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激動の花火大会 後編

 年内最後の投稿です。少し長くなってしまいましたが、楽しんでいただけたらと思います。


*追記 時間を書き忘れたため修正。

   (例) 現時刻 20時 00分

 

 現時刻 19時 40分


「おい、だいぶ騒ぎになってるし諦めろって」


「ここまで互いに引けっかよ。お前もそう思うだろ」


 勢いで睨みつけたら勝手に勝負が始まっていた件について。無言で突っ立っていた俺も原因ではあるが、今から逃げ出すのも難しいだろうな。


 通りすがりの大声で足を止める通行人、何の騒ぎかと興味本位で見に来た野次馬、溢れる人だかりは混迷極まっていた。


 まあこんな人通りの中で大声で啖呵切ったら当然といえば当然か。


「はいはーい、せっかく見に来てる人がたくさんいるんだし、勝負の内容を聞いてみてもいいんじゃない?」


 意外とノリが良い人が多いのか、天下の大通りの中にも拘わらず我こそはと手を挙げてでも勝負の内容を決めたいらしい。


 あのお面女、今度はなに企んでやがる。


「うーん、面白さを重視するなら……うーん?」


 お面の女にしては判断が遅く真剣に悩んでいるようだった。まるで未来の先にある分岐までもが見ているかのようだ。


 そんなどうでもいいような苦悩の末、選ばれたのは小学生くらいの男の子だった。


「ねえねえ君、この二人が今から勝負するんだけど何で勝負するのが面白いと思う?」


 まるでバラエティ番組のような質問に小学生はワクワクを隠しきれていない。


「かき氷の早食い!!」


 はぁ!?いやいや,小学生の言う事に本気で怒ってどうすんだよ。


 かき氷の一つや二つ早食いするだけなんだし多少頭が痛くなるだけだ何も問題ない、寛大な心で許してあげないとな。


「うんうん、言ってくれてありがとね。というわけでかき氷の早食い耐久競争に決まりました〜」


 おい話を盛っただろお前!かき氷の一杯で済むところが無限大になっちまったじゃねーか!!


「おいおい、ビビッてのんかよ。根の暗い奴はチキン野郎はさっさと降参してくれたっていいんだぜ」


「……誰がビビるか。たかだか玉蹴りが得意なだけのお馬鹿さんに負けるわけないだろ」


 反射的に言い返してしまったが、俺の判断は間違っていない……はずだ。


 これでも、ほぼ毎日池田に付き合わされて二㎞近くも走らされてんだ。根性勝負ならこちらにも分がある。


「せっかくなのでカキ氷の氷にワサビを混ぜておきましたー。私の好意を無駄にしちゃ駄目だぞ☆」


 好意どころか悪意しかないだろ!!誰か止めろよあのド畜生暴君をよ!!


「おい、降参しろよ。女なんて誰でもいいだろうが!!」


「はぁ!?お前がしろよ。俺は絶対にこの綺麗な人がいいんだよ!!」


「はい、スタートでーす」


 手渡されたカキ氷は白い雪山ではなく、コケが生え散らかした薄緑の上から赤いシロップがかけられた奇妙な物体Xだった。


 俺はリアクション芸人じゃないっつーの!食べればいいんだろ、食べれば。


 口の中に広がったのは独特の風味。その独特は独走に置き換わり口よりも鼻に違和感……があぁああぁ!!


 本当に鼻の苦しさゆえに諦めたいんだが、リクエストした子供が期待の眼差しで見つめてくる。夢や憧れを裏切るような図太さは俺には存在しなかったみたいだ。


 ちくしょう!!やってやるよ!!せめて一つは食い尽くしてやるうぅぅ!!




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


現時刻 19時 53分

 

「というわけで、両者一杯しか食べきれず引き分けでーす。異論は……」


「「おい、水!水を持ってこーい!!」」


「はい、ありませんねー。君もこれで満足した?」


「たくさん苦しんでる姿を見れて楽しかったー」


 この子供ドSすぎるだろ。人の心とか無いんか?どれだけ俺達が苦しんでると思ってるんだよ。


  鼻がツーンとするわ不味いわ、まともに食えたもんじゃない。若干混ざりきってないワサビの味はもう二度と思い出したくない。


 さっきカキ氷屋のおっちゃんが善意で水を渡してくれなかったら、誇張抜きで死んでたんだが?


「さて次は誰に聞こっかなー」


 そんな人の心が欠如しているお面の女が次に選んだのは私服姿の若い女性のようだった。


「はい、そこのお姉さん。実はカクカクシカジカで」


「分かりました。この二人が熱くバトルするんですよね」


 いや分かんのかよ。カクカクシカジカとか久々に聞いた気がするわ。


「そうそう、この若い男の子二人に何でも命令できると考えるとワクワクしない?」 


 一般OLのように見えるんだけど、その目は荒々しい現実に揉まれてなお希望に満ちあふれていた。なんだろう果てしないほど嫌な予感がしてきた。


「そ、その、男同士のポッキーゲームが見たいです!」


 このクソボケがぁあああぁ!!!なにさらしてくれとんじゃあぁああ!!


「うんうん、この爽やかなゲームは夏にピッタリだね」


 夏、関係ねぇええ!!おい誰得だよ、ボーイズラブコメ展開とかノーサンキューなんですけど!!


「「ふざけんなぁ!しばくぞゴラァ!!」」


「わぁ、また息ピッタリ。凄いねぇ」


「……やっぱりダメですよね」


 ダメに決まってんだろ!!!どうして許されると思ったんだよ!!なんでお面のクソ女はこんな逸材をピンポイントで引き当てんだよ!!


「大丈夫この二人、デキてるから……」


 それが災いし黄色い声援により湧き上がるギャラリー。笑い転げるサッカー部副主将。これほどまでに世界は悪意に満ちているんだなって心の底から思った。


 ふとサッカー部主将と目が合う。物分かりが悪そうなあいつも、この最悪で最低な状況をひっくり返すには何が最善か分かったようだった。


「おい、早くしろ。他のやつが来る前に終わらせるぞ」


「チッ!しゃあねえな。今回は引き分けで手を打ってやるが、絶対同じタイミングで噛み切れよ」


 俺たちの心は一つだった。半端に終わらせればもう一回やらされる。利害が一致しただけとはいえ、団結するのには十分すぎる理由だった。


「「うおおおぉおおぉおおぉ!行くぞぉおおおぉおおぉ」」」


 俺たちの戦いはこれからだ!!!(ヤケクソ)




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 現時刻 20時 00分


「えー、両者引き分けでーす。異論は……」


「無い!!!」


「ねぇよ!!」


「はぁ、面白くない。お姉さんはどう?これで満足?」


「はい、十分です。最高のどうじ…ではなく思い出になりました。すぐに帰って執筆します」


 いま同人誌って言おうとしてたろ。もしぼかさずに薄い本でも出されでもしたら肖像権侵害で訴える事も辞さないからな。


「随分と楽しそうに遊んでいるじゃないか」


 うん……?思考に三秒、気づくのに二秒、頬を伝う冷や汗が本能的に危険だと訴えかけていた。迫りくる危険を無視できず、恐る恐る後ろを振り返った。


「やあ久しぶりだね、佐山康一。それとも眼鏡を外した姿に見覚えがないと?」


 ぎゃああぁあああぁ!!眼鏡してないけど赤崎だぁああぁぁ!!


 ある程度想定していたとはいえ、赤崎に見つかるのは相当マズイ。ましてや男同士のポッキーゲームとか憤死ものだわ。


 不幸中の幸いか、このお面の女と一緒に行動していたことはバレてはいない。せいぜい悪ふざけ程度の範疇だ。


 だが、お面の女の気まぐれで話しかけられたら即座にゲームオーバーだ。でも大丈夫だ、まだ慌てるような時間じゃない。


「私に弱みを握られたことを後悔するがががあっがががぁ、ふえーん」


 誓って俺は手を出していないが、急にショックを受け始め故障した家電製品みたいになっていた。


 そういえばこいつ眼鏡なかったら、極度に怯えるんだっけか。さっきまでは普通に話せてたみたいだが、まだ克服できていなかったみたいだ。


 というか本気で時間がない。何度も言うが白雪さんを待たせるのは非常にマズイ。もう体感一時間以上かかってるし、一刻も早くこんなアホみたいな茶番は終わりにするべきだ。


「おい、そこのサッカー部主将らしき人物」


「本物だが」


 少々卑怯な手を使わしてもらう。無論、勝負中にズルをするつもりはない。俺の目的はただ一つ、ゲームの選択権を奪うことだ。


 こちらが有利なゲームで戦えば圧倒的なアドバンテージになる。どうやって奪うのかと問われたら、あのお面女を少しばかり利用することだ。


 あのお面の女は面白いことであれば、なんだって食いつく悪食エンターテイナー女だ。だからこそ一つ一つの言葉が重要になってくる。


 ある程度ロマンがあって手っ取り早く終わりそうなのは……あれだな。


「射的で決着をつけよう。文句は無いな」


 あいつ俺の提案を鼻で笑ってきやがった。いいだろう、後で絶対に吠え面かかせてやる。


「うーん、それはロマンだね!面白いからいいよー!」


 お面の女が少し渋い顔が見えた気がしたが気の所為だろう。


「俺は射的の経験は……ない。お前は?」


 やったことのない射的にしたのは、こちらが一方的に選択させたのに不利なゲームを選ぶのはフェアじゃないからだ。


 さあ最後の真剣勝負と行こうじゃないか。


「はぁ?あるに決まっててんだろ。射的が出来てこそ一流の男ってもんだからな」


「……まじ?」


 事を手早く済ませようとしたことが裏目に出てしまった。あのお面女が渋い顔した時点で察するべきだったのに。


 お先真っ暗、まっしぐら。というか時間を気にするなら逃げたほうが良いだろう。


 吐いたツバは飲めない。自らの怒りの沸点の低さを恨むのには十分すぎる理由だった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


現時刻 20時 05分


 本筋と掛け離れた茶番もようやく決着が付こうとしていた。極度の緊張から血が冷めていくような気がするのに風が妙に生暖かい。


 三段で構成される射的台には、多種多様な景品が並んでいる。極小サイズの景品や狭いスペースに大きく陣取る縫いぐるみを倒せば高得点らしい。


 今で三回目の勝負となるからか、撃てるチャンスは三回にしたみたいだ。二回外せば……いや、あの自信満々な様子からして一発でも外せば負けると考えていいだろう。


 未来は不確定なはずなのに、敗北という無残な言霊が脳裏に鳴り響いてやまない。


 それも当然だろう、射的なんて生まれて初めて挑戦するんだから。無理ゲーここに極まれり、とんだ理不尽だ。


 極度の緊張状態に置かれているっていうのに自然と気分がいい。


 脳の興奮状態からか、ドーパミンが分泌されるとか、そんな理屈じみた答えはいらない。


 気に入らないから反抗した、なんかムカついたから負けさせたくなった、そんな暴論の方が今の俺には心地よい。


 いつだって世の中は理不尽だった。言われの無い暴言、不必要な罵倒、陰湿な陰口を叩かれることは、俺にとって当たり前の常識になってしまった。


 理不尽を他人に押し付け、知らないフリをして見殺しにする。それが出来なければ他人に理不尽を送り付けられる。結局そういうルールだと割り切るべきなのだと。


 ―――でもそれを覆せるなら俺は手段を選ぶつもりはない。


 諦めが悪くて結構。押し付けられた馬鹿が理不尽に打ち勝てる未来を俺は心の底から信じているから。


 だからこの一撃は必ず―――




「当たらねえぇええぇ!!」


 現実はあまりにも無慈悲だった。回想シーン挟めば勝ち確定なんてゲームじゃないんだから。


 ノリが良かったギャラリーが何のフォローしてくれない。この冷えっ冷えの空気どうすんだよ。


「おいおい、こりゃ楽勝だな。この俺に射的に挑んだことを近くの公衆便所の裏で悔やんでるんだな!」


「あっこの公衆便所汚いよなー」


 そんな補足要らねーんだよ!くそ、まだ一発目だ。あいつだって外す可能性だって……


「一投入魂ってな!」


 ふざけた言葉遣いは今更だが、射撃の精度は的確で立てかけられた菓子を容易く吹っ飛ばした。


 おおっ!と湧き上がる歓声。経験者という言葉は噓ではないらしい。


「くっ……こんな初心者相手に本気出して恥ずかしくないのか!!」


「はっ!勝つために手段を選ばねぇ!狼はウサギを狩るのにも全力を尽くすんだよ!!」


「さすが女選びがいい憤怒の大狼様だな」


「お前俺に味方したっていいだろうがよ!!」


 『†憤怒の大狼†』こいつこんな厨二ネーム持ちってマジ!!流石に引くわー。マジで引く。


 って、そんなことより今は自分のことだ。次外せば俺は負けるんだ、あんなのに負けるのは正直ごめんだ。


 コツは掴みかけそうなんだが、まだ的に当てる自信はない。勝つためにはこの土壇場で活路を見出すしかない……だが俺の勝ち筋あまりにも……


「っ、まだだ……!」


 弱気な自分に喝を入れて引き金に指をかける。集中の末に放ったコルクの弾は安価な菓子を弾き倒した。


 なんとか首の皮一枚繋がった。俺の勝ち筋は次に成功、あいつを失敗を祈って四回目の勝負に持ち込むことだ。


 次はアイツの撃つ番だが、何か良い手は……ああ、そういえば言ってたな。


 勝つために手段を選ばない。実にいい言葉だ。


 なら俺も負けたくないから相手の嫌がることを徹底的やってみるか!


「†憤怒の大狼†」


「お前のなんか嫌味に聞こえるからマジで止めろ!!」


「「†憤怒の大狼†」」


「何でハモってんだよ!!」


 精神的な動揺によるズレは惜しくも外すには至らなかった。そんな戦犯スレスレの副主将?は視線を合わせず口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。


 俺?堂々と踏ん反り返ってますが?何か?


 そんなことよりありがとう、協力してくれたサッカー部副主将らしき人。ポッキーゲームの時に笑い転がってたの一生許さんけど。


 確実に流れが来ている。かつてないくらいの高揚感に包まれていてフワフワと浮かび上がってくるような感覚。これがヘブン状態ってやつなんだろうか。


 俺は銃を手に取り勝利を確信した。体が軽い、もう何も怖くない。


「あぁ!!」


「どーだぁ!!俺の勝ちだあ!!」


 普段感じないであろう高揚感のせいか、変に指に力が入ってしまい思い切り外した。明後日の方向どころか一年一ヶ月位の見当違いの方向飛んで行った。それはもう盛大に。


 あれだけ自信たっぷりに啖呵切った結果がこの体たらく。なんだろう、実力が伴わないのにイキるの止めてもらっていいですか。


 もう勝ち目薄いから煽ることだけ煽って逃げるか。もう奇跡でも願わないと勝ちはありえないレベルだしな。


 そしてやってくるサッカー部主将のターン。さっきのは失敗で煽る気力を失った。もう負け確定だし、お面の女は何故この勝負を終わらせないのか理解に苦しむ。


「勝ったんなら残りの一回俺にやらせろよー。今月金なくてさー」


「うるせぇな。三百円くらい自分で払え」


 そんなやり取りで気がそがれたのか、深い溜息をついて変に脱力したように見えた。


「適当に縫いぐるみでも撃っておくか。俺の経験上、この大きさの奴は絶対に倒れるわけないけどな」


 ヘラヘラと笑いやがって、勝ち確定だとしても少しは真剣にやれっての。


 もう負けた俺に意味はない。後味は最悪だが、あのお面の女がお持ち帰りされてラブラブなホテルに直行するだけだ。俺になんのデメリットもないし、もう勝手してくれ。


「いや、少しだけ待ってほしい」


 ここで割り込んだのはお面の女だった。もうとっとと負けを認めて白雪さんに合流したいんですけど。


「彼は初心者だし、一度だけチャンスをあげるのはダメかな?」  


 いやもう無理だし勝ち筋ないし、無気力状態なんですけど。


 それに対しサッカー部主将は浮足立っており、好きな人の前とはいえ寛大な心を見せつける余裕はないらしい。


「さっき彼が失敗したのを巻き戻して私が変わりに撃つ。ではダメかな?」


 俺にとっては千載一遇のチャンスであるが、しかし……


「ぐっ……さすがにそれは……」


 好きな人の頼みとはいえ、了承出来ずにいた。それも当然だろう。理由がどうであれ、栄光ある勝利に巻き戻しを要求されるのは酷だろう。


「分かってるよ。これは君にとって理不尽なゲームになってしまう。だからここで一つ賭けをしよう」


 不服そうなサッカー部主将は、ただひたすらに沈黙し続けていた。どうやら話は聞くつもりらしい。


「私があの縫いぐるみを落とすことができたなら彼の勝ち。それでどうだい?」


 お面の女が指したのは、先ほどよりも一回り大きいサイズの縫いぐるみだった。


「そんなの不可能に決まっている!この道十年の俺だから断言出来るが絶対に無理だ!」


 サッカー部主将は怒りよりも先に取り乱していた。素人の俺ですら、コルク弾で撃ち抜くのは難しいと判断するほどの大きさだからだ。


「なら賭けは成立だね。私があれを壇上から打ち落とすのを見ているといい」


 弾が一発しか込められていないコルク銃を手に取ったのはお面の女だった。


 銃が置いてある台に両肘肘をつき脇を隙間なく締める。銃の柄の部分に頬を付ける姿は本物のスナイパーのようだ。


 お面の女の一挙手一投足の全てに無駄がない。僅かな力でさえ銃から放たれるコルク弾の威力に捧げてている。


「……俺ではダメだって言いたいのかよ」


 サッカー部主将が何を感じ何が見えているかなんて分からない。けれどあいつは……


「違うよ、なんて優しい言葉は言わないよ。本当に私が好きな人はね……」


 察してほしいかのように、締めくくる言葉を噤んだ。


 お面の女が放ったラストシューティング。その狙い定めた標的はぬいぐるみただ一つ、軟弱なコルクの銃弾はぬいぐるみに突き刺さった。


 偶然だった。いや、運命の悪戯というべきだろう。


 その縫いぐるみの置かれた位置が、僅かに倒れやすく設定されていたのかもしれない。


 迷い込んだ一陣の風が追い風となり、弾の速度が上がったのかもしれない。


 全ての因果が収束し、必然のようにコトリと後ろに倒れ伏した。


 強大なぬいぐるみを見事打ち倒し、文句なしの逆転勝利だった。


「不可能を可能にしてしまう、そんな人を愛したいんだ。だから、ゴメンね☆」


 その謝罪はサッカー部主将の心を完全に打ち砕いた。


 膝から崩れ落ちたサッカー部主将は放心状態のまま戦意喪失。副主将が半笑いで話しかけているが返事がなく生ける屍のようだった。


 (……はっ)


 俺は今の光景に夢中になり、ボーッしてしまった。俺までサッカー部主将のようになるところだった。


 まあ勝ち確定の盤面で、戦況をひっくり返されたら堪えるのも無理もない話だ。


 あっ、そういえば赤碕の奴はそこにいるよな……逃げられたらマズイがいるだろうか。


「あ、赤碕さん。大丈夫!?」


「えっ、白雪さん……」


 あぁあぁぁぁああああぁー!!終わりだぁああぁぁ!!どうしよぉぉおおぉ!!言い訳考えてないよおぉおぉおぉお!!


 生き別れの弟がぁぁああああああぁ!!無理だぁああぁああぁぁああ!!


「あれ、康一くんがどうしてここに?」


「いや、ちょっと、これは、と、トラブルというか、ははは……」


 もう笑って誤魔化すしかない。謝ったとしても絶対に許されないだろう。白雪さんの信頼が0になるどころか、完全に嫌われて絶縁されることが確定してしまったからだ。


「あの、少し聞いてもいいかな?」


 というか行動全てが終わってる。集合の約束破るし、白雪さんと抜け出そうとか言っといて、お面女に捕まるわ、サッカー部主将の喧嘩を買ってるし。


 ころしてくれ……白雪さんに嫌われた俺を誰かころしてくれ……


「赤碕さんのメガネしらない?」


 えっ……なんで……赤碕の眼鏡……たしか瓶底……あっ!!


「あの人が持ってるじゃないかな……」


 俺はお面女の方に指を指した。すると赤碕は飢えた獣のように瓶底メガネを拾った持ち主にすっ飛んでいた。


「あ、あっ、あの……び、び、瓶底メガネ返してください!!」


「なぬ、貴女の物でありもうしたか。どうぞお使いくだされ」


 はっ……ナニコレ?これどういう状況?お面の女の拾った瓶底メガネのおかげで助かったというのか。


 白雪さんに嫌われたショックで現実を直視できず、突発的な幻覚と幻聴に見舞われてるのか?


 というかなんで白雪さんが赤碕のはメガネ探してたんだ?これは現実か、それとも幻覚か?


「すごいね康一くん。それと助けてくれてありがとう」


「ど、どう……いたしま……して……」


 夏に咲いた向日葵のような暖かい微笑み。


 その心の温もりが現実だと訴えかけてくる。どうやら俺は命拾いしたらしいが素直に喜べない。


 それよりも謝るタイミングを完全に逃してた気がする。というか誤魔化すより先にすぐに謝るべきだったのに。


 いつか絶対にこの償いはしよう。そう思ったとき、慌てて走る音が聞こえてきた。なんかこっちに来てるけど誰だ?


 向かってくる誰かの正体は見知った顔の瀬良だった。


「あっ、いたいた。って、姉さん!なんでこんな所に!?」


「おぉ我が真なる弟よ。お金貸して♡♡♡」


 え!瀬良みたいな女だと思ってたけど実の姉だったのか!!おい瀬良、お前の姉にさんざん迷惑かけられたんだが!!


 またしても誰かが走り寄ってきた。あれは光山先輩か……。というかなんで慌てる必要があるんだ?


「大変だ、康一くん。池田さんが君を見つけたら、好き好きだいしゅきホールドの刑にする、って言ってたから今すぐ逃げてほしい!」


 ひえぇえぇ!やべえぇぇ!!社会的に殺されるぅぅ。ぞわっと来た殺気、またまたその後ろから追従してきた何者かに気づいた。


「康一ぃ!今ここで私とハグするのよぉぉおぉ!」


 ぎゃああぁあぁああぁ!!ほんとに殺されるぅううぅ!!


 様々なイレギュラーに遭遇したせいか、思考がより冷静になって研ぎ澄まされていた。


 というか、ここで白雪さんと抜け出さないと。タイミングはもうここしかない。


「行こう!!」


 前触れもなしに白雪さんの手を掴んだ。出来る限りそっと掴んだ……はずだ……。


 俺の独断故に返事は聞けなかった。でも繋いだ手をそっと握り返してくれた。それだけで俺は良かったのかもしれない。


 (まあ、無理かもな)


 白雪さんと抜け駆けするには、最終的に池田から出来る限り距離を置かないといけないのは分かっていた。


 白雪さんを連れて池田から逃げ切るのは困難を極める。アイツの足は俺よりもずっと速い。だからこそ、こんな状況にならないよう手を打つべきだった。


 過る諦めを悔いる時間すら惜しい。でも悔しかった。何もしないで諦めること自体が。


 脈拍がどれだけ上がろうとも、追跡者との距離が開くことは絶対にありえない。


 (ごめん……)


 白雪さんに告げたかった言葉は誰にも届くことなく、僅かな願いすら叶うことは……


「はい、ストーップ!」


 通りにいた多くの人が鳴り響く声に目を奪われ足を止めた。まるでその言葉に誓約でもあるかのように。走っていたのは俺と白雪さんだけだった。


 池田の目の前に立ちはだかる人物がいた。なぜ?その正体に心当たりがあったとしても、俺は後ろにいる白雪さんの様子を伺うだけで精一杯だ。


「ちょっとどいてください!私いま急いでいるんです」


「どうどう、そんなに怒らないでよ。ほら私、近所の優しいお姉さん」


「えっ…もしかして瀬良のお姉さんですか!?…って、しまったぁ!」


 妨害した誰かのおかげで逃げるための距離が充分に稼ぐことが出来た。声の主に心当たりがあるものの、その人物の顔を見ない訳にはいかなかった。


 池田の進路を妨害したのは、お面の女こと瀬良の姉だった。


 なんで助けてくれたんだ……。これ見よがしにお面をずらしてウインクで返してきた。『どうかこれで許してね☆』とか言ってそうな気がしてならなかった。


 そんなことより金返せ、って言うのは野暮だな。後で瀬良に奢った分の金をせびろう。


 これが最初で最後のチャンス、今ここで当初の目的を果たそう。全ては白雪さんと抜け駆けするため。


 行けば分かるさ、走れば叶うさ。ほつれた一縷の望みを辿るように。複雑怪奇なカオスを振り切るために。


 少し走ったところに石造りの階段が見えてきた。これを登れば神社に辿り着ける。


 白雪さんはまだ走れるみたいだが、無理をしていないか非常に心配だった。


 別に花火を観るだけなら神社方面に行く必要ない。けれども、本能的に階段を登りたいような気がしてならなかった。


 少し悩んだ末、手を繋ぎながら神社の階段を駆け上がっていく。この神社の裏から歩道に出れた……はずだ。


 追手はまだ来ていないし、少しペースを緩めることにしよう。こういう神社に向かうための石造りの階段は段差が高くて登りづらい。


 そういえば子供のころ誰かと登ったことがあるような……


 突然、ピキリと何が壊れる音がした。


 『康一くんゴメンね、私がワガママ言ってしまって』


 ……えっ、なんだこの記憶は……


 脳裏に映りだされたのは、白い髪の女の子が話しかけたシーンだった。


 存在が不確かな記憶に困惑を隠せず、足を止めてしまった。白雪さんは心配して顔を覗きこんでいるが、かける言葉が見つからない。


 ────もしかして昔の記憶が戻りつつあるのか


 光山先輩、赤碕、藤堂会長……あと誰だったっけ。ともかく、人の名前を覚えるのも無理に等しいものが、難しいに変化しているような気がする。


 全ては白雪さんと出会ってからだ。昔に出会ったことがあるのか?ならなんで昔に出会ったことを話していないのかということになる。


 なら白雪さんは一体……雪女……なのか?いやいや、あまりにも発想が飛躍しすぎている。情報が余りにも欠落しすぎて推測できたものではない。


 何か重大な見落としをしているんじゃないか。そう確信めいたものがあった。


 

 

おまけ

 身内には……


 池田「あぁあぁぁ、康一ぃぃ、行かないでぇー」


 由良先輩「なあ瀬良、お前の姉は……奇抜だな……」


 お面の不審者「うんうん、奇抜とはいい言葉だねぇー。真なる弟くんもそう思うでしょ?」


 瀬良「人違いです」


 お面の不審者「ひどい!!」

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