美しい男
余震はずっと続いていた。いつ次の地震が襲ってくるのか、びくびくしながら、少しでも大きな余震がある度に体を震わせた。
熱い。
燃えるような熱さに、息をすることも出来なくなった。
このまま死ぬのだろうか。そう考えたとたん、ぞっとした。
死にたくない。
俺は何も持っていない。
何もない男だが、死ぬのは嫌だった。
池に駆け寄り、飛び交う火の粉を払うために、ざぶざぶと池の水を被った。
水というより血と泥で濁ったそれはひどい悪臭を放っていた。
俺は唇を噛み締めて、泣きながら水を被った。
周りを見ると、皆が同じ事をしていた。
片手を失った老人が、連れだろうか、もう死に絶えている妻に必死で水をかけている。しかし、彼もやがて血糊を吐いて倒れた。
俺はもう周りも見まいと思った。
助かる為に、ひたすら泥水をかぶる事に命をかけた。
夜が来ても余震は止まらなかった。
今度は、体の震えが止まらない。池の水をかぶったからだ。
昼間はあんなに熱くてたまらなかった気温も、夜になるとぐっと冷え込んで、びりびりと体が震える。
「寒い……」
今度こそ死ぬんじゃないかと思った。
「寒いのか?」
その時、背後から声をかけられて、びっくりして振り向くと、煤だらけの男が立っていた。
彼の着物はぼろぼろに焼けて、腕には火傷を負っていた。男は俺のそばにしゃがみこんで、
「寒いのか?」
ともう一度言った。
俺はその時、見知らぬ男の顔を見て、どういうわけか安堵した。
優しい目をした美しい男だった。
年恰好からして俺よりずっと年上だったが、男は、
「一緒に眠ろう。この方が温かい」
と言って、俺の肩を抱き寄せた。
体を倒して二人横になった。
彼の体が温かくて、俺はすぐに目を閉じた。こんな状態なのに、なぜか安心して眠る事ができた。