撫子
次の日の朝、春生の姿は消えていた。
誰も出て行くところを見ておらず、俺は焦った。
明らかに俺のせいで出て行ったのだ。
だが、春生が出て行っても、京介は何も言わなかった。
それが俺には辛かった。
「花を買ってきたよ」
春生がいなくなって幾日か経っていた。
玄関から京介の声がした。
京介は弁護士を目指して一生懸命勉強をしている。今日は試験日でぴりぴりして出かけたのに、帰ったときには、いつもの京介に戻っていた。
玄関へ行くと、京介が俺を見て微笑んだ。
「ほら、司くん」
京介が差し出したのは淡い桃色の花だった。
「撫子というんだ」
「撫子……。小さな花ですね」
「君に似合うと思って」
「え?」
俺がびっくりすると、彼はハッとした顔をして、
「誰かに植えさせよう」
と言った。
「あ、俺が植えます」
撫子はかわいらしい花だった。
俺は庭に行き、小さな鉢を選んで花を植え替えた。
「ありがとう」
いつの間にか京介が縁側に来て、じっと見ていた。
「若様?」
俺は彼の様子が何だかおかしい事に気が付いていた。
「あの、試験はどうでしたか?」
「え? 試験?」
「今日は試験日だったのでしょう」
「ああ、試験か」
彼は何でもなさそうに答えた。
「できたよ」
上の空で答える。
俺は鉢植えに水をやり終えてから、そばに寄った。京介はどこかぼうっとしている。
「若様、何かあったのですか?」
「え? いや、何でもないよ」
笑ったが、元気がない。
「俺でよければ何でも聞きます」
「ありがとう。大丈夫だから」
彼はそう言って、ふらりとその場を離れた。
俺は悲しくなって、鉢植えを持ったままその場に立ち尽くした。




