吸。『絶対に大丈夫』と暗示を掛けれるなら、なおよし。
「白雪さん、会長が来たので後ろの木に隠れてください。後のことは何とかします」
田舎のほうで良かった沫雪市。都合よく人一人隠れられそうな木々が近くにあるではありませんか。少し白雪さんに隠れていただいて、俺が会長と副会長を別の場所に誘導すればいい。
「え、でも、藤堂さんに……」
マズイ、白雪さんはどうしても会長と副会長に話をしたいみたいだ。
少しばかり白雪さんの考えに沿わない考えだけど仕方ない。この場所で白雪さんと一緒にいる所見られたら、藤堂会長に死ぬまでイジられる。それどころか長時間拘束されるのは目に見えてるし避けるに越したことはない。
「…どうしても藤堂会長と副会長の三人で話さないといけないんだ」
俺は人生で機転の利いた言葉を告げたことがないのかもしれない。絶対に失言は許されないからこそ思考のリソースを全てを捧げる。さあ思い浮かべろ、ここから導き出される誰も傷つくことのない至高の言い訳を。
「ちょっと会長と副会長でコントの打ち合わせがあるらしくて、白雪さんに見せたいけどネタバレは厳禁だと会長に念押しされてるんだ……」
またしれっと白雪さんに噓を吐いた。もっとマシな噓はなかったのかセンス0のド低能がよ、と自分自身を蔑んだ。
「そっか…なら少し離れてるね」
いけたわ。いや待って失敗したかも。俺の感覚だけど、噓へっったくそ!!仕方ないから騙されてやるか。みたいな感じに聞こえてきたんだけど。いや白雪さんはここまでボロカスに言わないから半分以上が俺の被害妄想だけど。
むしろ白雪さんに気を遣わせたことが原因で逆に辛くなってきた。
でも思考を止めるな。冷静さを欠くな。自暴自棄になるな。この三つの約束事を守っていれば、どんな困難も乗り越えられる。
今日が運命のターニングポイントだ。こんなところで挫けていたら騙されてくれた白雪さんと合わす顔がない。
こんな俺でも疑わずに信じてくれた。期待なんて言葉はあんまり好きじゃないけど今だけはそれに応えたいと心から思えた。
「げっ、何で藤堂会長がこんなところにいるんですか。」
「あれ佐山くんじゃーん、おひさだねー。どうどう私の着物姿似合ってるー」
会長がクルクルと着物姿を見せびらかすために二回ほど回り始めた。副会長は子供っぽさに見かねて呆れていたように見えたが、俺の内心は穏やかではない。
「え、ああ、似合ってるんじゃないんですか?」
「ふふふー、もっと見てくれたっていいんだよー」
ここまでは計画通りだった。俺は木陰からでて会長たちの注意を引いて、すぐ近くにいる白雪さんが見つからないようにする。がここで誤算が生じた。
(あかんちょっと隠れきれずに白い髪が見えとるー!!)
決して白雪さんが悪いというわけではなく、木々の大きさが目視した情報よりも小さく隠れきれなかったみたいだ。白い髪が夜のとばりと反発してしまったせいで、遠目でもその綺麗な髪が眺めることが出来てしまっていた。
でも重要なのは、白雪さんと二人でいるところを目撃されないことだ。もし木のほうをチラ見されたら確実に終わってしまうが。
(頼むから気づかれないでくれよ……)
冷や汗はもう十分というほど流れ出た。最善は尽くしたなら後は野となれ山となれだ。
「そんなことより俺に構わず二人で屋台とか回ってきたらどうです?」
「うぅ……かわいそうに。愛しの白雪さんにフラれ一人で花火をひっそりと見るなんて」
「会長、ノンデリですよ」
「ごあいにくさま、俺は一人の方が気楽なんですよ」
まだ皮肉を言える余裕はあったらしい。それでも会長の値踏みするような視線が痛い。今のアンバランスな精神に針が突き刺さったかのように。でも針に糸を通すくらい芸当を簡単にやらなければ、この会長を騙すことは不可能だ。
「強がっちゃてぇー。仕方ない、私達と一緒に来る?来るなら、ちょっとだけ手伝って欲しい事があるんだけど」
「…先に手伝ってほしい要件だけ聞いときますよ」
「やっぱり君は優しいね、破れかぶれで聞くんだけど赤碕さんのメガネ知らない?」
さっきからメガネ、メガネ、耳タコだわマジで。赤碕のメガネどんだけ人気なんだよ。どうでもよさから緊張感が抜けそうになるんですけど。
…まあ、噓を吐く理由はないな。裏目に出ないでくれよ。
「さっき見つけてましたよ。射的の屋台の近くでメガネかけてましたし」
「…ふーん」
若干の沈黙が恐ろしい。疑ってるのは間違いないが、少なくとも二人でいる所は見られていないはずだ。バレてないよな。バレるなよ。
「そっかーありがとね。名残惜しいけど、私たちは赤碕さんに“お話し”してくるから。また生徒会でねー」
藤堂会長が手を振ってきたので、こちらも適当に手を振っておいた。遠く離れたことを確認して俺はどっと溜息をついた。
た、助かった。心臓に悪いってレベルじゃねーぞ。もし塩を持ち歩いていたなら、周りの目など気にせず辺りにまき散らしてしまう所だった。
副会長は常識人なんだけどな。確か麻衣子さんだっけか、こんなプライベートまで藤堂会長と一緒にいるってことは意外と仲は悪くないのか。俺なら距離を置いてから絶縁かますレベルまで行くかもしれない。
(ふぅ……)
腹黒い目論見が垣間見えた気がするが、察しが悪くて何よりだ。さっき気づいたことだが、感づかれて見られた保険として白雪さんにお面を付けてもよかったのか……
ふと思い出すのは、お面の女の顔。
やめよう、白雪さんはゲテモノ枠ではないのだから。飾らない白雪さんが一番だ。もう俺の周りの女子はゲテモノが両手両足つけて堂々と歩いてるようなものだしな。
ここからは真面目に行こう。諦めずにもう一度思い出してみれば手がかりが得られるかもしれない。
頭に存在するこめかみを手で強く押した。刺激があれば思い出す可能性はある。それがたとえ物理的な方法だったしても。
…そうだ思い出した。確か白雪さんは子供の時のことを覚えてないと言っていたはずだ。それなら知らないのも無理はない。
けれど妙じゃないか、白雪さんと俺は小さい頃に出会っていたと仮定しよう。
———————ならどうして二人は離れ離れになっていたんだ?
瞬間、直感が告げた。このまま記憶が戻れば必ず不幸になる。
それと同時に頭の内側が鈍器で殴られたような鈍痛が襲う、記憶を思い出すという選択に対し拒否反応を起こしていた。
まるで頭に掛けられていた暗示が直接的に危険信号を訴えかけているかのように。
バカらしい、フラグを全て回収出来ずにバッドエンディングを迎えるなんてそんなギャルゲーじゃないんだし……
俺は否定できなかった。子供の時に発生した記憶障害。白雪さんの出会い。初夏に吹くはずのない極寒の風。
非現実的、そんな言葉は到底生温い。有り得ざる虚構は俺の目で見て感じた現実なのだから。
保留、中止、停止、途絶、破棄、決裂———————
———————告白しない
そんな甘えが出てきてしまうほど俺は精神的に参っているみたいだ。水に濡れてしまった犬のように、みっともなく頭を振った。
あの時の言った言葉……
「大きくなったら結婚してくれるって——————約束だよ」
白髪の少女と交わした何よりも大切な約束を。
忘れてはならなかった遠い日の誓いを。
ついに思い出した。たった一つの記憶のワンシーンが脳内の常識を一変させた。
大幅にアップデートされた頭脳でもそれ以上は思い出せない。疑問符が頭の中で埋め尽くされるだけだった。
どうやら大事な約束の意味を遥か彼方に置き去りにしてしまったらしい。けれども新たな一つの疑問が溢れ出てきた。
記憶の中の少女は本当に白雪さんなのか……?
いやもしかしたら、もう一人白髪の少女が存在したんじゃないのか。
白い髪の時点で子供の頃の白雪さんで間違いないはずだ。けれど確信出来ずにいた。あの白髪の少女が白雪さんであるという根拠は何一つとしてないのだから。
大切な約束だったはずだ。あの白髪の少女の正体が誰であろうと、俺は白雪さんを選ぶべきなんだ。たとえ人間でなかったとしても俺は……
(くそっ、くそっ、なんでビビッてるんだ俺は!)
白雪さんが昔の記憶を覚えていないことが、あまりにも致命的だった。もし忘れていなければ昔の話を、あの日の約束のことを聞くことが出来たはずなのに。
子供の時にした約束だろう。これは仕方なかった、それでいいじゃないか。心の中の悪魔がそう語りかけてきた。
だから何も知らないまま終わるのか。記憶障害でそんな昔のことは知りませんでした。そんな見て見ぬふりをするのは間違いだって、俺が一番知っているはずだろう。
所詮、言い訳だろ。白雪さんに告白する勇気がないから、適当な理由作って責任から逃げ出したいだけだろ。
事実を闇に葬っていいはずない、ありのままの真実に辿り着くべきだ。無知は罪、あの日の約束を、大切な思いを踏みにじっていいはずがない。
脳内イメージの天使と悪魔による葛藤。どちらの言い分も正しい、だからこそ決めかねている。
けどこれ以上白雪さんを待たせることは出来ない。白雪さんの元へ行こう。
「ごめん、白雪さん。もう大丈夫だから」
「ほんとに大丈夫?」
「それより行きたい場所があるんだ」
一瞬のこととはいえ、記憶の断片を垣間見た。俺は昔から知っていたんだ、無意識のうちに俺が通っていた場所を。この神社から繋がる抜け道があることを。
自然公園に行けばおのずと結末は収束する。告白をするかしないか、運命の選択だ。
どちらを選んだとしても後悔はするかもしれない。それがどれだけ身勝手か理解していた。それでも白雪さんだけは悲しませたくない、それだけは本当だった。
おまけ
ノンデリ会長
藤堂会長「いやーフラれたねー。私そんなに魅力なかったかな?」
麻衣子副会長「お戯れはやめたらどうです。なぜ白雪綾女さんがいたことを指摘しなかったのです?」
藤堂会長「いやいやー、気づかなかったなー。麻衣子ちゃんが意外と着瘦せして隠れ巨乳で着物を着たくないことなんて気づくはず…」
麻衣子副会長「ノンデリです」
藤堂会長「く、首はしめないで……」




