表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

再会そして別れ

 アルとは知り合いになったからといっても、そうそう頻繁に会うことはさすがに難しかった。


 まず、彼の立場は王族でありながらもおそらくこの国で一番危うい立場であったこと。

 何しろ彼の母は亡国の王族であり、それを滅ぼした国こそ現王妃の故郷だからだ。現王妃の父親は野心だけは大きい男で、娘が跡継ぎを生むことでこの国を飲み込もうとしていた。彼らにとって、先の王妃の息子など損座しているだけで邪魔なだけ。

 生きていれば亡国の生き残りが彼を担ぎ上げるかもしれないし、たとえそれがなかったとしても正当な跡継ぎである彼がいる以上、自らの娘がいくら王子を産んだとしても表向きは後継者にはなりえない。もちろん、生きていればの話だが。

 それゆえ、彼は王子でありながらも息をひそめて暮らさねばならなかった。

 園丁の息子のような恰好もその一つだった。

 そんな彼のところに、この国でも五本の指にはいるほどの大貴族であるメーベルト家の娘が遊びにきているとわかれば、すぐさま怪しまれてしまうことだろう。

 だらから交流手段はもっぱら手紙に限られた。


 私は母にねだって手に入れた上等な便箋に、いろんなことを書いておくった。

 兄とのこと。弟のこと。習ったこと、友達とのこと。

 思い返してもあれは手紙というよりも、私の日記みたいなものだった。

 それに対して彼は3度に1回の割合で、返事をよこしてくれた。手紙の運搬手段が主に、兄や父だったこともありアルフレードとそうやすやすと接触することも難しかったからだ。

 それでもアルフレードはできる限り私に手紙を書いてくれた。

 習ったこと、王宮でのこと。あと多かったのは庭のことだ。

 今、思えば彼の手紙には私が書いたような愚痴や不満は一遍もかかれていなかった。

 文面だけをみれば毎日輝くような日々のように見えた。だが、そんなわけがないことは今ならわかる。

 いくら父や兄のような古参の重臣たちが彼を守ろうとしても、大国をバックにした現王妃におもねるやつはいくらでもいただろう。

 あの時はまだであったが、もし王妃が妊娠でもしようものなら誰が寝返るかわからない。

 息をつく暇などありはしない。一日、一日がまるで綱渡りのような日々だったことだろう。


 それだけではない。

 存在すら否定される日々。それは自分を唯一愛してくれたはずの王妃も含めて、王城では禁句という扱いだったと聞く。

 そんな日々が楽しいわけがない。

 けど、彼は私への手紙には一遍もそんなことはかいてはこなかった。

 そして文末には必ずといっていいほど、会える日を楽しみにしていると書かれてあった。

 そう、私たちはあれから一度もあえてはいなかった。

 しかし彼の丁寧な筆跡。便箋にそっとしのばせた押し花。それらが彼の人となりを感じさせるには十分すぎるほどだった。

 だが、楽しい期間はそう長くは続かなかった。彼から届く文面も次第に短いものとなり、途切れることが多くなった。

 兄も王城から戻ることはほとんどなくなり、家の中でも父が難しい顔をすることが多くなった。

 そんな日々が半年ほど続いたのち、王妃の懐妊が広く告知された。


 それはアルにとっては、まさに死刑宣告という意味と同じものだった。


 その知らせを聞いた晩のことだ。珍しく城から家に戻ってきた兄から、彼が城を出たと告げられた。


「出たってどこに?」

「それはローズにも言えないよ」


 兄は珍しく難しい顔をしていた。

 そして兄は教えてくれた。王妃の懐妊が分かる少し前に、彼の女官が殺されたこと。そして彼もまた命を狙われたこと。


「だから、彼はここを離れなくてはいけなくなったんだよ」

「そんな!!」


 あの年老いた女性がなくなったなんて。

 聞けば、彼女は王妃の乳母であり王妃が嫁いだ時からずっと彼らのそばにいたという。

 国が滅び、そして帰るところがなくなっても彼女は自ら育てた女性の子を、命がけで守っていたという。

 誰が、と問いかけて、兄に視線で遮られる。

 おそらく、犯人は見つからないだろう。いや、もし見つかったとしても行きずりの者の仕業として処理されることだろう。


「……アルフレードは、大丈夫なの?」

「大丈夫。彼は強いよ」


 兄は静かにうなずく。

 強い。そうだろうか。たった一人になった彼は、本当に強いのだろうか。強くならざる得なくなっただけでは。

 そう言いかけ、私は口をつぐむ。

 そんなこと、彼をずっと見てきた兄こそが一番よく知っているだろうこと。


「……アルに会えるかしら」

「会えるよ」


 兄はそういって、私の肩をそっと抱きしめた。

 部屋にもどった私は、彼から届いた最後の手紙を読み返した。

 内容は私と最初にであったあずまやの近くに美しい大きな花が咲いたこと。それを見せてあげたいというものだった。

 そして最初にもらったときには気が付かなった、文末にいつもある一文。また会えるのを楽しみにしている、という文がその時ばかりはなかったことに気が付いた。

 彼はこの時にはもう、城にはいられないとわかっていたのだろう。

 そう思うと、私は胸が押しつぶされそうな気持になった。






 王妃の懐妊の話が出てしばらくして、私と母と弟は王都を離れて、父が納める領地へといくことになった。

 その時はたしか、早めのバカンスだったとかそんな理由だったような気がする。

 ああ、あとアルにあえなくなって落ち込んだ私を慰める、とか言っていたような気もする。

 とにかく、弟と私はその時は珍しく遠出ができると妙にはしゃいだ記憶がある。

 しかし思えばあの時期はまだ社交界シーズン真っただ中。そんなハイシーズンに有力な貴族の身内が領地に引っ込むなんて、通常ならばあり得ない。ただの物見遊山ではないことぐらいすぐにわかっただろうに。

 けど、その時の私はまだ幼かったし、アルがいなくなってべっこべこにへこんでいたためそんなことにも気が付かなかった。

 ようやく変だと思うようになったのは、領地についてからだいぶたったころのことだった。切っ掛けは戦が始まるというメイドたちの噂話からだった。


 仰天した私が、母に尋ねるとすでに王都にいたころから国境ではずいぶん物騒な話があがっていたという。

 王妃の懐妊により、大国はいったんは牙を収めた。

 だが、大国が願っていた跡継ぎは無事に生まれることはなく、三度の懐妊もすべて死産という悲しい結末に終わった。

 跡継ぎはもはや絶望的だとわかると、大国は一気に牙をむいた。

 子をなせない妃ともなれば離婚の立派な理由となる。そこを他国が漬け込むとおもったのだろう。

 王都にいるのがたとえ実の娘だろうと、使えない駒はいらぬとばかりに大国は一気に攻め込んできたのだった。


 いや、もしかしたら最初からそのつもりだったのかもしれない。

 当初は国境での小競り合いであったそれは、両国を一気に戦へと駆り立てていった。

 宰相の地位にあった父はというと、王妃の懐妊の際にはすでに宰相の職にはなかった。先の王妃派とみなされ、兄ともども閑職に回されていたのだった。それ故、本格的な戦が始まるころには父も兄も領地へと引っ込んでしまった。


「……戦うの?」


 久しぶりに家族全員で囲んだ食卓で、弟がふいに口を開いた。

 ぎょっとして見つめた私に、弟ははっとしてうつむいてしまった。

 ここは戦場から離れた場所にあるとはいえ、本格的な戦になれば影響が及ばないわけにはいかないだろう。

 かつては近衛であった兄だって、戦場に駆り出されないとも限らない。

 不安気に見つめる私と弟に、兄と父は一瞬顔を見合わせた。そしてナイフとフォークを静かにおいた。


「そうだな。戦いになれば我々も守るためには剣を取らねばならないだろう」

「そんな!」


 思わず声をあげた私に、兄は優しく微笑む。


「そうならないように私たちもいろいろ手を尽くしている。ローズが心配するようなことはないよ」


 そういった兄だったが、戦況は芳しくないのはすぐにわかった。

 父と兄は王都と領地を何度も往復し、そのたびに顔色はすぐれなかった。

 二人で夜遅くまで話し込むことが多くなり、母も考え込む日々が続いた。

 そんな中でも私と弟はよく屋敷の庭で遊んでいた。王都にいたらマナーの勉強やらダンスの稽古などをしなければならなかっただろうが、ここでは自由な時間が多かった。

 そんなある日のことだ。

 屋敷の端にあるかつて祖母が、王宮の王妃の庭をもしてつくった花壇の一角でぼんやりと日向ぼっこをしていた時だ。

 がさりと植え込みが揺れ、中からひょっこりと男の子が現れた。


「誰!?」


 見たこともない男の子だった。

 身長は私よりも高く。肌は日に焼け、あちこち擦りむけているようだった。そのあたりの子が着ているような簡素な服装であったが、唯一違うのは腰から大振りの剣をさげていたことだった。

 それも壁に飾るような見世物のそれとは違う。

 持ち手は使い込まれ、わずかに変色をし、鞘もいくつも傷がみえた。

 自分と同じぐらいの子が、剣を持っているなんて。

 仰天する私に、彼はにっと笑いかけてきた。


「俺だよ、俺! 忘れたのか?」

「え?」


 眉をよせ、私はじっと彼を見る。

 薄汚れているが顔立ちはきれいだった。すっととった鼻梁に、わずかに細められた瞳は燦燦と照らす陽光のような。

 まるで黄金色のようだ……。そこまで考え、あっと声をあげた。


「アル!? アルフレード!?」

「ひさしぶり、ローズ」


 にっと笑ったアルは真っ白の歯をむき出しに、きししと笑った。

 思わず立ち上がり、私はアルを抱きしめる。


「あんた! 一体、どこにいたのよ!! 私、心配して!!」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめる私に、アルはあはは、と笑いながら背中に手を回す。


「ローズって、いつも突然だよな」

「なによ! 突然って!! 突然なのはあんたじゃない!!」


 ぎゅうと抱きしめながら、私は彼を見つめる。

 あれから何があったのだろうか。

 王妃の庭であったときは、まだ顔にはあどけなさがのこり、腕も、体も自分とたいしてかわらない細さだったはず。

 けど、今の彼はまるで別人だ。

 体は硬く、背も私を追い越しかけている。

 宥めるように背中をたたく手のひらは、ごつごつしていてまるで岩のようにおもえた。


「……今まで何してたのよ」

「何って」


 アルは笑いながら首をちょっとかしげる。


「いろいろ?」

「はあ?」


 眉をよせ、声をあげる私に、アルはまたアハハと笑った。

 その姿は庭で泣きそうになりながら、私をにらみつけていたあの時の少年とは何か違って見えた。


「……いろいろって何よ!」

「色々は色々だよ。お前こそこんなところにいるとはな。ずいぶん探したんだぞ」


 そういって見下ろしたアルの瞳は、私と同じ年とは思えないほど落ち着いていた。

 いや、落ち着いているだけではない。その瞳の奥には何かの、深い色があった。澱といってもいいだろう。それが妙に気になった。けど、アルはそれっきり今まで何があったのかは聞いても答えてはくれなかった。

 でも、そのほかのことはたくさん話した。好きなもの、最近食べたもの。今、夢中になっていること。

 アルは剣をならっているようで、師匠と呼べる人がそばにいるようだった。


「全然うまくならないんだけどな」


 そういって笑った彼の手のひらはいくつもの肉刺ができてはつぶれ、できてはつぶれたためか、まるで岩かなにかのようにゴツゴツと硬くなっていた。

 それは彼がどのぐらい稽古をしているのかなによりも雄弁に物語っていた。

 一体、何でそんなことをしているのかと尋ねると、彼は少しばかり考え込んだのち


「俺、守りたいんだ。大切な人を」


 そういって笑った。

 彼に守りたい人ができた。長らく彼をまもってきたあの女官がなくなり、一人きりだとばかりおもっていた彼に、そんな人ができた。

 それはきっとうれしいことなのだろう。幸せなことだと喜んであげたい反面、アルにそれほどまで思われている人がいることが私は妙にうらやましく思った。

 やがて日が暮れると、彼はゆっくりと立ち上がった。


「ねえ! ここにいたら!?」

「え?」


 思わず口にした私の言葉に、アルは驚いたような顔をした。


「ここにいればいいじゃない! アルなら兄さまもお父様も大歓迎よ! 弟のカールも紹介したいし!」

「ローズ」

「そうよ! アルもうちの子になればいいわ! そうしたらそんなつらいことしなくてよくなるわ!」


 私は必死だった。

 アルには大切な人がいるといった。それを守りたいとも。

 でもあんな手のひらにいっぱい傷をつくって、自分を痛めつけるようなことをして、それでアルが幸せとはとても思えなかった。それに、アルはきっとこのまま去って行ってしまう。そして二度と、会えないかもしれない。そう思ったから。

 だから私は必死にアルを引き留めた。けど、アルはしばらく私の顔を見つめたのち、緩やかに首を横に振った。


「ダメだよ、ロスヴィータ」


 彼が私の名前を呼ぶ。それはひどく穏やかで、切ない響きだった。


「このままここにいたら、俺はきっと君たちを苦しめる」

「そんなことない!」


 私は叫ぶ。


「もし、そんなことになっても私がアルを守るわ!」

「ロスヴィータ」

「だから!」


 行かないで。そう言いかけた私を、アルは優しく抱き寄せる。


「必ず、ローズのところに戻ってくるよ」

「嘘!」

「本当だよ」


 ほら、約束。そういってアルは私の額に唇をよせる。ちゅっと音立てて離れたそれに、私は目を丸くした。

 家族以外でそんなことされたのは初めてだったから。

 あまりに驚きすぎて、アルに笑われたぐらい。


「……また必ず戻ってきてよ」

「わかった」

「その時はうちに泊まっていってね! 私の部屋で寝るのよ!!」

「え?」


 アルはびっくりしたような顔をして、私を見る。


「それって」

「あら! しらないの? 友達同士で部屋で夜遅くまで話すって楽しいんですって! 召使の子がいっていたわ。私もアルとそういうことをしたい!」

「あ……、なるほどね」


 アルはちょっと笑ってから、それからじっと私を見つめた。


「じゃあ、今度戻ってきたらしよう」

「ほんと!?」


 その言葉にどんな意味が含まれているかなんて考えもせず大はしゃぎした。


「絶対よ! 約束よ!!」

「約束するよ。そのかわり」


 アルは私の目をみつめたまま、抱きしめる手に力を込めた。


「今の話、俺以外の人には言ったらダメだよ」

「え?」


 私はちょっと首をかしげる。けど、すぐさまにっこり笑ってうなずいた。


「いいわ! アルが一緒にいてくれるならね!」

「約束するよ」


 そういって、アルは抱きしめていた手をそっと離した。

 そして「じゃあ、またね」と言って、現れたときと同じように茂みの奥へと消えていった。

 彼を見送ろうと後をついていったが、魔法かなにかでかき消されたように彼の姿を見ることはできなかった。


 それが彼を見た最後の姿だとは思いもせず、私は長いことアルがやってくるのを待っていた。

 だが、1年、2年と時が過ぎ、私ももの知らずの子供ではなくなると、彼が言っていた意味が少しずつわかっていった。そして私は待つのをやめた。

 彼がここに戻ることは、すなわち彼の身を危険にさらすことにほかならないことがわかったからだ。

 それに、そのころには戦はひどくなり戦場から離れたこの地ですら不穏な空気が漂うようになっていた。

 すでに私も年頃で、普通ならば王宮の社交界に出ていてもおかしくない年齢となっていた。だが、すでに戦の足音は王都も飲み込んでおり、兄も父もそう頻繁に領地へ戻ることが難しくなっていた。

 そのため領地の管理などはすべて母一人しなくてはならなかった。

 だが、大きな領地。さらに王都にも屋敷があり、それらを母一人で管理するのはひどく難しく、自然に私も手伝うようになっていた。

 それと同時に王都にいるはずの友人たちに連絡を取ってみたが、返事はほとんど帰ってはこなかった。

 その代わり聞こえてきたのが王都陥落の噂だった。


 もともと大国と我が国では武力の差は歴然。今までは親交のあった国の援助でなんとか持ちこたえていたが、長い戦乱と、大国につけば命だけは助けてくれるという王妃の甘言に先頭をきって戦うべき王が真っ先にくじけた。

 敗戦の色は濃厚で、人々が次々と王都を捨てている。

 領地にもどってきた商人の話に、母も私も心が沈み込むのがわかった。

 国が滅びれば、その影響は領地にも及ぶことだろう。王都に残っている兄も、父も無事では済まない。

 それからしばらくして母が倒れた。

 もともと母は大貴族の娘で、領地管理などは人任せで生きてきたような人だ。

 いろんな人との調整に苦しみ、心労がたたったのだろう。

 寝込んだ母の代わりに、今度は私が領地を駆けずり回ることになった。

 母は心配したが、私としてはどんよりと暗い雰囲気に包まれた屋敷に閉じこもるよりも、外で駆け回ったほうが性に合っていた。

 それに、外にいるほうがいろんな情報を得ることができた。

 国内だけではない。他国の情報もだ。

 その中の一つに、妙なものがあった。それは大国がほかの勢力に攻め込まれたというものだった。


 その話はふらりとやってきた旅の者から聞いた話だった。彼は国々を渡り歩いている旅の商人で、ここに来る前に大国にもよってきたという。

 聞けば、事の起こりは半年前のこと。大国の端で小さな乱がおきたという。

 大きな国からしてみればまとわりつく羽虫程度のことだったのだろう。放っておくにはうっとうしいが、それが行く手を遮るものにはなりはしない。そう思っていたはずだったが、小さかった小競り合いはあっという間に国を巻き込むほどの大火となった。


「それで私はあわてて国を出てきたというわけですよ」

「……そんなことが」


 強大な大国に対抗する国など、この大陸にはないとおもっていた。

 だが、自らの内側から発した病は、大きな国をむしばんでいった。戦力のほとんどを我が国に向けていた大国としては病に立ち向かう力はほとんどなかったらしい。

 大国が倒れたのは、乱がおきてから三月もなかったらしい。あまりにあっけない終焉。大国の滅亡の噂は瞬く間に国中に広まった。


「では、戦はおわったの?」

「……いや、そういうわけではない。あちらの国の動向によっては我が国にも火の粉が飛んでこないとも限らない」

「そんな」


 王都からしばらくぶりに戻ってきた兄の言葉に、私はがっくりと肩を落とす。


「では、まだ王都には戻れないのね」

「あちらもひどいありさまでな」


 兄は疲れたようにつぶやいた。

 後ろ盾をうしなった王妃は国を追われ、王だけが残った。だが、一度は大国にすり寄ろうとした王を支持するものは誰もいなかった。


「これからどうなるの?」


 大国も滅び、わが国もぼろぼろだ。

 戦が残したものは、あまりに大きすぎた。

 腑抜けになった王のかわりに父や古参の重臣たちが奔走しているが、それもあくまで一時のことだ。


「……アルフレード殿下がいらっしゃれば」


 兄がぽつりと漏らした言葉に、私ははっとする。


「アルは? アルは生きているの?」

「いや……」


 兄は首を振る。


「彼が生きているのか死んでいるのかもわからない。しかし……」


 そのまま黙り込んでしまった兄に、私は目を伏せる。

 あの戦で我が国でも、大国でも大勢の人がなくなった。生きているのか、死んでいるのかもわからない人も大勢いるという。


「……生きているわ。絶対」

「ローズ」

「だって約束したもの」


 戻ってくるって。そういうと、兄はわずかに目をすがめ、そして小さな、今にも掻き消えそうな声で「そうだな」とつぶやいた。

 だが、それが兄が私に対する精いっぱいの慰めだということはわかっていた。

 戻るという約束はきっと果たされないだろう。

 でも、どこかで生きていればいい。幸せになってくれさえすればいい。

 こんな戦ばかりの、悲しいところではなく。もっときれいで、楽しい。

 例えば王妃の庭のような場所で。

 そう私は願った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ