こんな生徒会の日常は嫌だ
遅れてすみません。
「失礼しましたー」
特に用事なければ立ち寄ることもない職員室。しかしながら職員室を行ったり来たりするのは、これで三度目だ。
あんな生徒会長に付き合ってられないが、しぶしぶ生徒会の仕事を黙々とこなしてしていた。
始めに頼まれたのは職員室に書類を持っていくこと、それを先生に確認してもらい不備もしくは不適切な内容でないかのチェックが入るみたいだ。
渡した書類は要望書みたいで、これを職員室にそのつど持っていく地味な仕事だ。
まとめて持っていけば楽だと思ったのだが、先生方も忙しく書類を一気に確認する暇もないらしいので職員室を何度も出入りする必要があるみたいだ。
背中に汗を流すくらいに、何度も何度も同じ道筋の廊下を往復してきた。ただ廊下を歩くのも暇なので手元にある紙をチラリと見る。
水道管の老朽化による赤サビの出た場所の一覧、業者への依頼の見積書、それによる学校全体の経費削減……
はぁ……つらい。見てるだけで頭痛くなってきた。ただでさえ世の中世知辛いことばかりなのに、こんな紙ばかりみてたら気が滅入ってしまう。
(というか、こんな重要そうな書類を本当に見てよかったのか)
こんな紙一枚でも他の生徒とかに知られることがあったら、書いてある内容次第だがトラブルに発展することもあるだろう。 最悪の場合、悪用されることもあるかもしれない
部外者同然の自分に生徒会の内部事情を簡単に知ることが出来たのは、あの二人にも何かしらの思惑があるのだろう。
それなりに信じられている。という考えがすぐに出てこない時点で、我ながら相当ひねくれてるなと乾いた笑いがこぼれそうになる。
(考えるだけ無駄だな。結局のところ、短い期間しかいないんだし)
あんなふざけた生徒会は未来永劫、話しかけることはないだろうしこれ以降関わる事もないだろう。思考を一旦区切り、生徒会のドアに手をかける。
何故か生徒会から聞こえてはならない、何かが軽く破裂するような音が聞こえたが気のせいだろう。深く気にせずドアを開けた。
「麻衣子ちゃん許して! これはちょっとした出来心なんです! 」
「これだけのお菓子をすべて学校の経費で払っていたのを許せるわけないでしょう」
そこには生徒会室のロッカーから大量の未開封の菓子袋が大量にあふれ出ていた。
そして生徒会長が現在進行形で、副会長に思いっきり尻をぶっ叩かれていた。
想定の範囲内から520%以上外れた、生徒会の在り方に頭がぐちゃぐちゃにかき回される。
もうやだ、お家帰えるぅ…
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「とりあえず職員室に持っていく書類はこれで最後なんですか?」
「はい、今ので終わったので次に簡単な雑務をお願いします。ここにある書類に目を通して印刷ミスやおかしなことが書かれていないか確認してください」
「ここまで来てあれですけど、部外者がこんな書類に目を通していいんですかね」
「普通ならそうかもしれませんが、会長があなたと白雪さんを生徒会の仮メンバーとして誘うとか言ってたので大丈夫かと」
なんてこと考えてやがるあの女……じゃなかった、会長は。聞いてしまったが最後、また悩みの種が増えていく一方で嫌になる。
「それにあなたは会長に気に入られていますから大丈夫でしょう。」
「ははは、そんなまさか」
会長に気に入られてるって嘘だろ……。俺まだ何もしてないし、なんか勝手に好感度が上がってきてるみたいで怖いんですけど。顔が引きつって気持ち悪い笑顔しか出来なくなったらどうしてくれる。
「なになに、私の話してる?」
怖いって言った直後に背後から来ないでほしいんですけど!
真面目に書類を見ることに集中していたため、背後から現れた会長に驚いてゾクッと体が身震いしてしまった。こんな流れになってしまったのは偶然だと思うが、さっき気になったことを聞いてみることにした。
「突然なんですけど、どうして生徒会の仕事を手伝ってもいいと思ったんですか?」
「えー、簡単だよ。人手が足りなかったから偶然出会った佐山くんに頼んだのだけど、ダメだった?」
「…………」
「それに佐山くんってさ、義理人情に厚いっていうかさ。優しいとこあるし、信用できるなーって思ったんだよね」
普通なら、他人からこんなにも褒められたことを喜んでよかったのかもしれない。
素直に喜べないのは会長は噓をついていると分かってしまったからだ。
会長はごく自然体で受け答えしていたように見える。だが、わずかな雰囲気のブレを、噓の感覚を見逃すはずがなかった。
「それなら会長目当てに来る生徒がわんさか集まって来るでしょうね。少なくとも、何か裏があるんじゃないんですか」
まずった、ちょっと強く言いすぎてしまった。というか最後の方は若干本音が見えてしまったかもしれない。
幸い会長は深く気にしてる素振りは見えない。副会長にいたっては黙々と事務作業に打ち込んでる。
そんな会長がハッと今思いついたような勢いで俺に耳の近くに口を近づけてきた。
「なんかチョロそうだから。頼み込んだら何でもいうこと聞いてくれそうなところ、わたし結構好きだよ」
「副会長、お疲れ様でした。お仕事の途中ですがお先に失礼します」
「ごめんなさい、噓です。これ以上麻衣子ちゃんにお尻を叩かれたら死んじゃうので帰らないでください」
本気で帰るつもりはなかったのだが、無意識のうちに会長を押しのけて立ち上がっていたみたいだ。ここまでくると本能レベルで避けたいと考えてしまったのかもしれない。
現在進行形で会長に掴まれている腕が、シャレにならないほどに痛くなってきた。普段なら女子に腕を引かれるのは嬉しいと思うだろう。だがその腕が握り潰されそうなら誰だって喜びはしない。
「噓を吐くのはやめてください。本当のことを言ってくれたら帰りませんから」
少しムキになってしまったが、疑ったこと自体は会長もそこまで気にしていない様子だった。そのはずだが、会長はダンマリしてしまい言葉に詰まったような状態だった。
「あの、何かありました?」
「佐山くん。これから私が何を言っても怒ったりしない?」
怖い、その質問は非常に怖い。なんでそんなに理由を言ってくれないのが、さっぱり分からない。チョロいより酷い理由があるのが酷いと思う。
「ケースバイケースと言いたいですけど、大抵のことなら許せると思います」
もう賽は投げられたんだ。会長のソワソワした感じから何やら嫌な予感がしているが、ここでうやむやになって聞くに聞けなくなる方がもっと嫌だ。
会長はなぜか申し訳なさそうにその理由を話し始めた。
「うーん、言葉にするのは難しいんだけど。簡単に言うなら、白雪さんが好きそうな人だからかな」
「そ、そんなわけないじゃないですか!!! 」
本当に動揺した俺は必死に否定することで頭がいっぱいだった。それは立派な大声だった。
その言葉を皮切りに誰もが言葉を失い、世界が凍てついたような静けさだった。
言い切ってから気が付いてしまった。俺はとんでもない失言をしてしまったのではないかと。その証拠に会長が満面の笑みでこちらを見ているではありませんか。
「もしかして~、佐山くんってさ~、白雪さんのことがさ~、好きだったりするの~。」
よほどの嬉しさで舞い上がっているのか、俺の近くで左右に行ったり来たりで非常にうっとうしい。ここで言い返しても白雪さんのこと嫌いなの?と言われたら反論の余地がない。
ここで息の根止まって死んでくれないかな、この会長。
「あ、会長相手に遠慮しなくていいですよむしろボロカスにしてやってください」
あまりのウザさに殺気立っていたのが表情に出てしまったのかもしれない。というか副会長はこんな騒がしい最中に関わらず、黙々と仕事をこなしている。
「ですが、会長の前でうっかり失言するとは。あと50年くらいその失言をこすられる覚悟はした方がいいですよ」
「ねぇねぇ麻衣子ちゃん。佐山くんってさ白雪さんのこと好きなんだって~」
使える言葉が少ない小学生のような同じ言葉の繰り返しを嫌というほど聞かされた。今まで耐え忍んできた怒りの感情が今にも暴発しそうだった。
というか今さっき爆発した。
「会長、背中に糸くずがついていたので見せてもらえませんか」
「しょうがないな~。白雪さんがだいだい大好きな佐山君の頼みだしね」
にやついた顔の浮かれた会長は、なんら疑うことなく後ろを向いた。
「今までありがとうございました」
「え、なになに。私の機嫌を取ろうとしてるの?」
俺はそのセリフを副会長に向けて言い切った。
会長はこれから何が始まるのか理解していないようだった。副会長は何かを察したのか、こちらに向けて首を縦に振ってくれた。
これでなんの心配をする必要がなくなった。俺は会長の背中めがけて思いっ切り手を振りかぶった。
今は夏、ほんの少しの偶然で会長の背中に蚊がいてもおかしくないだろう。
「あーーーー!!会長の背中に蚊がーーーーー!!」
「いったあぁあああああーーーーーー!!
俺はすぐに副会長にだけ謝って、生徒会を出ていきましたとさ。めでたしめでたし。
おまけ
日頃の恨み
藤堂会長「痛い……」
麻衣子副会長「会長、さすがにしつこかったですよ」
藤堂会長 「うう、冗談だったのに。麻衣子ちゃん、ちょっと背中さすってくれない?」
麻衣子副会長「あ、すみません。会長の背中へと手が滑りました」
藤堂会長 「いたああぁぁ!!」