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出会い

「こちらでお待ちくださいませ」


 西国の民族衣装をまとった女性が軽く頭をさげる。

 表面上は丁寧ではあるが、その実、否やは言わせないという雰囲気がたっぷりと含まれているのが伝わってくる。

 私は視線でうなずき、庭園の端にあるあずまやのベンチに腰を下ろす。

 燦燦と降り注ぐ陽光が、手入れの行き届いた庭園をきらきらと輝かせる。刈り込まれた生垣はまるで迷路のように入り組み、その奥にちんまりと設置されたあずまやは外界から切り離されているようにも思える。聞こえてくるのは頭上を行き交う鳥のさえずりと、草花が揺れる音。そして案内した女官の立ち去る足音ぐらい。

 それを耳にしながら、私は小さく息を吐く。


 ここは王宮の中でもっとも奥まった場所にある庭園。いわゆる王族のプライベートガーデンともいえる場所だ。プライベートガーデンというぐらいだから、この場所に入れるものはごく限られた人ということになる。王様、王妃様、そして二人のご子息。彼らは常に衆人環視の中で暮らしているため、息をつける場所はほとんどない。だから、今日のような天気のいい日などはこのような場所でのんびりと羽を伸ばしているはずだった。

 しかし、今、この庭を楽しむものはいない。

 王も、王妃もすでにこの世を去り、残されたのはごくわずかな人だけ。

 数百年という長い歴史を誇るトラビティ王国を治めるものは、今はいない。

 いや、と私は小さく目を伏せる。

 王家にはいまだたった一人だけ、脈々と受け継がれた王族の血を持つものがいる。いや、正確に言えばいたというべきだろうか。

 と、風が庭を横切り、あずまやをするりと通り過ぎる。

 緩やかな風はドレスの裾を揺らす。それを絹の手袋をはめた手で軽く押さえながら、ゆっくりとあたりを見回す。


 国が亡んだ戦が始まったのは今からほんの数年前。その間は遠い領地にやられてしまい、王都にやってくるのは本当に久しぶりだった。城下町は戦の爪痕がそこかしこに残っているが、ここは違う。まるで魔法の力かなにかで外界から閉ざされていたかのように、昔のまま。枝一つ、花一つ損なわれることのないまま残されていた。


 ふと揺れる木々のざわめきいに交じり、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。

 それを耳にした私は、座っていたベンチからそっと立ち上がる。

 そしてこちらに来るであろう人を待った。

 だが、おそらくやってくるのは私が本当に待っている人ではないことは確かだ。

 だって彼とはずっと前にこの地を追われ、その後は生きているのか死んでいるのかさえわからない。

 そう、その彼こそがすでに失われた国の最後の王族。たった一人の生き残りだった。 

 その彼と私が最初に会ったのは、まだほんの小さな子供のころのことだった。




 当時、まだ表向きは平和だったこの国の舵取りの補佐をしていた父が、珍しく私をつれて王宮にやってきたのだった。

 国でも五本指に入るほどの領地をもつ貴族の家の、二番目の子として生まれた私はその時まで王宮になんてきたことすらなかったのだった。

 だからその日、私は異様なまでに興奮してきた。

 何しろ父と出かけることなんてめったになかったし、行先があの王宮の奥にある王家の庭。通称王妃の庭ともなれば浮かれないわけはない。


 建国王の妃。数百年の時を経た今となっては、彼女の存在はもはや伝承の域に達していた。物語にあるような勇猛果敢な王と遠い異国から嫁いだ妃。その妃のために作らせたという伝説の庭。ある程度の身分の者ならば一度や二度、見る機会はあるらしいがまだ子供だった自分が、見に行く機会などあるわけがない。


 いや、国でも5本の指にはいるほどの大きな領地をもち、宰相の職についている父ならばその権力をつかい、私を連れていくことだってできたはず。

 だが、父はというと元来の生真面目さ故、公私混同などもってのほか。

 たとえ娘だろうが息子だろうが、己の欲望のために自らの地位を利用するなんてとんでもないって人だったから、私にとっての王妃の庭は遠くにありて妄想するものであった。

 まあ、今となって考えると様々な思惑が渦巻く宮廷に子を連れていくなど、利用してくださいと言っているようなものだ。たとえ、父にそのつもりがなくてもそれを利用しようとするものが出ないとも限らないだろう。きっと父なりに、家族を守りたかったのだろう。


 そんな父が、私を連れて王宮に行くこと自体、今思えばおかしなことだった。

 だが、幼い私がそんな考えにいたるわけにもならず、言われるがまま王妃の庭の一にあるあずまやに連れていかれていかれた。

 そこで父からお前と同じ年の子が来るから、それまでおとなしく待っているようにときつく厳命され、私はその場に一人残された。

 普段、家屋敷でも一人になることはめったにない。

 たいていはメイドや教師、母や兄が一緒にいて、一人で何かするなんてことは生まれてこの方一度としてなかった。

 さらに場所は王妃の庭。

 これが興奮せずにいられようか。

 ここで待つといっていたのだから、あずまやからでなければいいかしら。

 それともあずまやの周辺までなら大丈夫?

 そんなことを思いながら、そっとベンチから立ち上がったその時だ。

 あずまやのすぐ脇にある植え込みの陰から顔をのぞかせたのは、不機嫌そうな男の子だった。髪は宵闇を映したような美しい黒髪。それに対し、瞳は陽光を映したような金色。

 彼は私がここにいることなど、思いもしなかったのだろう。

 一瞬、その美しい黄金色の瞳を大きく見開いた。そしてすぐさまその瞳を険しくして私をぎろりとにらみつけたのだった。


「お前、なぜここにいる!」


 開口一番言われた言葉に、もともと負けん気の強かった私はすぐさま怒りに火が付いた。


「なんであんたにそんなことをいわれなきゃいけないのよ! 私はお父様に同い年の子がくるから待っているようにといわれただけよ! そもそもあんたこそなんでここにいるのよ!」 


 父にも言われていたが、ここは誰でも入っていい場所ではない。王と王妃、そしてそれに近しいものだけのプライベートガーデンだった。

 今回、私や父は特別ということらしいが、この少年は――お世辞にも王族やそれに連なるものにしては身なりがあまりにも貧相で、態度も良くなかった。

 となると王城で働く園丁の子か、このふてぶてしいまでの態度からみて、どこぞの貴族の子息あたりか。そう適当にあたりを付けた私は肩をそびやかし、相変わらずこちらをにらんでる少年にむかってフンと鼻を鳴らした。


「ここをどこだと思ってるの? 王妃様のお庭よ! あんたみたいな子が来ていい場所じゃないわ!」


 その瞬間、こちらを見つめている少年の黄金色の瞳の奥がぎらりと鈍い光を放った。


「……何をいっているんだ! お前こそここをどこだと思ってるんだ! ここは母上の……母さんの庭だ!」


 爆発するような怒り。そしてたたきつけるような言葉に、固く握りしめた拳。

 激しい怒りをあらわにした少年を、私は茫然と見つめる。


「はあ? 母上って……あんた、王妃様の子ってこと?」


 私はあきれたように少年を見つめる。

 今の国王様には確かにお妃様がいらっしゃる。だが、彼女は隣国から嫁いできたまだ十七歳の王女様だ。いくらなんでもこんな大きな子がいるようにはみえない。


「あんた、バカ? 王妃様ってまだ十七歳じゃ」

「あんな女、母上じゃない!!」

「はあ? 王妃様はあの方以外いないじゃないの」


 バカなの? 怒りでまるで話が通じない。あきれたように肩をすくめた私に、彼はかっとなって近くにあった小石を投げた。

 だが、コントロールがうまくいかなかったのか、あずまやの柱にぶつかりカツンと音をたてただけだった。

 だが、それだけでも私をさらに怒らせるには十分だった。


「なにするのよ! 身の程知らずなだけかとおもったら、乱暴者なのね!」

「うるさい!!」


 それからはもう、めちゃくちゃだった。

 取っ組み合いの大げんか。屋敷には年の近い弟がいるせいか、こういった喧嘩は日常茶飯事だった。だが、彼は初めてだったらく手をあげることも、ケンカをしたこともないらしい。

 だから勝負はあっさりと私の勝ちで終わる……はずだった。

 だが、その勝負がつく間際、


「何をしている!」


 血相をかえて飛び込んできたのは私の父だった。

 これで無礼者を放り出せる。と思った私だったが、父がほほを張ったのは私のほうだった。

 唖然とする私の横で、涙と草と土でぐちゃぐちゃの少年にむかって、父は膝をついた。


「アルフレード殿下。娘が大変失礼なことをいたしました」


 大の大人である父が頭を下げているのも私にとっては青天の霹靂であったが、それ以上に驚いたのが目の前の少年がその姿をだた無言で涙を流しながらもぎゅっとこぶしを握り締めている姿だった。


「お父様……、なんで」

「……ロスヴィータ」


 父はいつも私を呼ぶローズではなく、フルネームを口にする。

 そういったときはきまって父が説教を始める前触れだった。だが、父の雰囲気はそれともまるで違った。


「殿下は先の王妃様、クリスティーヌ様のたった一人のご子息だ」


 父の視線はまっすぐにアルフレードに注がれたまま。だが、口にした言葉は、まだ子供だった私にも激しい衝撃を与えた。

 だって、誰も言わなかったじゃない。

 王にご子息がいるだなんて。今のお妃様とは違うお妃様がいたなんて。

 誰も、誰もいわなかったじゃない。

 それなのに、どうして私が怒られなくちゃいけないの!

 たたかれたショックと、痛みに唇をかみしめる私を、アルフレードは強くにらみつけながら、握りしめた拳でぐいと瞼をぬぐう。

 これが私と、最後の王族。アルフレードとの出会いだった。

 今思い出してみると、本当にひどい出会い方だった。物語ではもっときれいなものなのに、私たちときたらケンカに取っ組み合いなんて。

 でも、きっとあれがあったから私は今でも彼を忘れることができない。

 あの宵闇のような髪を、そして誰よりも深く暗い場所にいるというのに、まるで頭上に輝くまぶしい陽光のような黄金の瞳を。


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