散歩
春生は頭のいい少年だった。
結局、俺が勉強を教わる羽目になってしまった。
「春生様は頭がいいのですね。どうして、もっと勉強をなさらないのです」
「勉強なんて嫌いだって言ったろ?」
「そうは見えませんが?」
「あんたから声をかけてくれないから、無視するのはやめたんだ」
俺は呆れてしまった。
「使用人の方から声をかけれるわけないでしょう」
「司は使用人なのか?」
春生が眉をひそめたが、俺にはうまく答えられなかった。
春生は部屋に置いてある本を見て、はあっと息をついた。
「本のどこが面白いんだ」
「本にはたくさんの物語があるし、俺の知らない人もいるからです」
説明したが、彼は鼻で笑った。
「なあ、他のことをしようよ」
春生が俺の着物を引っ張った。
「駄目です。俺は若様と約束したのだから」
「約束って何だよ」
「春生様に、きちんと勉強をしてもらう事です」
「つまんないよ」
口を尖らせる春生だったが、俺がもくもくと読書にふけると、彼はポケットから煙草を取り出した。
俺は鼻をかすめる煙草の煙が嫌いだった。
「春生様はどうして煙草を吸うのです」
「ほっとけよ」
一言で片付けられた。
俺は黙り込んだ。春生は自分の言った言葉を後悔したらしく、
「ごめん。司」
と謝ってきた。俺は仕方なく息をついた。
「今度からは灰皿を用意してくださいね」
夜になって、春生が散歩に行きたいと言い出した
京介も誘ったが、彼は勉強があるから二人で行って来たらいいと言うので、俺たちは外に出た。
「涼しいな」
と春生が言った。
「そうですね。少し肌寒いですが、気持ちがいいですね」
答えると、春生がニヤニヤして俺を見た。
「何ですか?」
「司って、けっこうしゃべるんだな」
「え?」
「河原へ行こう」
手を引っ張られて、俺は躓きそうになりながら彼について行った。
彼は下駄を脱いで川の中に入った。
「ほら、お前も来い」
促されたが、俺は遠慮した。夜の川に入る気はしない。
春生は水遊びを楽しんでいる。
「冷たくて気持ちがいいよっ、司っ」
春生が手を振った。その笑顔はまるで子供のように無邪気だった。いつもの生意気そうな彼とは別人だった。
「転ばないように気をつけて」
言った拍子に彼の体がふらりとした。
「春生様っ」
俺はびっくりして着物をまくりもせず、そのまま川の中に入った。すると、春生が俺の着物をつかんだ。抱きつく格好になって、からかわれた事に気がついた。
「春生様っ」
「ごめんよ。司」
俺の首に腕を回して、春生は薄く笑った。そして、俺の首筋に軽くキスをした。
「春生様……」
「俺の事どう思う?」
「え…」
「会ったときからお前の事、気になっていた」
俺は焦って体を離した。
「駄目ですっ」
「司?」
「俺は駄目です。春生様」
俺の言葉に春生は唇を噛んで見ていた。
「帰る」
急に俺から離れて、春生は下駄をつかんだ。
俺はすぐさま彼を追いかけた。
「話を聞いてください」
「言い訳なんか聞きたくない」
「春生様……」
俺の腕を振り払い、走り去った。俺は追うことは出来なかった。
びしょ濡れのまま家に帰ると、京介がびっくりして出てきた。
「どうしたの? 着物が濡れている」
「あの、春生様は戻られましたか?」
「春生? ああ、帰ってくるなり風呂に入ったよ。今は部屋にいるはずだ」
俺はそれを聞いてほっとした。もしかしたら、またどこかに行ってしまったかと思っていた。
「春生が何かした?」
「いいえ、違います」
「そう。ならいいのだけど」
京介はほっとしたような、複雑な顔をした。
「俺、着替えてきます」
俺は浴衣を持って脱衣所へと行った。
湯に浸かると、どっと疲れた。
――俺の事どう思う?
まさしくそれは、俺が京介に抱いている本心だ。
春生は、素直に告白をしてくれたのに、ひどいことを言ってしまった。
明日、彼に会ったらきちんと謝りたい。
俺は湯船に浸かりながら、じっとそんな事を考えていた。




