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彼方へ  作者: 春野 セイ
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あやふや




 本当に帰って来るべきだったのだろうか。

 ここまで来て思う。だが、何も言わずにここを飛び出すのは、あまりにも恩義がないではないか。

 せめて、きちんと話だけでもしたかった。

 今のようにあやふやな関係のまま、ここを飛び出す事は俺には許されない。


 屋敷の前で立ち尽くしていると、京介が飛び出してきた。


「司くんっ」

「若様…」


 俺はもう少しで泣くところだった。

 彼に嫌われたと思っていた。

 だが、京介は俺を待っていた。


「さあ、入って」


 俺は、京介の後をついて行った。


「遅かったんだね」

「申し訳ありません」

「謝らないでいいよ」


 俺の部屋に入り、蝋燭に火を灯した。

 ゆらゆらと火が揺れている。じっと黙っていた京介が、ようやく口を開いた。


「春生に会いに行ったのだね」

「はい」

「そう」


 京介は目線を落とした。


「落ち込んでいただろうか」


 淋しげに呟いて、息を吐いた。


「若様、俺のせいなんです」

「え?」


 京介が驚いて顔を上げた。


「君は何か知っているの?」


 俺は押し黙った。理由なんて言えない、と口を噛んだ。

 黙り込んだ俺を京介はじいっと見ていた。

 俺がいつまでも何も言わないから、京介はゆらゆらと揺れる蝋燭の炎をじっと見て、


「朱門はもう来ないから」


 と言った。


「えっ、なぜですか?」

「なぜって、君にひどい事を言っただろう」

「ひどい事って、あれは彼が言ったのではありません。俺が言わせたのです」

「どういう意味だい?」


 京介が怪訝そうな顔をした。


「あの方は素直な方ですから、俺みたいな男がじれったいのでしょう。朱門殿の事は苦手ですが、若様はお気になさらなくてもいいのです」

「でも、俺は決めたよ」


 京介はきっパリと言った。


「何かあったのですか?」


 少し様子がおかしい。

 京介は少し苛々して見えた。

 京介は口を噛んで俯いていたが、やがて顔を上げた。


「見合いをしたんだ」

「え?」


 いきなり何を言い出すのか。


「近いうちに彼女を紹介するから」


 京介はそれだけ言って、部屋を出て行った。

 京介が見合いをした? いつの間にだろう。一体どこの女だろう。

 眩暈がしそうなほど、動転した。

 

 京介がどこかの女と結婚する。考えただけで、吐き気がする。

 良家の長男が結婚するのは当然の事なのに、その日は当然、眠れなかった。


 女になど会いたくない。

 紹介されたら、どんな顔をすればいいのか。

 しかし、俺の気持ちなど知らず、京介と女が一緒にいるのを俺は見た。


 いつまでも戻らない春生に会いにこうと、屋敷を出て、何か買って行こうと店を覗いて歩いているところだった。

 前から歩いてくる男女を見て、俺は立ちすくんだ。

 京介の横を女が歩いてい。

 美しい女だった。

 二人は楽しそうに話をしていた。

 女は腰まである長い黒髪をたらしていて、京介が話し掛けると、笑顔で答えた。着ている着物から、良家のお嬢さんにしか見えない。

 俺は、二人に見つからないように逃げようとした。


「司くんっ」


 京介が俺に気が付いて名を呼んだ。

 俺ははっと立ち止まった。

 二人が寄ってくる。


「こんなところで会えるなんて」


 うれしそうに微笑む京介の顔を俺は見る事は出来なかった。


「京介様、こちらの方は?」


 かわいらしい声が背後でした。

 京介の後ろを女がついて来て、京介の着物の袖を軽く引いた。


「司くん、紹介するよ。彼女はね、うちのお得意先のお嬢さんで、菫さんだ」

「京介様ったら、もっときちんと紹介してください」


 菫と言う名の女が、口を膨らませた。


「京介様の許婚の春日菫です」

「菫さん、僕らはまだ」

「ひどいわ、京介様ったら、さっき私の事が好きですって言って下さったじゃありませんの?」


 甘えた女の声が、京介にまとわりついている。

 俺は居たたまれなくて、早く二人から離れたいと思った。


「司くん、顔色が悪いけど…」


 京介は、俺の方に手を伸ばそうとした。俺はその手をパンと払いのけた。


「あっ」

「あ、も、申し訳ありません」


 俺は体を引きながら、顔を上げず二人から逃げ出した。


「司くんっ」


 京介が叫んだ。すると女が、


「何ですのあの方は、礼儀の知らない人って最低ですわね」


 と言う声が聞こえた。

 俺はむしゃくしゃしたまま、河原に来ていた。

 春生に会いに行く気も失せて、ぼんやりと土手に座った。


 気分が悪かった。

 女の姿と隣りで微笑む京介にも腹が立った。


「くそっ」


 俺は、草をむしって川に投げた。

 自分が惨めで情けなかった。


 最近では、紀世彦も俺を避けるようになった。

 なぜかは知らないが、一切俺に触れようとしなくなったのだ。


 ぽちゃんと川の魚が跳ねたのを見届けて、その場を去った。




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