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彼方へ  作者: 春野 セイ
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春生の夢




 屋敷を飛び出した俺は、春生の元に来ていた。

 頭の中はぐちゃぐちゃだったが、行く所などもなく、無性に春生に会いたいと思った。

 何度も訪ねてから初めて、中へ通された。

 春生のいる部屋の前に来て呼びかけると、ふすまが静かに開いた。


「春生殿…」


 呼びかけに女の格好をした春生が俺を見て目を見開いた。


「司、その顔どうしたの?」


 春生も青白い顔をしていたのに、心配そうに言った。


「まさか、叔父貴に殴られたの?」

「違いますよ」


 俺は顔をこすった。さっき少し泣いたから目が赤いのかもしれない。

 春生は急に肩を落とすと、息をついた。


「叔父貴にばれた…。すごく怖い顔をしていた」

「春生殿…どうしてこんな事をしているのです」


 俺は京介の事を追いやるように、春生から話を聞きたかった。


「今日こそ、ちゃんと話を聞かせてください」


 春生は、観念したように、ポツリと話し出した。


「金が必要だったんだ」

「お金…ですか。何に使うのですか?」

「俺、夢があるんだ…」

「夢?」

「うん」


 きらきらとした目を輝かせて、彼は話し出した。


「俳優になりたいんだ。劇団に入って舞台に立ちたい。司は歌劇を見た事がある?」

「い、いいえ、芝居なら」

「だったら分かるでしょう。芝居もいいけど歌劇も凄いんだ。俺、母様に初めて歌劇を見に連れて行ってもらったのだけど、その時に決めたんだ。俺は、俳優になって舞台に立つって。でもそれには金がたくさん必要だった。母様に言ったら、駄目だと言われるのは分かっていたから、自分で稼ごうと思ったんだよ」

「それでこのような事をなさっているのですか」


 彼の考えがようやく見えてきた。


「では、毎日のように京介様が遊郭に通っていたのも」

「俺を説得するためさ」

「そうだったのですか…」


 京介は、別に女を買いに来ていたわけじゃなかったのだ。それだけで十分だ。


「兄様は事情を知っているから家に来いと言った。でも、俺、意地になっていたから絶対嫌だったんだ。でも、司がいるから、俺、司に会いたかったんだよ」

「春生殿……」


 春生の気持ちは痛いほど感じていた。


「春生殿、俺は……」


 俺は黙った。今の彼を傷つける事は許されない。


 俺は春生から顔をそむけて、何気なしに窓を開けた。

 すでに暗くなっており、月夜が綺麗だった。


「帰るの?」


 寂しそうに春生が言った。

 俺はどうしようか悩んだ。京介とあんな別れ方をして、俺はあそこへ帰ることができるだろうか。


「司、俺と寝てよ」


 ぽつりと春生が言った。

 俺は、静かに首を振った。


「申し訳ありません。俺は、京介様が好きなんです」


 俺ははっきりと言った。

 彼を傷つける事は分かっていたが、嘘を付くよりずっといいだろう思ったからだ。

 一瞬だが、春生が息を呑んだ。


「俺、それでもいいよ。お前が兄様を好きでも、俺、平気だよ」

「春生殿、俺もあなたが大切なんです」

「司……」


 春生が涙を流した。


「俺は、あなたの帰りをいつまでも待っていますから」


 お辞儀をしてそこを後にした。

 皆、優しい。

 俺は、甘えちゃいけない。

 いつまでもここにいてはいけないんだ。




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