決してデートではない、決して
学校から歩いていて約二十分程度、白雪さんと一緒にダイマー前へと来ていた。
この店は全国に支店がある、わりと有名な百貨店だ。名前の由来はダイレクトマーケティングを略してダイマーと名付けられたらしい。
そんなユニークな名前が功を奏したのか、夕方近くにも関わらず客足は多く繁盛している。しかし、人が多いせいで大勢の視線は、物珍しい白髪をしている白雪さんに集められていた。
そんな視線に耐えかねたのか白雪さんは、気を詰めているように見えた。
「白雪さん、大丈夫ですか? 」
「ううん、平気。ただ、こういったお店に来るの初めてで少し緊張してただけ」
俺は立ち止まって白雪さんに声をかけた。
気丈に振る舞っているが、なぜか息苦しそうに見えてしまう。こういう時、どういう風に接すればいいのか瀬良に聞いておけば良かったな。
「とりあえず、ウェットティッシュと耳栓以外にも買うものとかありますか? 」
女性用品の売り場には行きたくないから、女性用品とだけは絶対に言わないでくれ、頼む、神様、仏様、えーっとなんだっけ、確かお地蔵様。
「耳栓とウェットティッシュ以外は家に置いてあったから、特に無いよ」
あまりの嬉しさに、気づけば心の中でガッツポーズを決めていた。さすがに白雪さんと買い物をするという大義名分があるとはいえ、女性用品の売り場に来ていれば回りから白い目で見られるのは確実だ。
「それだけなら買い物が終わったら、一緒に甘いものでも食べませんか? 」
盛大に口が滑った瞬間である。なにホッとして油断しとんねんワレ、と自身に怒鳴りつけたところで言ってしまったものは返却不可能だ。
今はあくまでも買い物に来ただけであって、しかも白雪さんと会って数日しか経ってないのに一緒に食べに行こうとか相手を不愉快にさせるだけだろうが。
俺はおそるおそる顔を覗き込むようにして、白雪さんの様子を伺う。
「いいよ。でも、私も誰かと甘いものなんて食べたことなんてないけど、本当にいいのかな」
白雪さんは照れながらも嬉しそうに体をもじもじとさせていた。だがその時、頭の中に電流が走った。
(これ、もしかしなくてもデートなんじゃ・・・・)
今朝あれほど苦労させられたのに、自分から疑惑を作りにいっているのは完全な自爆である。
事情があるにせよ、皮肉なことにあの瓶底眼鏡女の記事は、しっかりと的中していたことが証明されてしまった。
「と、とりあえず中に入ろうか。もし由良先輩が見ていたなら、ええい早くしろ時間が勿体ないではないか、って怒りそうですからね」
そんな気持ちを切り替えるべく、店の自動ドアを通り店内へと足を運ぶ。小さな規模の店が立ち並んでおり、様々な人が往来して賑わっている。
白雪さんは俺の後を追うようにして、ついて来てくれている。
「確かこの階にウェットティッシュがあるので、そこから行きましょうか」
白雪さんはこくりと頷き、了承してくれる。
数分ほど歩いていた時、ピタリと白雪さんは足を止めた。売場的にどうやら何かの雑貨を見ているみたいだ。気になってそれを覗いてみると。
それは“ゆきねこちゃん”という最近流行っている、ゆるキャラのぬいぐるみだった。
確かこのゆるキャラは沫雪市のイメージキャラクターで、雪のような白い体毛に包まれた、まんまる目の可愛らしいネコだ。
物欲しそうに眺めていた白雪さんは、俺に気づくと、申し訳なさそうにしていた。
「ご、ごめん康一くん。せっかく買い物に付き合ってもらってるのに、ずっと眺めちゃって」
「別に気にしてないですよ。白雪さんのペースで買い物をしたらいいと思いますし」
よく見ると、この売り場はゆるキャラ専門ショップみたいだ。
ブナッシーとかベント君やら、どこかしらで聞いたことがあるキャラクターのグッズが置かれている。
せっかくだし、何か掘り出し物とかないか探してみると、ゆきねこの関連のグッズでウェットティッシュと耳栓を、都合よくピンポイントで見つけてしまった。
「白雪さん、見つかりましたよ。ウェットティッシュと耳栓の両方ともあります」
まさか、こんなにあっさり見つけるとは。ウェットティッシュはともかく、耳栓はその先端をゆきねこちゃんの顔をしていてよくできている。
「あ、ほんとだ。しかも私が好きな、ゆきねこちゃんの物だ。すごいね、康一くん」
「いや、まあ偶然というか運が良かったというのか、別にすごくはないですよ」
実際、白雪さんがこの場所で立ち止まらなかったら、こんなにも早く見つからなかっただろう。
素直に喜べないでいると、白雪さんは不思議そうに問いかけてきた。
「ねえ、どうして康一くんはそんなに自信がないの?」
確信めいた言葉に俺は戸惑ってしまう。白雪さんが、そんなことを言ってくると微塵も考えていないからだった。
「・・・・どうしてそう思ったの? 」
思考が止まりそうになる、眩しいくらいな純粋な目。俺は悩んだ末に、質問を質問で返してしまう。
「ううん、深い意味は無かったんだけど、なんだか康一くんがすごく悲しそうに見えたから」
白雪さんは俺のことを心配してくれている。俺は心のスイッチをすぐに切り替えた。
「ごめんね、白雪さん。今日ちょっとドタバタしてたから、少し疲れてるだけだと思うし勘違いだよ、きっと」
あるがままの事実を、やんわりと否定するしか出来なかった。
「それもそうだよね、じゃあ私、耳栓とウェットティッシュ買ってくるね」
そう言って白雪さんは、その二つをレジへと持っていった。白雪さんの会計が終わるまで待っていると、疲れからか少しため息を吐いてしまう。
それから少し時間が経って、無事白雪さんは耳栓とウェットティッシュを買うことができた。
「ありがとう、康一くん。私に付き合ってくれて」
「お礼を言われる程じゃないよ。それに白雪さんにお礼しなくちゃいけないのは、こっちだし」
白雪さんは心当たりは無いようで、きょとんとしている。
「もしあの時、白雪さんが助けてくれなかったら今頃こうして一緒に買い物なんてできなかったから、その・・・・ありがとう」
少し場違いかもしれないけど、これだけは伝えておきたかった。
あの時助かったのは、白雪さんが通りかかったのと、季節外れの強烈な冷たい風が吹いてくれたからだ。
もしあの時白雪さんが必死に助けようとしてくれなかったら、きっとあの冷たい風はきっと吹かなかったような、そんな気がした。
たとえ白雪さんが何者であろうとも、白雪さんが好きであることには変わりないのだから。
それを聞いた白雪さんは顔を赤くして、かなり焦っていた。
「ち、違うの、その、私はあの時、偶然通りかかっただけで大したことはしてないの」
そんな慌てふためく白雪さんを見て、俺はつい笑いだしてしまった。
「えっ、なんで康一くんが笑ってるの。私、何かおかしなこと言ったかな」
「はははッ、なんでだろう。さっきの俺と似たようなこと言ってるからさ、それがおかしいからだと思う」
白雪さんは笑っている俺を咎めることなく、少しだけ嬉しそうにしていた。しかし俺はしばらくの間、笑いは止まることなく大勢の人の注目の的になり、後で死ぬほど恥ずかしくなったのはいうまでもない。