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彼方へ  作者: 春野 セイ
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覚醒



 どれくらい眠っていたのだろう。微かに物音がした気がして目を覚ました。

 覚醒したばかりの頭は何も考えられず、体はだるい。

 疲れているんだ、と妙に納得させて、とにかく眠りたいと思った。

 それから再び眠りについて、もう一度、目を覚ますと、今度ははっきりと誰かが襖を開けたのが分かった。

 隙間風が肌を撫でた。

 俺は、ゆっくりと起き上がった。


「誰です?」


 問いかけると、その人物はスーっと襖を閉めて、部屋の中に入ってきた。

 暗闇でも分かった。紀世彦だった。


「旦那様」


 だんだん目が慣れてきて、月明かりに浮かび上がった彼の顔は青白かった。


「旦那様」


 俺はもう一度そう言った。

 すると彼は、シーっと人差し指を唇に当てた。


「そっちへ行ってもいいか?」


 俺はそばによる彼の動きをじっと見ていた。

 紀世彦は横に座った。そして、俺の肩に手を置いて顔を寄せた。


「起きられるようになったか?」

「はい。あの、俺はどれくらい眠っていたのでしょう」

「ほんの数時間さ」


 紀世彦はくすっと笑った。


「お礼を言うのが遅くなりました。助けてくれて、本当にありがとうございました」

「気にしなくていい」


 彼は目を細めた。優しいその言葉の数々に、正直言って面食らっていた。この部屋も使用人の部屋にしては立派過ぎた。


「あの、俺がこの部屋を使っていいんでしょうか」


 恐る恐る尋ねると、お前は気にするな、と彼は言った。

 時刻は何時なのか、外から差し込む月明かりから、夜である事は間違いない。

 紀世彦はじっと俺を見つめていた。


「あの、旦那様?」


 首を傾げた時、


「君は男の唇は平気か?」


 と言うなり、そっと口づけられた。

 目を見開いて、気づけば俺は息を止めていた。


「平気みたいだな」


 彼は満足そうにそう言うと、俺の布団を剥いだ。足がはだけていたので直そうとすると、紀世彦がそれを制した。


「そのままでいい」


 彼は、はだけている太ももの間へ倒れこむように頭を落とした。そのとき俺は唇を吸われた事よりも辱められた気がした。

 紀世彦は細い指先で俺の膝を撫で始めた。


「あの……」


 どういう態度を取っていいのか分からなかった。


「いいから」


 紀世彦はうれしそうに俺の両足をなぞりはじめた。


「お前の足はほっそりとしているな」


 彼の指が太股を上がってくるのを、焦って止めようとした。


「お前は黙ってわたしに体を預けてくれればいい」


 紀世彦はそう言って、俺の体をトンと突いた。

 弾みで枕に押し倒され仰向けになった俺に、跨った彼がじっと全身を眺めている。

 そして、熱い指が俺の股の間を這うをはっきりと感じた。彼は次第に夢中になっていった。

 俺は頭がぐらぐらした。


「綺麗な肌だ」


 俺は目を閉じた。心の奥で何かが弾けようとしている。喉元までせり上がってきていたが、寸前で歯を食いしばった。

 自分の体に異変が起こっている。心臓は早鐘を打っていたが、この先に何が待っているのか恐怖でいっぱいだった。


「やめて……ください」


 掠れる声で言った。これは俺の声なのか? 

 だが、紀世彦には俺の声など聞こえていない。

 俺は次第に意識を失っていった。



 目が覚めると体がずきずきしていて布団には血がついていた。

 出血したらしい。

 そして当たり前だが、昨夜の出来事は夢ではなかったのだと知らされた。

 俺は起き上がって着物を探した。布団のそばに放り出されたそれは何だか汚らしいものに思えて着る気がしなかった。だが、他に着る物もない。仕方なく腕を通した。

 部屋の中が暑苦しく、むっとしている。気分がすごく悪かった。

 口を押さえて吐き気を我慢していると、廊下から足音がした。

 俺は這いつくばって窓際に行くと、すぐさま窓を開けた。涼しい風が入ってきた。季節はもう秋を迎える準備をしている。

 女中が入ってくるかと思った、誰も入ってこなかった。代わりに、


「失礼するよ」


 と言う若い男の声がした。

 一瞬、紀世彦だろうかと身構えたが、入ってきたのは、紀世彦によく似ていた若い男だった。

 俺はその青年を見て目がちかちかした。

 襖を閉めて、彼は中に入ってくると目を細めた。


「よく眠れたかい? 疲れていたみたいだったから、挨拶を後にしたんだ」


 そう言いながら、俺の隣りに静かに座った。


「父から君が目を覚ましたと聞いてね。ああ、それよりも、大変だったね。大丈夫かい? もう、安心していいよ」


 彼がふわっと笑って言った。


「僕は雪代の息子の京介きょうすけです。どうぞ、よろしく」


 軽く頭を下げた彼を見つめて、俺は思わず喉の奥で唸った。


 ああ、どうしてだろう。

 目の前で微笑んでいる彼から目が離せなかった。

 彼は紀世彦によく似ていたが、彼ではない。

 すっきりと尖った顎、滑らかな頬にはうっすらと赤味がさし、薄くて形のよい唇。何といっても瞳が綺麗だった。


 俺は目の前にいる彼に、昨日のうちに会っていたら、俺の人生は違っていたかもしれない、そう思った。

 そして、優しい雰囲気を醸し出す彼に、一目ぼれした。


「俺…、俺の名前は佐々木司です」


 答えられたのも、しばらく見つめ合った後だった。





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