激動の花火大会 中編
今回はほぼ三人称の書き方になっています。
現時刻 19時 00分 花火打ち上げまで残り2時間
お日様は沈み、出店に吊るされた提灯の灯がゆらゆらと暗きを優しく照らしている。祭りばやしの音色が高々となり響く中、白い髪の少女が一人寂しそうに歩いていた。
誰もが無礼講であり、その特別な高揚感から羽目を外しているが、緊張を隠せない少女はやたらと周りを気にしているように見えた。
理由は彼女の髪が綺麗な白髪をしているからだ。よしんば生まれが白い髪のハーフの生まれであったとしても特段珍しいものである。
しかし、それは彼女自身を苦しめる要因となっていた。
人は自分と違うものを異端として扱い、理由もなく忌避し同然の権利のように差別する。誰しも人と同じではないにも拘わらず。
人々の視線はいたって普通であり物珍しさで見ているだけだが、白髪の少女には違った形に見えていた。
偏見、憐み、軽蔑、誰もが悪意のある冷ややかな目で見ている。……少なくとも彼女はそう思っていた。
(大丈夫……いつものことだから)
自分の心を押し殺し、視線に耐え忍んで白髪の少女は立ち止まらず前に進んで行く。そんな中、奇妙な光景を目撃することになる。
可愛らしいポニーテールの少女が人波に攫われないよう、上下を見回しながら何かを探していた。地面に対し穴が開くほど真剣に探していた、それも必死の形相で。
白髪の少女の少女はどうやら見覚えがあるらしい。探し物の邪魔になってしまいそうで不安だったが、恐る恐る声を掛けた。
「赤碕さん?」
「ほにゃああぁあぁ!!」
その異常なまでの驚きようは、まさに驚天動地。あからさまに驚かれ、白髪の少女はどうやら傷ついていてしまったようだ。無論、ポニテの少女はそんなこと知る由もない。
「ま、ま、ま、まさか白雪綾女か……? ていうか、君に眼鏡はずしたの見られてないのに……」
キョトンとした白髪の少女は、気づいた事実を噓偽りなく告げる。
「なんとなく赤碕さんかなって」
のほほんと雰囲気からは信じられないくらい、本質を見抜く慧眼を持っていた。もしかしたら白髪の少女には隠し事など簡単に看破してしまうのかもしれない。
「はぁ…またこの姿を見られるなんて、もう終わりだぁ…死にゅ…」
落ち込みようは見て分かるほど悲しみに満ちていた。眼鏡を無くしただけに見えるが、そのメガネにはきっと何か思い入れがあるのだろう。
「用が無いならさっさと行ったら、どうせ佐山康一と出会う予定があるんだろ」
ポニテの少女は、しっしっ、と捨て猫を追い払うような仕草だが、立場は逆そのものだろう。
眼鏡を無くしたポニテの少女は憔悴しきっており、あまりにも投げやりだった。普通なら助けるほうが人として良いのかもしれない。
だが彼女は、白髪の少女を明確な悪意があって嵌めようとした事実がある。害を成すのなら、このまま見捨てるのが賢明だろう。
「嫌です。私も手伝います」
だが白髪の少女はそれを良しとしなかった。彼女自身がその事実を知らないというのもあるのだろう。
それでも恐怖にめげず、震えそうな声を、体を臆しているにもかかわらず、彼女は僅かながらの勇気を見せていた。
(康一くんも多分こうすると思うから)
彼は困っている人は見捨てなかった。ただ黙っていて私に手を差し伸べてくれた。たとえ自分自身が嫌われて立場が悪くなったとしても。
「私も怖いけど、一緒に探そ。きっと探しもの見つかるよ」
「……うん」
(ごめんなさい康一くん。わたし、やっぱり悪い子ですね)
そう思い馳せた少女の本音は、誰にも届かなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
20時00分 花火打ち上げまで残り1時間
「見つからない……」
「こんな眼鏡の無い中歩くなんて、とんだ拷問だぁ。もう死にゅたい……」
あれから一時間たったが、未だに眼鏡は見つかっていない。瓶底眼鏡といった特徴的な眼鏡のはずが、何の手がかりも得られなかった。
砂漠で一本の針を探すより簡単だが、この出店の店主一人一人に聞きまわるのは流石に骨が折れる。
それに彼女には大切な約束があった。それを放り出してまで来ている彼女には一刻の猶予もないだろう。
そういう時に限って、容赦無く災難は降り注ぐものだ。二人の人影が彼女たちに無遠慮に近づいてきている。
「あれ、白雪っちじゃーん。どうどう、俺っちと一緒に夜の遊びとしゃれこもうぜ」
白髪の少女は身構えた。後ろから聞こえた軽薄そうな男のような口調、少しながらの悪意を読み取った彼女は一瞬戸惑ってしまう。
されども彼女は直感した。今すぐポニテの少女を連れて逃げなければと。
「ちょいちょい、ちょーい。ほら私だって」
先ほどの男らしき声が今度は年若い女性の声に聞こえた。たまらず白髪の少女は後ろを振り向いた。
そのカラクリはチャラ男のフリをした同い年の少女だった。着物姿がやけに艶やかな黒髪ロングの美人に見える。すぐ後ろの黒髪ショートの少女は着物の少女の奇行に呆れかえっていた。
「ちょっと会長、今すぐその口を閉じないと品性を疑われますよ」
「知りませーん。私は会長ではなく、藤堂花音っていう激かわネームがあるんですー」
白髪の少女にとって予想外の出会いであったが、願ってもない千載一遇のチャンス、まさに渡りに船だった。
「あの……会長。聞きたいことあるんですけど」
「聞いた!?白雪さんからの頼み事だって!!どうしよっかなー」
「会長は鬱陶しいので黙ってくださいね。それで白雪綾女さん、頼みとは一体何でしょう」
「…っ、ありがとうございます」
今にも周りに迷惑をかけるくらい騒ぎ立てそうな会長に副会長は釘を刺す。
これから真剣な話をするのに、こんな不真面目な自称生徒会長を会話に入れさせないのは聡明な副会長と言えるだろう。
白髪の少女と副会長の話に混ざれず暇になった自称会長の矛先は、ポニテの少女に向かうのだった。
「あれーきみきみ、どこかで出会ったことない、なんか見たことあるポニテなんだよね」
「い、いえ、……ひ、人違がががが、」
自称会長の圧と眼鏡のない弊害ゆえか、ポニテの少女は上手く言葉を話せずにいた。
「あ、あの会長。その子、眼鏡を落としたショックで上手く話せないみたいで……」
話し終わった白髪の少女は、しどろもどろに会長に訴えかけていた。そんな愛らしい姿を見て、自称会長はほくそ笑んでいた。
「ま、いっか。ふへへ、こんど白雪さんに何してもらおっかなー」
「会長、セクハラは厳禁ですよ」
「わたし、まだ何も言ってないんだけどなー。とにかく聞いた話を聞かせてくれない?」
生徒会コンビが真面目に話している中、ポニテの少女は面食らっていた。以前陥れようとした白雪綾女という人物が、正体を隠したいという意思を汲み隠そうとしたのだ。
少なくとも、ポニテの少女は心中穏やかでないのは間違いないだろう。
「じゃあ、時間もないし真面目にやろっか。私達が神社方面に向かうから白雪っちは下の方をよろしくねー」
長い階段の先にある神社の方向に指を差して不敵に笑う。その笑みの黒さにポニテの少女はドン引きしていた。そんな中、白髪の少女は気づく由もなく素直に喜んでいた。
「私の連絡先を渡しておきます。何かあればここに電話を」
素早いペン捌き。書記、会計、その両方を受け持つ生徒会の副会長なればこその早業だろう
「あれー自分だけ連絡先渡してるー。麻衣子ちゃんってば、だ・い・た・ん」
「ぶっ飛ばしますよ。本気で」
「やばい怒った、逃げよ。じゃっねー白雪さん、今度は名前で呼んでよねー」
自称会長は一目散に神社がある方向に走り出した。が、着物を着ていてたせいで全力で逃走することが叶わず、私服姿の副会長に捕まり断末魔を上げていた。
「……ごめんなさい。会長も獅童さんもいい人だから、その、本当に悪い人なんて誰もいないと思うんです」
────理解できない
ポニテの少女は、その考え方をどうしても許せないでいた。そんなものは全て虚言だと。
「……それで恩を売ってるつもりですか」
彼女なりの気遣いは虚しく明るい空気を悪くさせた。人格を歪ませるほどの激昂。オドオドしたはずの彼女が一変する程の逆鱗に触れてしまったらしい。
佐山康一に対して善意の点数稼ぎをしているのだと、『彼はいずれ悪い女に騙されると思っていた』その猜疑心こそが彼女を構成する全てだった。
「何ですか、今になって清楚気取りとか意味不明なんですけど。そもそも人の弱みに付け込んで何が目的なんですか」
人の怒声は道行く人々の視線を大いに集める。それに気づきながら白髪の少女は怯えに負けないようグッとこらえた。
自分が信じようとした言葉を伝えたい、ただそれだけだった。
「他の人に素顔知られるのが、嫌だったんだよね」
ポニテの少女は、白髪の少女が何を言っているのか理解できていなかった。いや理解していたはずだった、人は必ず悪意を持っているのだと。
「噓だ……絶対騙されてないぞ、何か目的があって僕にすり寄ってるんだ……」
ここまで悪態をつけば、嫌な顔の一つでもするだろう。いい加減本性を表せ、ポニテの少女はそう思わせてほしかった。
「…?。べつに…ないけど」
困った顔をしているものの、白髪の少女は悪意など一つも持っていなかった。
それにポニテの少女に恩義を着せようとした訳ではなく、見返りなど求めない純真な心からの言葉だった。疑っている誰かが馬鹿らしく思えるくらいに。
「ごめん……」
「えっ、どうして謝るの。私まったく役に立ってないのに」
どうやら白髪の少女は眼鏡が見つかなかったため、怒られていると勘違いしたらしい。どこまで頭がお花畑なんだと、ポニテの少女は内心呆れていた。
(眼鏡は無くなるし、目的は果たせないけど帰るしかないか……)
そう腹を括ったとき、誰かの叫び声が聞こえたような気がした。
「ふ…けん…オ……、………ぞ……ぁ」
(うん、この声どこかで聞いた気が……)
思い浮かべたロジックから導き出されたのは、絶対にあってはならない矛盾だった。それ以前にポニテの少女はこの声の主に聞き覚えがあるみたいだ。
(これ、佐山康一の声か?おかしい白雪綾女と会う約束をしているなら、普通は待ち合わせ場所にいるんじゃないのか?)
飛躍した推理に自問自答し、頭を悩ませた。眼鏡を無くした影響か恥ずかしさで顔が赤くなっており。頭が回っていないようだった。
「ねえ、今の声って……」
「???」
どうやら、このお祭り騒ぎに慣れない白髪の少女は聞き逃したらしい。けれど考える事はポニテの少女の中でまとまったようだ。
このまま二人で佐山康一に会いに行くべきなのか。それとも避けるべきなのか。長らくの苦悩と葛藤の末、彼女は決断した。
「その、白雪綾女……さん。ちょっとここで待ってもらえないだろうか」
佐山康一に恩を売れるチャンスの可能性あり、一人で向かうのが吉と見た。……それは建前であり、本当はポニテの少女はその少年を放っては置けなかった理由があったからだ。
「それはいいけど……大丈夫なの?」
彼女の気持ちを代弁するのであれば、雲一つない蒼い空のような透き通った解放感。しがらみから切り離された、あまりにも清々しい気持ちで。
「僕は借りをキッチリ返す主義なんだ。それだけは何があろうと変わらない」
目に見えないものに怯え、臆した彼女はそこにはいなかった。こんな白髪の少女に負けたくない、その一心で。
一人で前に進んでいく。声のした場所を見落としの無いよう入念に調べる。
そして少女は佐山康一を目撃した。そこには……
(何やってんだ、こいつら)
彼、もとい彼らは一夏の思い出をエンジョイしているようにしか見えなかった。
おまけ
口が軽いわけではない
池田 「遅い!遅い!!遅い!!!康一来るのがおっそぉーーーい!!!!」
光山先輩 「康一君だけじゃなく白雪さんも来てないね。何か二人にトラブルでもあったんだろうか」
由良先輩 「おお、遂に二人でデートとはめでたいな。あれだけ私が口添えしてやったんだし当たり前か。あわよくば告白しろというのはあいつには少々酷かもしれないが、それ相応の結果を見せてもらわなければこちらの示しがつかんからな。やはりラブコメの引き伸ばしは悪だな、早めにくっついてイチャイチャするに限る。()」
瀬良 「あの由良先輩、もしかしなくても考え事が全て口に出ています」
由良先輩 「……すまん」
池田 「瀬良!!早く行くわよ!!あの浮気者をとっちめてやるのよー!!」