朝
朝、男の腕の中で目が覚めた。
「起きたか?」
男が俺の顔をじっと見て言った。
「はい」
俺は慌てて体を起こした。余震が止んでいる。
体の揺れを感じなくて、心からほっとした。
「君、どこか怪我をしたか?」
「え? いいえ、俺はどこも」
俺は自分の体を見た。無傷だった。男の火傷の方が重症に思われた。
「あなたの方が痛そうです」
「ああ、わたしは大丈夫」
男は穏やかに答えて、
「さあ、ここから早く去りたいものだ」
と、呟くように言った。そして、
「ねえ、君の家はどこだい?」
と聞いた。
俺の家……。
俺は言葉をなくした。長谷川の家は、もうない、と。
この惨事だ。あそこの客も主人も皆死んでいる。
俺は男に、
「俺の家はもうありません」
と答えていた。すると、男はにっこりと笑った。
「君も、ここには居たくないでしょう」
美しい顔の男は、俺の肩をぎゅっと掴んでそう言った。俺は微かに頷いた。
「じゃあ、わたしの家にいらっしゃい」
男に手を引っ張られて、俺は立ち上がった。その時、
「おい、お前ら」
と鋭い声がして、俺はびくっと体を震わせた。
軍服を着た自警団に肩を掴まれた。機関銃を持った一警官が、
「お前たちは日本人か」
と鋭く睨みつけて言った。すると、男が、
「はい、わたしは雪代紀世彦。彼は……」
「あ、佐々木司です。日本人です」
彼に合わせるようにそう答えると、自警団は何も言わずに行ってしまった。
「早くここから抜け出そう」
男が真剣な顔をして言った。俺は唇をかんで俯いた。
もう、ここには居たくない。
俺は、袂に手を突っ込んだ。紙切れは無事だった。
それをくしゃりと潰した。放り投げたら熱風に吹かれて灰になるだろうと思って捨てた。