おまけ回 とあるサッカー部員の二人組
おまけ回です。本編とはほぼ無関係となっております。
そこは茜色に照らされた学校のグラウンド。ほとんどの運動部員が帰宅している最中、そこに男が二人で大の字で転がっている。互いに満身創痍で肩で息をするほどに疲弊していた。
二人はサッカー部に所属しており、そのうちの一人がサッカー部のリーダー的存在であった。
「華麗にハットトリックでも決めて、女の子たちにチヤホヤされる完璧な計画だったんだけどなー」
「うるせえ負け犬、お前が足のケガ引きずってなりゃ勝ってたんだよ。オープンすけべ野郎」
こう見えても彼らはこの学校のサッカー部の有力選手であった。特にリーダー格の男は他のメンバーに対し的確な指示を出せるリーダータイプであり、特筆すべき点は素早い脚による敵陣への切り込みであった。
その実力から憤怒の大狼という二つ名をつけられほどだった。それ故に県大会までは敵なしと考えられていた。
だがそんな強さにも拘わらず、地区大会の決勝で奇しくも負けてしまった。
リーダー格の男はある理由で足に怪我を負っており、あげくその足の怪我を試合前に悪化させ期間内に完治できなかったためである。どれほど彼が強かろうと、ワンマンで勝てるほどサッカーというゲームは甘くはなかった。
「ああ、叶うなら可愛いくて綺麗な女の子と付き合いたかったなぁ」
サッカーの熟練者とは思えないくらいの冗談めいた言葉。思うところがあったのか隣の親友らしい男は恨めしそうに彼を見た。
「お前、女子と付き合ってたろ。誰かわかんないけど」
「とっくの前に振られたよバカ野郎」
今までの毒気が抜けるような質問に、あまりにも力のない返事。二人以外誰もいないグラウンドは静寂さに包まれた。するとは盛大にリーダー格の男はため息をつく。
「勝手に付き合わされて、勝手に二股かけられるわ、ほんっっと、散々だよ」
突然のカミングアウトに微妙にリアクションに困る親友らしい男。それに対し怒りで我を忘れていそうなくらいな苛立ちを隠せず、男はこれでもかというほど足を地面にたたきつける。
「……悪いな、当たっちまって」
「俺を巻き添えにして八つ当たりすんなら、勝手に一人で愚痴ってろ」
圧がある口調のはずなのに、親友らしい男の言葉から覇気が全く感じられなかった。
「うるっせえな、ちょっとくらい付き合え。そんなんだからモテねえんだよ」
「俺は理想がちょっと高いだけで、サッカーやめれば絶対モテてるわバカ」
止まることのない罵倒の応酬。だがその口喧嘩とは裏腹に、二人はどことなく笑っているような気がした。親友らしい男はタイミングを見計らっていたのか、そそくさと切り出した。
「なんであの時、走ったんだよ」
余程都合の悪いことを聞かれてたのか、バツの悪そうな顔をした。
リーダー格の男は試合の数日前、突然現れたお面を付けた不審者と何故か足の速さを競うことになる。その結果あと一歩のところで負け、足にかなりの負担をかけたため怪我が悪化してしまったのだ。
肩を少し浮かせ、すっと息を吐いた男はようやく口を開いた。
「……それだけ、それだけ好きだったんだよ。女子の裸体がよ」
「こんなときに冗談かますな。シバキ回すぞ、この脳内ピンク色のド変態野郎が」
「やかましいわ、噓は言ってねえだろうが」
先ほどとは空気が一変し、世界がどんよりと鈍くなったような気がした。リーダー格の男がそれだけ真剣に考え悩んだ結果かもしれない。
それらしい言葉を見つけるまで約一分。リーダー格の男は言葉よりも先に暇そうにしていた手を宙を切らせるよう、ぐっと伸ばした。
「負けるのが嫌だったんだよ」
「はぁ!?」
「お前には分かんねえだろうがな。あの……ゆきねこ仮面だったか、あいつ身体つきがスポーツやってないって分かったから簡単に勝てると思ってたんだよ」
よほど負けたことが応えていたのか、男の顔は悔しさでにじんでいた。多少見くびっていたとはいえ、絶対に勝てると判断した勝負に負けた屈辱は尋常ではないだろう。
「なのにさー、負けるか普通。カッコ良く『俺の夢は……終わらねぇ!!』とか言ったのに。俺が勝つ流れだったはずなのにさぁ。」
「…………」
「あの時にさ、俺の大切なもんが無くなっちまった。だからこれからも、負けるべくして負けていくんだよ」
それは珍しくこぼした男の本音だった。今にも消え入りそうな声は余裕のなさの現れなのかもしれない。もし言葉を間違えれば男の選手生命を木端微塵に砕け散るだろう。
なのに親友らしい男に迷いは見られなかった。絶対に間違えない、そんな気持ちの現れだったかもしれない。間髪入れずにリーダー格の男に言い放った。
「うるっせえな、そんなんだからモテねえんだよ」
「おま、おまあああぁああぁああああああああ!!! まぁぁあああぁああああ!!!」
「うるせえ!」
唯一の友人からのあまりにも殺傷力が高い呪詛返し。あまりの屈辱感に悶絶した男は、ゴロゴロと地面を転がり悶え苦しんでいた。口喧嘩にさえ負けた男の姿はあまりにも小さく見えた。
よほど堪えたのか、陸で死にかけている魚のようにヒクヒクと痙攣していた。
タイミングが良いのか悪いのか、風にまみれた一枚の紙がひらりひらりと二人の視界に迷い込んできた。やがてその紙はリーダー格の男の顔を包み込んだ。
「ああ!なんだよ人がシリアスな雰囲気出してんのに!」
怒りの矛先は一枚の紙に向けられた。両手で掴まれた紙は無情にも引き裂かれるかと思われたが、そうはならなかった。
「ふーん、花火大会……ねえ」
リーダー格の男は思い浮かべた。あれ、もしかしてしなくても出会いのチャンスだし、あわよくば彼女とかできちゃうんじゃね。というくだらない妄想。
「よし決めた。ガス抜きのために。花火大会に行ってくるわ!」
「お、おう……」
流石に親友らしい男も、あまりの態度の変わりようにドン引きしていた。この男、数秒前の出来事すら忘れているんじゃないかと疑うくらいの単純さだった。
「じゃ、今からガス抜きのために屁をこくわ」
「誰がメタンガス抜けっつたよ。そんなんだからモテないんだよ」
リーダー格の男は調子を取り戻しつつあるのか、へらへらしながらも軽口を叩いた。勝負の世界は諸行無常だ。これからも彼は何度も挫折を味わうことになるだろう。
けれど、呆れるほど単純だからこそ諦めずに前を向いていけるのかもしれない。暑苦しい男二人はずっと笑っていた。
しかし、何気なしにリーダー格の男がお腹に力を入れた時、悲劇は起こった。
「ちょっと屁を出そうと思ったらほんとにやばいのが…」
「お前まじでふざけんなよ!!」
カッコ良く終わりかけていた雰囲気が一瞬で台無しになったのであった。




