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謝罪

 屋敷に戻った私は、それはもうこっぴどく両親に叱られた。

 母からは淑女が男の子相手に取っ組み合いのけんかをするだなんてと涙ぐまれ、父からはアルフレードに対する暴言と態度について滾々と説教をされた。

 けれども私にだって言い分がある。


「だってお父様! 私、彼が待っていた人だということも知らなかったのよ! 知っていたらもっと違う態度だったわ!」

「だからといってあのような言い方をしていい理由はない」


 ばっさりと切り返された私はそのまま自分の部屋……ではなく、兄の部屋へとけ込んだ。

 6つ年の離れた兄はすでに父の元で仕事をしており、大抵は城にいることが多い。

 だが、今日は珍しく家に戻っていた。大方、私のしでかした顛末を愚痴るために両親が呼び出したのだろう。たださえでも仕事で疲れているだろうに、その上私からも愚痴を聞く羽目になるとは、今思えば兄も損な役割だったと思う。

 だが、その時は世間というものを知らず、両親からも年が離れた兄からも甘やかされていた私は、疲れているはずの兄にむかって自分の正当性を説いた。


「なるほどね」


 一通り私の言い分を聞いた兄は、優しい笑みを浮かべたままわずかに首をかしげる。


「でもね、ロスヴィータ。父上だって言えないことの一つや二つあるのは、お前にだってわかるだろう?」

「言えないことってなによ!」


 言えないなら、なおさら私は悪くないじゃない。

 そう言い募る私に、兄はぽんぽんと優しく頭をなでる。


「知らないことは悪いことではないよ。でも、もっと他の人にやさしくしてあげてもよかったと兄さまは思うんだけどどうかな?」


 兄の言葉に、私は唇をかみしめうつむく。


「……だってあそこは王妃様のお庭だもん」

「そうだね。でも、あんなにきれいな場所だし、他の人だって少しは見たいだろう?」

「……そうね」


 たしかにあそこは美しい。私も行くの初めてで、次はいつになるかはわからない。兄さまは何度かあるようだが、それでもそう頻繁ではないだろう。

 それに彼の言い分が正しいとなれば、王妃様の子供ならばいて当然だ。


「……謝るわ」

「そうだね。そのほうがいいよ」


 兄の言葉に押されるように、私は父のもとにいき謝りたいと申し出た。

 父は一瞬驚いたようだったが、すぐに機会を設けてくれた。

 その時も場所はまた因縁のあの王妃の庭のあずまやだった。

 母からはレディとしてのたしなみについてしつこいほど教えられ、父からはどんなことがあってもケンカはしてはいけないと厳命された。

 兄もその日は珍しく家にいて優しくしてあげてね、と言われた。

 二つ下の弟だけは、そんなやつやっちまえとけしかけてきた。

 一瞬、弟の言葉に心が揺れ動かなかったわけではない。何しろ彼は、レディに対する礼儀がなっていなかったのだから。

 まあ、私がレディとしての立ち居振る舞いだったかというと、胸をはってうなずけないのが悔しいが。それでも侮辱していいという理由にはならない。

 だが、兄や父、母と約束した以上まず私がレディとしてふるまわなくてはいけない。

 以前にもまして緊張しながらあずまやで待っていると、以前と同じ。シンプルな服。私のお屋敷にいる園丁の子供が同じような恰好をしていたのを思い出す。そのような簡素な服装で、彼があずまやにあらわれた。

 すでに私が来ることを知らされていたのだろう。

 彼は驚く様子もなくただただ表情を硬くして私をにらむように見つめていた。その態度はお世辞にも友好的とは言えなかった。

 こういった相手に対して、いくら詫びたところで時間のムダなような気がしたが、隣にいた父の視線に促され私はしぶしぶ立ち上がる。

 そして母に言われた通りドレスの裾を捌き、彼の足元にひざまずく。

 そして一晩暗記してきた謝罪の言葉を述べた。

 母と兄に添削してもらったもので、内容としては自分の行いはとても悪かった。子供じみていた。許してほしいという実に、へりくだったものであった。

 そんなことこれっぽっちもおもってはいなかったが、文章自体はまるで大人の淑女が言うようなものだった。この言葉の美しさが、私のプライドを幾分軽くしてくれた。

 途中二度ほどつっかえたが、なんとか言い切った私がおそるおそる少年を見上げる。

 今思い返してみてもこの時の私は、実に傲慢だった。

 私のようなものが詫びの言葉を口にしたのだから、それを許すのは当然だと思っていた。

 それと同時に相手も悪いという詫びの言葉も期待していた。というか、あちらも謝って当然だと思っていた。

 だからだろう。顔を上げた私が見たのは、先ほどから一変も表情を変えず。いや、機嫌の悪さでいったら先ほどよりもさらにわるい少年の顔だった。

 その表情を一言で言い表すとしたら「何をいっているんだ?」だった。

 私は私で、この上もない美しい謝罪という舞台をお釈迦にされたことで、不満に思っていた。それを見透かしたのだろう、彼は私から視線を外し父に向けると


「……こんなことをオレに聞かせてどうするんだ」


 といったのだ。

 少年のその態度を予想していたのか、父は驚くでも焦るでもなく淡々と


「娘が愚かなのは重々承知の上。ですが殿下は違います。このようなことであのように感情を出されるのは殿下のためにはなりません」


 などと、少年に説教を始める始末。

 少年も最初は父が説教をはじめたことに鼻白んだようだが、そのうち落ち着いてきたのか小さく息を吐いた。


「……わかった」


 少年は小さくうなずいてから、ようやく私を見る。

 だが、その瞳には侮蔑の色がありありと浮かんでいるのがみえた。


「ケルヴィンに免じて、今回は許す」

「は?」


 なにそれ!

 私は勢いよく立ち上がり、アルフレードを正面から見つめる。


「別に許してもらわなくていいわよ! 私だって兄さまが言わなかったらこんなところにこなかったもん!!」

「はああ!?」


 アルフレードの顔が一気に赤く染まる。


「あんたなんて、別にゆるしてもらわなくて結構よ!」

「お前!!」

「ロスヴィータ!!」


 父とアルフレードの言葉が重なる、

 けど、もう我慢も限界だった。大体、私が何をしたっていうのよ。

 知らないのを察しろっていったってどうやんのよ。言い方は確かに悪かったけど、ちゃんと謝ったじゃない!! それなのに。

 地団駄を踏んで怒り狂う私を引きつれ、父は這う這うの体で屋敷に戻った。

 それからは入れ代わり立ち代わり様々な人が私に説教をした。

 母は始終泣いていたので話にならなかったが、それ以外の人。父や、なんと母の弟である叔父までやっていたのには閉口した。

 いつもならそれほど叱られたら、へこんでしまうところだがその時の私には何一つ心に響くものはなかった。

 だって、私は謝ったもの。それを許すか許さないかは相手の事情のはず。

 今、思い出しても実に傲慢極まりない子供だったと思う。

 そんな私に、再び兄がやってきた。

 どうやら反省もしない私に、手をやいた父が唯一話を聞きそうな兄を呼び出したのだろう。兄はふてくされたままの私を見て、小さく笑った。


「ローズ、謝るんじゃなかったのかい?」

「謝ったわ!!」


 私は叫ぶ。


「でも、相手が私をバカにした挙句、許してやってもいいっていったのよ! 別に私は許されたくていったんじゃないわ!!」

「なるほどね」


 兄は笑いながら、私のベッドに腰をかけた。


「ローズは父上が思っているほど子供じゃないんだな」

「……なにそれ」


 子供は子供よ。知らないことがあるのはわかるわ。でも、許せないのは私がバカだから何も知らないと言っているのが許せないのよ。

 そういうと兄は納得したようにうなずいた。


「父様はね、ローズのことをまだまだ子供だって思っているんだよ」

「あら、兄さま。私は子供よ! でも、知らないなら教えてくれてもいいはずよ!」

「そうだね」


 兄はいつのまにか固く握りしめていた私の手を優しく包む。


「でもね、ローズ。これだけはわかってほしい。父上だって意地悪で彼のことを黙っていたわけではないんだよ。彼はね、少しばかり難しい立場にいる人だから」

「ああ、そうね、大人の事情ってやつよね」


 私はそっぽを向く。

 どんな事情があるのかはわからない。けど、それを知らないからってバカにしたのはあちらではないか。

 きゅっと唇をかむ私に、兄はまたぽんと手をなでる。


「殿下のお母様が先の王妃様だということは知っているね」

「ええ。それはお父様がいっていらしたわ」


 先の王妃、クリスティーヌ様だって。

 そういうと、兄はゆっくりとうなずく。


「クリスティーヌ様は隣国の王族の方でね。こちらにいらしたときは国王陛下とは同じ年の十五歳という若さだったんだよ」

「あら、でもそのぐらいなら結婚して当然じゃなくて?」


 王族の婚約ともなれば、生まれてすぐに婚約となることだって珍しくはない。そう考えると十五歳というのは遅いぐらいだ。

 とはいえ、国同士の結びつきは極秘裏に行えるようなものではない。それこそ国を挙げての祭りとなってもおかしくないというのに、どうして先の王妃様のことを私は知らなかったのだろう。

 首をかしげる私に、兄はそうだね、とうなずいた。


「その当時、我が国が隣国から攻め込まれそうになっていてね。それを防ぐため、急遽決まった婚姻だったからだよ」

「ふうん」


 これも別にたいして珍しい話でもない。

 下手をしたら貴族同士だって領地問題が絡めばありうる話だ。けど


「やっぱり変ね。どうしてその話をみんな、誰も言わないの?」

「それはね。我が国に攻め込んでいた国の王が、突然自分の娘と結婚しろと言ってきたからだよ。その時には国王は十八になっていた。これが若い王族によくある見せかけだけの婚姻だったらよかったのだが、お二人は当時からとても仲睦まじく王妃様のおなかにはすでに殿下がおられた」

「だったら断ればいい話じゃない」


 王族同士の結婚ならば、早々なかったことにできないことぐらい相手の国だってわかることだろう。

 妃の出身が一貴族であったならば、おそらく多少強引にでも理由をつけ離別することはできたかもしれない。だが、先の王妃様は他国の王族の出身だ。

 となれば、その国の後ろ盾があると考えていい。そここに無理やりねじ込んだとしたら、わが国だけではなくそことも揉めるのは必至だ。それがわからないわけでもないだろうに。


「王族でいられるのは国があるからだ。で、ローズ。もし、国がなくなってしまったら?」

「……そんなの、わからないわ」


 国がなくなるなんて。

 私たちのようなものだったら、領地がなくなると考えたらいいのだろうか。領地がなかったら暮らしていけない。

 そう答えると兄はゆっくりとうなずいた。


「王が断ると、かの国はすぐさまお妃様の国を滅ぼしたんだよ」

「……うそ!」


 そこまで? 目を丸くする私に、兄は小さく息を吐いた。


「それからしばらくしてお妃様は床に臥された。ご心労がたたったんだろうね。結局、アルフレード様をお産みになると同時にお亡くなりになられた」

「……そんな!」


 彼のお母様の国はなくなってしまったが、お父様である国王陛下の血も半分は流れている。それはゆるぎない事実のはず。

 そこで私は、一つの疑問にぶつかった。


「でもどうして、彼がいることを私たちは知らないのかしら?」

「それはね……」


 兄はそこでいったん言葉を切る。そしてひどく苦いものを口に含んだような表情を浮かべた。


「今のお妃さまが、前のお妃様の国を滅ぼしたかの国からいらした方だからだよ」

「……そんな!!」


 だから彼はいないものとされているの?

 先のクリスティーヌ様と同じくなかったことのように扱われてていたというの?


「信じられない。アルフレード様は何も悪くないのに」

「……そう。殿下は何も悪くない。けど、国を守るために彼が犠牲になっているのは確かなんだよ」


 兄の説明から、ようやく私は理解した。

 彼が王妃の庭にこだわる理由を。そして私が言った言葉に、激高したのも。


「……しらなかったわ」

「そうだね」


 兄は静かにうなずいた。

 そして翌日、私は兄と一緒に三度王妃の庭にむかった。

 今度はあずまやで待つのではない。王妃の庭の奥にある、小さな屋敷。いや、屋敷というにはあまりにも小さく、粗末な家だった。

 そこにむかい私は扉をたたく。と、そこから彼と同じ黄金色の瞳の老婆が顔をのぞかせた。


「……どなたでしょう?」

「突然の訪問失礼いたします。私はメーベルト侯爵が娘ロスヴィータともうします」

「まあ」


 老婆は少し目を見張る。

 そしてふっとほほを緩めて、扉をあけた。

 その家は一見、粗末で小さな小屋のように見えたが、一歩足を踏み入れると細かいところまで美しくしつらえられているのがわかった。

 老婆の先導で兄と私が案内されたのは、家の奥にある中庭のような場所だった。

 そこで大きなロッキングチェアーにすわって目を閉じていた彼に、私はアルフレードと名を呼んだ。

 誰かが来るなんて思いもしなかったのだろう。

 ぎょっとしたように目を見開いた彼が、そこにいる私と兄の姿に顔をしかめる。


「……何しに来たんだ」

「あやまりにきたわ」


 頭をさげるでもない。まっすぐに目を見つめ、そういった私に彼は一瞬驚いたように目を見開いた。だが、すぐさま顔をしかめる。


「今度はなんの芝居だ? 誰に言われて?」

「誰にもいわれてないわ。しいて言うなら私が言いたかったから来ただけ」


 しれっと返すと、彼はますます訳が分からないというような顔をして、兄を見る。

 そしてはあ、と息を吐いた。


「ハインリヒ。お前の差し金か」

「いえ。妹は自らこちらに伺いたいと申し出ただけでございます」

「嘘をつけ」


 アルフレードは吐き捨てるように言い放つ。


「どうせ、また文句を言いに来たのだろう」


 そっぽをむいた彼に、私は近づく。そしてぺこんと頭をさげた。


「あの時はひどいこといってごめんなさい。でも、あなた、どうして自分のことを私に説明しなかったの!」

「できるかよ!」


 アルフレードはぎり、と私をにらみつけながら、吐き捨てるように言い放つ。


「俺は生まれた瞬間からいないものだとされていたんだぞ。現にお前もしらなかったじゃないか!」

「知らないわよ! だって、誰もおしえてくれないんだから!! だから、あんたがちゃんといわないとダメなんじゃない!!」


 母親のことを。自分のことを。

 それから私はいろんなことを言った。

 あんなひどい話はないとか。みんな黙っているなんてひどいとか。自分もしらないことが悔しい。ごめんなさい。

 そう繰り返しながら勝手に涙がでてきた

 おいおい泣きじゃくっていると、彼が近づいてきて、シャツの袖口でぐいぐいとかなり乱暴に私の顔をぬぐった。


「……おまえ、鼻水まで出てるぞ。女だろう」

「あ、あんた、バカじゃないの!? 女だって鼻水ぐらいでるわよ」


 ひっくひっくとしゃくりあげる私に、アルフレードはははと笑った。


「女が鼻水なんて言うなよ」


 げらげら笑うアルフレードを見ながら、私は鼻をズビズビすする。

 一体、アルフレードって女にどんな夢を見ているんだか。

 ずずっと鼻をすするよこで、兄が


「まあ、男はえてしてそんなもんだよ」


 と笑った。

 その日を境に、私とアルフレード。アルは、初めてお互いを認め合った。


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