想い
京介が大学から戻って来た時、俺は熱も下がり布団から起き上がっていた。
「ああ、よかった。熱は下がったのだね」
「はい。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「よかったよ」
京介は、俺のそばに座って微笑んだ。
彼の笑顔が大好きだった。
この人は、どうしてこんなに優しいのだろう。
ドキドキしたのが知られたくなくて目をそらすと、
「どうかした?」
と聞いてくる。俺はじれったく思いながらも、
「何でもないんです」
とはぐらかした。
それからすぐ、女中に夕餉ができたと呼ばれ、二人で居間に行くと、朱門が来ていた。
朱門は、京介の大学の友人だ。彼は男らしいがっちりとした体つきで、女にもてるだろうという顔をしていた。実際、彼は女に不自由はしていないらしかった。
だが、俺は彼が嫌いだった。
俺の事をいつもジロジロと舐めるように見てくる。
「よお」
「こんにちは」
俺はお辞儀をした。
「熱は下がったのか? 見かけによらず弱いんだな」
からかい口調で言われ、俺はむっとした。
「そうだ。出かけるから、お前も一緒に行こう」
「え?」
俺は京介の顔を見た。京介は一瞬顔をこわばらせた。
「朱門、司くんは病み上がりなんだ。ダメだよ」
と、硬い口調で押し止めた。
「そうだな」
朱門はにやにやしただけだった。
二人は一体どこへ行くんだ?
何となくもやもやした気分にさせられたが、結局行き先を告げず、食事をした後、彼らは出かけた。
時刻は午後八時を過ぎていた。
後になって彼らがどこへ行ったのか分かった。
女中たちがひそひそと話していたからだ。
二人は遊郭へ行ったのだ。
ショックだった。
京介が女を買いに行った。
想像しただけで胸が悪くなる。
俺は部屋に戻ると、枕を壁に投げつけた。
布団にうずくまり、歯を食いしばった。
泣くつもりはないのに、涙が溢れてくる。
手を伸ばせば届く位置に彼はいるのに、絶対に手に入らない。
あの優しい笑顔は自分以外にも向けられる。それが、女という生き物だと思うと、腸が煮えくりかえりそうで、どんなに欲しくても彼は手に入らない。
それが分かっているから、辛かった。
どうしても彼が欲しかった。