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平和なバスの中で

次はちょっと遅くなりそうです。

 

  昨日から一日が過ぎ、野外実習は今日で終わるため今は送迎のバスが止まっている場所へ移動している最中だ。晴天とまではいかないが陽の光が生暖かく、普段より眠れなかった俺にはあまりにも辛い。


  『うん、ありがとう康一くん、大好きだよ』


  昨日白雪さんに言われたことが、いまだに気になって頭から離れようとしない。頭全体が麻痺しそうだった。


  本当は聞けなかった。どういう意味で好きだと伝えたかったのか、そんな勇気があるわけがない。


  ――――――――でも、もし俺の思い上がりじゃなかったら


  「ちょっと康一。聞いてるの」


  俺の頬を細い指を押し付けてくる池田と、それを微笑ましく見守る瀬良。目の前には送迎用のバスがあり、考えながら歩いていた内に到着していたみたいだ。俺はその指を軽く払って、軽いため息をついた。


  「聞いてる、聞いてるって。昨日全然眠れなかったから少しは見逃してくれ」


  「さっきから、ずっと私のことだけ無視しようとしてない」


  「してない、してない。ほら先に行けって」


  適当に追い払おうとしたのが不服なのか、池田は結構機嫌が悪そうに見えた。考えるのに集中していたせいか、周りの音が聞こえなくなっていた。さっきから全然気持ちの切り替えが全く出来ていない。


  目の周辺を押さえながら、俺はバスに乗り込もうした。


  「あれ、白雪さんを待たなくてもいいのかい」


  「別にいつもいつも、一緒にいるってわけじゃないだろ」


  「もしかして、へたれなのかい」


  「うっさい、黙れ」


  送迎用のバスに行くまでの道まで一緒になってもよかったのだが、珍しく藤堂会長とその付き添いの麻衣子さんが白雪さんに話しかけていたし別にいいかなって思ってしまった。


  疑いの眼差しを向ける瀬良。心苦しくなるのは、へたれであることを否定できないせいかもしれない。それを感づかれないためにとっととバスに乗り、適当な座席に向かい席の奥側に座る。


  「やっべ、眠くなってきた」


  バス特有のちょっと固くて柔らかい布状のイス。その椅子のせいではないと思いたいが、着席と同時に睡魔が襲いかかってくる。


  うとうととしてしまい、目もほとんど開かなくなり迫り来る睡魔に負けてしまいそうだ


  ぼやけた視界から何人かの人影がよぎる。 その後に続いた一つの人影が俺の隣に座った。その人影はどうやら俺に話しかけているみたいだが、ハッキリとしない意識の片隅に追いやられ理解することが出来ない。


  反応しようにも腕すら動かす余裕もなく、俺は意識を手放してしまった。



 ――――――――――――――

 


  「う、今は・・・・どこにいるんだ」


  目覚めのコールはバスの扉が閉まる音。目を擦り脳を活性化させようと軽く体を伸ばす。寝起きのせいか体もダルいし思考がハッキリとしない。そんな中ゆっくりとバスが動き出したことが理解できる。

 

  どうやらあれから数分ほどしか眠っていなかったみたいだ。寝たりないと感じたのか、無意識的にあくびをしてしまう。

 

  「おい瀬良、寝てたとき変なこと言ってなかった・・・・」


  おそらく隣に座っているだろう瀬良に声をかけるが返事はない。 違和感を感じ横目で確認してみると、そこに瀬良はおらず代わりに池田がいた。


  「お、お前、なんでこっちにいるんだよ」


  寝てる間に一体何があったんだ、と疑問を浮上するが池田は何も答えない。聞こえるのは、何度も繰り返されるゆっくりとした浅い呼吸の音。


  そこで俺は察してしまった、やつは狸寝入りしているのだと。


  そういえば瀬良は・・・・ 。 その考えが頭によぎった時、全ての点と点が線となって綺麗に繋がった。


  (あの野郎、池田を手引きしたあげく余計なこと吹き込みやがったな!! )


  目に浮かぶのは瀬良の畜生な笑顔。 今頃さぞ嘲笑っていることだろう。


  どうせ池田のことだ、いつも通り俺をハメようとしているんだな。もし俺が心配して肩を揺すれば、ボディタッチしてくるってことは私に気があるのね、とかムカつく冗談言われるのは目に見えている。


  しかし、バスががくりと揺れて池田が何の躊躇いもなく寄りかかってきた。よく見ると池田はシートベルトをしていない。


  本当に何も考えていなさそうな寝顔だった。謀略も策略も微塵も感じさせず、ただ人の欲求に従っているだけに見える。


  疑った自分が馬鹿馬鹿しくなる。そうだとしても体の感触が気になって頭を抱えたくなる状態だ。他意は無いのだと分かっていても体が密着してしまっているのは、かなり居心地が悪い。


  気まずくなって俺は起こさないように、そっと池田を俺に寄りかかってこないようにと反対側に押し戻す。


  しかしその時不思議なことが起こったのか、再び俺の所へ戻ってくる。


  今度は胸が右腕に当たっており、池田の体の態勢が俺に体重を預けた状態になっていた。もう一度さっきと同じように押し戻そうとするが、俺は戸惑ってしまう。


  (こいつ、ほんとに寝てんのか)


  わざと完璧な狸寝入りなふりをしているのか、それとも真剣に寝ているか。これがもし池田の本当の狙いだったなら、面倒にもほどがあった。


  もし何回も押し戻したとすると起きたとする。


  『何回も私に触ってくるなんて、もう康一ったらスケベなんだから』


  それを嫌って俺が何もせずに自然に起きてきたとする。


  『康一って、私の胸、大好きなんだね』


  今すぐにエチケット袋を開いて全てを嘔吐したい。口から砂糖ぶちこまれそうで、ちょっと吐きそうになる。

 

  その間にも現在進行形で、女性特有の胸が先程よりも俺の右腕に思いっきり当たっている。こんなに頭を抱える面倒ごとは勘弁してほしい。


  そうだスマホがあるじゃないか。現代における最高峰の技術の結晶である文明機器にどうして今の今まで頼らなかったんだ。自分を責めても仕方がない、俺はスマホのスリープを解除し、簡易なロックを開いてから電話帳を開いた。


  現在メールアドレスを登録してるのは、両親と、瀬良と池田と由良先輩だった。


  (あああぁあああぁあ!! )


  詰んだ。夢も希望も一切ありはしない。頼めるのは瀬良だけって、あいつが元凶みたいものだしもう終わったも同然じゃないか。


  吐息が聞こえる。それは艶のある寝声。


  嫌だ、絶対に諦めたくない。こいつを女として、カウントするわけにはいかない。瀬良だって本物の畜生とまではいかないんだ。人が相手なら、まだなんとかなる可能性はある。


  意を決して、俺は瀬良にメッセージを送ることにした。内容はシンプル・イズ・ベスト、下手に長文を送るよりも効果はあるはずだ

 

  “あのー瀬良さん、席を変わっていただけないでしょうか”


  唯一の希望を託し瀬良へメッセージを送った。その後すぐにスマホが振動し、メールが帰ってきたことを確認し、おそるおそる内容を見た。




  “がんばれ、がんばれ( ̄ー ̄)”


  (ざっけんなぁあ!! )


  うっざ、特に顔文字がめっちゃうざい。あの鬼畜生は人の不幸をなんだと思ってやがる。


  激しい衝動を原動力に変えて、俺は憤怒に近い怒りを抗議のメールへと変換させる。 呪い、憎しみ、言葉にすらならなかった怪文書を瀬良のスマホに送りつけてやろうと画面を押そうとした。

 

  だが、本能が危険を感じ画面を押す手を止める。瀬良と池田が席を変わった。なら今の瀬良の隣はいったい誰がいるのかと。


  それは間違いなく白雪さんだ。もし瀬良が遊び半分で俺が負の感情の全てを詰め込んだ怪文書を、白雪さんにを見せたらどうなるのか。


  『康一くん、さいてい』


  折れる。完全に俺の心がへし折れる。俺は怪文書を全て消去し、訂正文を書き上げた。



  “実は今池田が寝てるんだよ。その、あいつも一応は女の子なんだしずっと寝てる姿は見られたくないと思うんだ。だからさ、変わってくれないか”


  俺の中にかすかながら残っていた瀬良に対する紳士的な気持ちを捻りだし、その気持ちをメッセージへと変えて送信する。


 


  “良かったじゃないか、池田さんが弱味を見せてるってことは脈ありじゃないかな。いっそのことキスしたらどうだい、キース、キース(。-∀-)”


  (がぁああぁああ!! )


  しかし現実は非情である。このやり場のない怒りを、今すぐ床にスマホを叩きつけて解消したい。そんなやりとりの最中でも、思いっきり体を密着させ、暖かな体を寄せてくる。



  (よし、寝たふりを俺もしよう。確実に致命傷になるがハートを抉られような屈辱よりずっといい)


  もう反抗する気力もなくし、なるようになれとしか思えなくなるくらい脳死している。諦めかけたその時、鋭い音がしたと同時にバスの速度が急激に落とされた。


  シートベルトをしていた俺はそこそこの衝撃ですんだが、対する池田はシートベルトをしていなかったため、前方のイスに激突した。


  幸い、飲み物を一時的に置いたりする金具の部分には当たらなかったが、池田は声にもならない様子で今もなお痛みに悶えている。


  「いったぁーい。ううっ、どうして私がこんな目にあうのよ。ただ私は康一に寄り添いたいだけなのに」


  「・・・・これに懲りたら、シートベルトくらいちゃんとしとけよな」


  昨日の分で顔をつねってやりたいけど、もうそんな気は失せ下手に騒がれなくて良かったと安堵した。そんなときスマホが振動し俺は届いたメールを確認した。


  心のブレーキ外したって、誰も君を責めないさ(^^)


  「あほくさ」


  もうツッコむ気力も湧かず、乾いた笑いしか出てなかった。


  その後何事もなくバスは流氷高校に無事到着し、これからしばらくの間、一人でいる時間を作ろうと心に誓ったのだった。

 



 








 

おまけ

小さな戦争


“野外実習の2日前、生徒会室”


藤堂会長「いくら麻衣子ちゃんでも、それは譲れないよ」


麻衣子「いいえ、私の推した作品を優先すべきです」




藤堂会長「なんでよー。帰りのバスで見るアニメはのスポンジ○ブでしかありえないよ」


麻衣子 「そんなマイナーな作品よりも、○ムとジェリーの方が皆に好まれるはずです」



藤堂会長 「白雪さん、私の方が面白いよね」

麻衣子 「白雪さん、こちらの方が面白いですよ」




白雪さん「私、トイス○ーリーの方が好きかな」


結局、野外実習最終日まで議論が続いたという。



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