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先輩の本心

 

  あれから日が進み、野外実習の日まであと二日といったところだった。


  昨日は色々とトラブルがあって疲れたから、今日は歓談部を休むつもりだ。一応、白雪さんにも声をかけておこう。


  「白雪さんは今日は歓談部に行くんですか」


  「ごめんなさい、康一くん。ちょっと私用事があって部活に行けなくなっちゃった」


  「別にいいですけど、もしかして家の用事とかですか」


  「そういった訳じゃないんだけど、ごめんね」


  白雪さんは軽く頭を下げて、忙しそうに教室を後にしていった。別に昨日の発言を気にしているわけではなさそうだし、何かあったのかなと心配してしまう。


  「おやおや、不幸にも白雪さんにふられてしまったのかな」


  「どっちにしろ、俺も歓談部を休むつもりだったし問題ないよ」


  もう今日は瀬良の発言にツッコミはいれない。それほど俺は精神的に疲れているのだ。


  「つれないな、モテる男は包容力が肝心だと思うけどね」


  「男にモテる主義は無いんで、遠慮なく帰らせていただきますよ」


  帰る準備が終わった俺は、瀬良に背を向けて軽くを手を上げる。瀬良もその意味が分かっていたのか、からかうことはなかった。


  「じゃあ、また明日」


  そんな当たり前のはずの言葉を聞いて、俺は教室を後にした。



 ――――――――――


 

  (なんか、久々に一人の時間が作れた気がするな)


  白雪さんが転校してきて以来、前よりも誰かと関わる事が多くなった。昔は知らない人と関わることを嫌っていたのに。これが良いことなのか悪いことなのか俺自身にすら分からずにいた。


  下駄箱前に着いたとき、学年が同じくらいの二人組の男子が話している。動きやすい服装だったのでおそらく運動部に所属しているのだろう。


  「なあ、聞いてくれよ。陸上部にすげえ可愛い子がいたんだけどさ。最近すっかり姿を見せなくなったのよ」


  「おいおい、真面目に練習しろって。なんで他の女の子見る余裕があるんだよ」


  「可愛い女の子が懸命に走っているんだぜ、視線がそこに向かうのは当然だろう。しかもその子は他の子よりも足は遅いけど誰よりも練習に頑張ろうと必死だったんだ、可愛いに決まってんだろ!!」


  「お、おう・・・・」


  「ああ、なんで居なくなってしまったんだ。あの健気で可愛い姿を拝むのが俺の生きがいだったっていうのによ・・・・」


  その人は肩を落として、かなりショックを受けているようだった。その子が誰かは知らないが、その正体が池田でなければいいのになと思ってしまった。


  あいつわりと人の視線に敏感だから、見られていたのを気にして練習場所を変えたのかもしれない。


  ショックを受けたその人をもう一人がなだめるようにして、外へと出て運動場へと向かっていった。


  あんなに情熱を持てるのが羨ましいなと思いつつも、俺は下駄箱に靴を入れて運動靴へと履き替える。


  「康一君じゃないか、今帰るところかい」


  声をかけられ振り向くと、そこには元新聞部の部長の・・・・光山先輩がそこにいた。


  「光山先輩、昨日はお世話になりました。ところで新聞部の方は大丈夫なんですか」


  「まあ、なんとか大丈夫だよ。部員達も昨日の一件で、人任せにしないで意見を出しあえるようになったから、もう昨日のようなことは起きないと思うよ」


  “思う”が少し不安なところがあるけど、こっちもあの記事に関してはある意味事実なところもあったので強くは言い出せない。


  「康一君、もし時間があるなら少し付き合ってくれないかな」


  本当は自然公園に行きたいが、光山先輩には恩があるし断る理由も見つからないので付き合うことにした。


  「ありがとう。コーヒーが美味しい店を知っているから、そこで話そうか」

 

  何の疑いもなく、俺は光山先輩に着いて行った。



 ―――――――――


  光山先輩が連れてきたのは、レディスノウという名前の喫茶店だ。


  中に入り、辺りを見渡す。そこはずいぶんと年季が入った店だった。アンティーク調に整えられた壁紙や家具。歩くたびにギシギシと鳴り響くフローリングの音を聞くたびに心が落ち着いていく。


  「いらっしゃい」


  低くハッキリとした声の主は、この店のマスターだった。半袖姿にエプロンをしていて、体全体の筋肉が膨れ上がっておりプロレスラーみたいな体格をしている。


  光山先輩はよほど人に聞かれたくない話なのか、一番奥のテーブル席に案内された。


  光山先輩と向かい合うように座りマスターが注文を聞きに来てくれたので、先輩はブラックコーヒー、俺はブレンドコーヒーを頼んだ。


  マスターが後ろのカウンターへと戻っていくと、光山先輩は話を切り出し始める。

 

  「実は赤碕さんのことなんだけど、出来ればでいいから、恨まないでほしいんだ」



  俺はその言葉をすぐに返答出来ずにいた。正直に言うとあの赤碕小松という人物は嫌いだ。何の罪の無い白雪さんを標的にして晒し上げるような記事を書いたのだから、心の中では許せない気持ちが煮えたぎっている。


  二人の間に沈黙が流れる。その間、歌詞がないBGMが鳴り響き、マスターがコーヒーを淹れるために手動で豆を挽いているのか、独特な音が聞こえてくる。


  「・・・・本当の事を言うと、もし赤碕さんが来なかったら新聞部は廃部になっていたんだ」


  そう申し訳なさそうに、その言葉を口にした。


  「少し前までは僕が部長をしていたんだけど、僕の不甲斐ないばかりに部員をまとめる事が出来なかったんだ。部室に来た部員達はみんなやる気がなくて、適当な記事ばかり書いていたんだ。たぶん内申書目的で入ってきた部員が大半だと思う」


  自らの弱さを語る先輩に対し、かける言葉が見つからない。ただひたすらに黙っていることしか出来なかった。


  「そんなツケが回ってきたんだろうね。先月に生徒会から廃部を求められたんだ。次に生徒会が納得させるほどの新聞を出さなければ廃部にするってね」


  生徒会か。確か規律は絶対順守で相当ウザいとクラス回りで聞いたことがあったけど、ここまで踏み込んで言ってくるのか。


  「僕も必死に部員をまとめようとしたんだけど、今さら僕の指示に従ってくれる部員は誰一人として居なかった。そんな半ば諦めていたとき、赤碕さんが途中入部をしてきたんだ」


  話の途中でマスターがコーヒーを二つ置くが、かなり手慣れているのかコーヒーを置いたときの音が最小限に抑えられている。


  「赤碕さんは口がよく回って、仕事を任せるのが上手かったんだ。やる気のない部員でも簡単に言いくるめて雑用に使わせたりと、部長の僕が要らないと思うほどに」


  光山先輩は気持ちを落ち着かせるためか、出されてばかりのコーヒーに口をつける。さっき話した時の光山先輩は、かなり辛そうに見えた。


  「なんとか新聞部は廃部を逃れたけど、僕や他の部員達は赤碕さんに任せてばかりで自分達は何もしてこなかった。だからこそ、今回の赤碕さんの暴走は僕に責任があるんだ。責めるなら僕一人を責めてほしい、どんな暴言も受け入れるつもりだよ」


  俺はコーヒーに手をつけず光山先輩の話を聞いていた。別に先輩を責めたい気持ちは一切ないが、どうしても引っ掛かることがあった。


  「光山先輩、どうしてそこまでして赤碕小松を庇うんですか」


  もしかしたらあの瓶底メガネ女に脅されて言わされている可能性もあったが、それは違うような気がした。


  「赤碕さんは決して悪い人ではないんと思うんだ。あそこまで暴走してまで頑張ろうとしたのは、何か理由があったんじゃないかなって」


  昨日の挙動不審さは一切なく、真っ直ぐな曇りのない目だった。


  少し先輩の人の良さに呆れそうになったけど、この人なら言うことなら信じてもいいんじゃないかと感じてしまった。あの瓶底メガネ女は憎いが、憎い気持ちを引きずったところでどうしようもない。


  「光山先輩、上手く言葉に出来ないですけど凄いですね。なんか初めてそんな人に出会ったような気がします」


  しっかりと自らのダメな所を認め、責務を果たそうとする先輩がとても素晴らしく思う。


  「いいや康一君の方が凄いじゃないか、転校した来たばかりの白雪さんのために、一人で新聞部に乗り込むのは本当に勇気が無ければ出来ないことだと思うよ。もしかして本当に付き合ってたりとかは・・・・」


  「あーその、違うんですよ。偶然、手を掴んだっていうのか、いやそれ自体も白雪さんに迷惑かけちゃうし、好き嫌い以前に付き合うとか考えてないっていうか」


  相当パニックになってしまい言ってる事が滅茶苦茶で、それを見た光山先輩は苦笑していた。


  「康一君、冷める前にコーヒーを飲もうか。ここのマスターが出してくれるコーヒーは美味しいから、きっと落ち着くと思うよ」

 

  出されたコーヒーを前にして、光山先輩の渾身のフォローが見に染みたのだった。



 


 


おまけ

残された歓談部二名

由良先輩 「おい瀬良、康一と白雪さんはどうした」


瀬良 「今日は休むんじゃないかな。二人とも用事がありそうだし」


由良先輩 「またお前と二人きりか、いい加減飽きそうなんだが」


瀬良 「まあ、そう言わないでくださいよ。先輩のジェンガに付き合いますから」


由良先輩 「お前とはもう二度とやらん。徹底的に負かしにかかるだろう。私に相当な恨みが無ければ出来ない芸当だ」


瀬良 「別に恨んでる訳じゃないんだけど、悩ましい話だね本当に」


彼の本心は誰にも分からない














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