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彼方へ  作者: 春野 セイ
9/24

想い



 京介が大学から戻って来た時、俺は熱も下がり布団から起き上がっていた。


「ああ、よかった。熱は下がったのだね」

「はい。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

「よかったよ」


 京介は、俺のそばに座って微笑んだ。

 彼の笑顔が大好きだった。

 この人は、どうしてこんなに優しいのだろう。


 ドキドキしたのが知られたくなくて目をそらすと、


「どうかした?」


 と聞いてくる。俺はじれったく思いながらも、


「何でもないんです」


 とはぐらかした。

 それからすぐ、女中に夕餉ができたと呼ばれ、二人で居間に行くと、朱門が来ていた。


 朱門は、京介の大学の友人だ。彼は男らしいがっちりとした体つきで、女にもてるだろうという顔をしていた。実際、彼は女に不自由はしていないらしかった。

 だが、俺は彼が嫌いだった。

 俺の事をいつもジロジロと舐めるように見てくる。


「よお」

「こんにちは」


 俺はお辞儀をした。


「熱は下がったのか? 見かけによらず弱いんだな」


 からかい口調で言われ、俺はむっとした。


「そうだ。出かけるから、お前も一緒に行こう」

「え?」


 俺は京介の顔を見た。京介は一瞬顔をこわばらせた。


「朱門、司くんは病み上がりなんだ。ダメだよ」


 と、硬い口調で押し止めた。


「そうだな」


 朱門はにやにやしただけだった。


 二人は一体どこへ行くんだ?


 何となくもやもやした気分にさせられたが、結局行き先を告げず、食事をした後、彼らは出かけた。

 時刻は午後八時を過ぎていた。


 後になって彼らがどこへ行ったのか分かった。

 女中たちがひそひそと話していたからだ。

 二人は遊郭へ行ったのだ。


 ショックだった。

 京介が女を買いに行った。

 想像しただけで胸が悪くなる。


 俺は部屋に戻ると、枕を壁に投げつけた。

 布団にうずくまり、歯を食いしばった。

 泣くつもりはないのに、涙が溢れてくる。

 手を伸ばせば届く位置に彼はいるのに、絶対に手に入らない。

 あの優しい笑顔は自分以外にも向けられる。それが、女という生き物だと思うと、腸が煮えくりかえりそうで、どんなに欲しくても彼は手に入らない。

 それが分かっているから、辛かった。

 どうしても彼が欲しかった。



 


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