だから俺は大嫌いだった
雪女物が流行るまで止まるんじゃねえぞ・・・・(自己暗示)
今見えるのは青い空と、それを隠そうとする木々の枝や葉っぱ。仰向けに倒れている俺は意識をはっきりとさせる。
「し、死ぬかと思った。転がり落ちたときは死を覚悟したわ」
急斜面をどこまで滑り落ちたのか定かではないが、取り敢えずまだ生きている。不幸中の幸いだが、怪我はなく所々体が痛いだけでほぼ無傷。着ていた長袖の体操服が、擦り傷とかを防いでくれたみたいだ。
当たりを見渡すと赤碕も倒れていた。って冷静に分析してる場合じゃない早く赤碕の様子を確認しないと。
「お、おい大丈夫か」
良かった、特に外傷は見当たらないみたいだ。俺は赤碕の肩を軽く揺さぶってみる。
「う、うぅ」
まだ生きている、その事実に安堵した。だが何かが足りない、決定的な何かが。
「って、お前誰だよ」
瓶底眼鏡をかけていない謎の人物Xは年相応の可愛い女の子だった。それも白雪さんと尺だが池田にも負けないくらいの。
「し、失礼だな人の名前を忘れるなんて、僕の名前は赤碕小松。そういえば、ここはどこだ」
どうやら謎の人物Xは赤碕だった。瓶底眼鏡に隠された瞳は可愛さを誤魔化すための道具でしかなかったのだ。
「どこって言われればキャンプ場の敷地内のはずだけど、というかお前眼鏡外したらそんな顔なんだな」
「えっ? あれ、なんで!? どうして私の眼鏡がないの!?」
ようやくその事実に気づいた赤碕は、錯乱しながら地面に落ちているかもしれない瓶底眼鏡を探していた。
たぶん転がり落ちたときに、どこかで外れてしまったんだろう。瓶底眼鏡をしているくらいだし、よほど素顔を見られたくなかったんだな。
「いいんじゃないか、瓶底眼鏡の一つや二つ。取り敢えずみんなと合流したいから上に戻るぞ」
しゃがみながら眼鏡を探す元気はあるんだし、怪我とはしてないし大丈夫だろう。落ちた場所は分からないが上を目指せば、誰かしらと出会うかもだし、知っている道に出るかもしれない。
そう考えていると赤碕は何も反応もしなくなった。眼鏡を探す音が全く聞こえなくなったのだ。
様子を伺うと赤碕がすすり泣き始めていた。
「うええぇぇ、ないよぉ、ないよおぉぉ」
さらに目を赤くして、泣き叫んでいる。
「おい泣くなって、眼鏡を無くしただけだろう。あーもう調子狂うな」
大事な物と前に言っていたが、まさかここまで泣くとか考えもしなかった。声をかけても気休めにもなりはしないし。
「分かった、分かったよ。眼鏡なら探すからもう泣き止めって」
「ほんとう? 」
見る人が見ればぶりっ子とか、あざとくも見えるが相当取り乱しているし、たぶん素だろう。
あんまり気乗りしないけど、こいつを引っ張って連れていくのは最後の手段にしよう。
俺はどこに落ちているかも分からない瓶底眼鏡を、地道に探すことにした。
――――――――――
あれから時間が過ぎて、もう夕方に差し掛かろうとしていた。転がり落ちた所を重点的に探しているが、いまだに眼鏡は見つかってはいない。
「あの瓶底眼鏡、そんなに大事な物なのか」
赤碕のすすり泣く声は聞こえても、何も返事はしない。
「俺には関係ないことだから、言えないなら言わなくてもいいけどな」
俺は瓶底眼鏡が落ちていないか、じっくりと確認する。地面が見えないほど枯れ葉が敷き詰められていて、眼鏡が落ちていないか探すのに一苦労だ。
最悪、暗くなってきたら強引にでも上に上がるべきだろうな。暗闇の中で瓶底眼鏡を探す自信は俺にはない。
「あの眼鏡、しょ・・・・池田さんにもらったんだ」
俺が瓶底眼鏡を探している最中、赤碕はボソボソと静かに呟いた。話し方から泣きじゃくってはいないみたいだけど、赤碕らしくない、しおらしい話し方には慣れないでいる
「池田から貰ったのか、接点とかなさそうだけどあいつと友達なのか」
興味本意からか、なんとなく質問をしてしまう。
「それは分からないけど、私は元々陸上部に所属してたんだ。訳あって辞めちゃったんだけど」
なるほど、だから新聞部で池田の姿を一目見ただけで、あんなにも反応していたのか。
「陸上部なんで辞めたんだ。池田と喧嘩でもしたのか」
あいつ、わりと喧嘩っ早いところあるから人には好かれにくいんだよな。俺に対する態度を他の人に向ければ、少しはましになるのに。
そういうわけではないのか、赤碕はそうじゃない、と言って否定した。
「私、足が遅くてあまり陸上に向いてなかったんだ。私になりに毎日頑張って、ずっと走り込んでたんだけど一向にタイムが縮まなかった」
俺は黙々と瓶底眼鏡を探す。中腰でずっと探していたため、腰が痛んできた。半ば諦めが頭によぎっていて探す気も失せそうだ。
「他の陸上部の子と違って気が強い方じゃないから、次第に馬鹿にされるようになってしまったの。それで辞めようかなって落ち込んでたら池田さんに事情を聞かれたんだ」
「辞めようかなって正直に話したら『 なんでそんなこと一々気にするのよ。あなたはあなたなりに頑張ればいいじゃない 』ってなんの迷いもなく言ってくれた。そんな言葉が私にはとても嬉しかった。まるで私にも友達が出来たみたいで」
半信半疑で聞いているが、アドバイスが随分と池田らしいなと思ってしまった。嘘をついていないよう聞こえたが、だがそれだと尚更分からないところがあった。
「じゃあなんで辞めてしまったんだ。池田が力になってくれたんじゃないのか」
俺は瓶底眼鏡を一旦止めて赤碕の顔を真正面から見てみると、赤碕はまだ目を赤くしていて涙目のままだった。
「少しトラブルがあっただけだから。もういいの、過ぎたことだし、全部私が悪いのだから」
あまりにも投げやりな言葉に、俺は無性に苛立ちを覚えた。
俺はあいつが大嫌いだった。
誰かを陥れたり、傷つけるようなやつは憎むべき対象だった。
あの時は結果オーライでなんとか丸く収まったが、白雪さんを傷つけようとしたのは今でも許せないでいる。
だがあいつは悲痛な表情をしている。俺が何よりも見たくない無理矢理感情を押し殺す様子で。
やり場のない怒りが込み上げてくる。あいつも何かで傷ついているなんて知りたくもなかったし、見て見ぬふりをすればいいのに。
「ごめん、無理に付き合わせて。後は私一人で探すから先に戻ってて、こういうのには慣れてるから」
その時、プツンと俺の中の何か弾けとんだ。
「ああ、もう!! 違うだろ!! ・・・・上手いこと言えないけどさ」
ろれつは辛うじて回っているが、頭が真っ白で脊髄だけで話をしているような状態だった。
「全部、全部、自分のせいにしてさ!! 悪いのは全部お前をちゃんと見ようとしていないやつだろ!! だから別にお前は何も悪くないじゃん!! 」
呼吸を忘れるくらいに、感情のすべてをぶちまけた。いままでの疲れが溜まっているのもあって、かなり息苦しい。
赤碕はただ黙っている。でも悲しそうな表情をしているのだけは理解できた。
「こうなりゃ意地でも見つけてやる」
俺は決死の覚悟で、この広大な落ち葉の集まりに落ちている瓶底眼鏡を再び探し始めた。
―――――――――――――
「よっしゃ・・・・見つけたぞ・・・・」
もう日が沈みかけていて、見つけられないと思っていたが、なんとか見つけることが出来た。
体は重苦しく、すでに満身創痍だ。
「ほらよ、これ大事な物なんだろ」
ふらふらになりそうなるがグッと堪え、なんとか赤碕に手渡した。赤碕は涙目になっている目を擦って瓶底眼鏡を受け取った。
「あ、ありがとう」
こんなにしおらしい態度なら、ずっと瓶底眼鏡を外せば他の男子にも好かれそうなのにな。まあこんなこと死んでも口には出せないけど。
そして赤碕はおそるおそる、瓶底眼鏡をかけた。
「うん、これだ。やはり僕はこうでないと落ち着かないな」
当然だが瓶底眼鏡をかけた途端、先程までの可愛らしいさは微塵も感じられなくなっていた。
それに、なんで瓶底眼鏡をかけたらこうも性格が変わるのかは定かではない。けど、なんか落ち着くんだよな。でも少しムカついたので、軽く頭にチョップをしておいた。
「痛っ、突然何をするんだ。僕はまだ何もしてないじゃないか」
「うるさい、早く戻るぞ。みんな心配してるだろうしさ」
俺はすぐにみんなと合流するため、上に上がるために前を向いて歩き始めた。ほんの少しだけ様子が気になったので後ろを振り返ってみる。
「うんっ」
俺は赤碕の笑顔を見て、すぐに真正面を向いた。変に誤解されると面倒だからな。これはさっきまで真剣に探してたから体温が上がったから熱いだけだ。
別に素顔が分かったせいじゃないと、そう自分に言い聞かせた。
おまけ
前フリかと思って・・・・
康一「なんでわざわざ瓶底眼鏡をしてるんだ。視力的には別に問題ないんだろ」
赤碕「それはそうだけど、これがなくては僕の存在意義は無くなってしまうのだよ」
康一「具体的には? 」
赤碕 「恥ずかしくて死んじゃいそうになるから、絶対に外さないでね、絶対に」
康一「よいしょっ」
眼鏡を取ったらその場でしゃがんで、すすり泣いてしまったので康一は真剣に謝った。