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彼方へ  作者: 春野 セイ
18/24

勉強



 春生は色の白い少年だった。

 ほっそりとしていて、俺よりも少し背が低かった。だが、均等の取れた体つきをしている。

 年はひとつ下で、十五歳だと京介から聞いていた。

 京介はいつも春生の事を気にかけていた。

 春生は、廊下ですれ違うと、なぜか俺を無視する。それに気が付いた京介は決まって、


「春生の事を嫌いにならないでおくれ」


 と言った。嫌いも何も、俺は無視されることに何も感じていなかった。

 だが、京介はひどく気にしていた。


 春生が屋敷に来てから数日が過ぎた頃、部屋でいつものごとく漢字の勉強をしていると、京介が声をかけてきた。


「司くん、入ってもいいかな」

「はい」


 俺は筆を置いて顔を上げると、戸を開けて京介が入ってきた時、一緒に春生がすたすたと入って来た。

 そして、窓辺にどっかりと座った。

 おや、と俺は思った。


「勉強ははかどっているかい?」

「はい、お陰さまで」

「そう、よかった。あのね、春生が君と一緒に勉強がしたいと言うんだよ」

「え? 春生様が?」


 俺はびっくりして春生の方を見た。

 彼は外を眺めていて、顔を見ることはできなかった。


「この子はろくに学校に行っていなくてね。困っていたんだ」


 京介の話を聞きながら、これは彼の作戦だと思った。

 これを機会に仲良しになってほしいと彼は企んでいるのだ。


「分かりました」


 俺が素直に頷くと、


「ありがとう」


 とほっとしたように京介は言った。


「じゃあ、春生、司くんと大人しく勉強するのだよ」


 京介は従兄弟の少年に優しく声をかけたが、彼はうんともすんとも言わなかった。

 春生と二人きりになると、俺は横を向いている彼のそばに寄った。


「春生様、本当に俺と勉強をするつもりなのですか?」


 黙っている彼に呆れていると、


「お前忘れている」


 と春生がいきなり言った。


「え?」


 俺は一瞬きょとんとして、春生を見た。彼はすねたような顔をして俺を見ていた。


「あの、何のことですか?」

「俺を忘れたんだね。それとも俺はそんなに魅力がなかったのかな」


 急に大人びた口調で言うなり、彼は俺の足を蹴った。

 すてん、と後ろに転んだ俺を上から覆いかぶさり、羽交い絞めにした。


「なっ」


 何をするんだ、と言おうとして俺ははっとした。


「あっ」


 そのとき、遊郭の女郎の顔が重なった。


「君はあの時の」


 俺が驚いた声を出すと、春生はいたずらっ子のように笑って、俺から離れた。


「やっと思い出したな」


 そして、くすくすと笑いながら、


「さっきの顔っ」


 と言って、けらけらと笑う顔に俺はむっとしたが、相手は京介の従兄弟だと無理やり自分を納得させた。


「申し訳ありませんでした。まさか、あなただとは思わなくて」


 俺は改めて彼の顔を見直した。なるほど、よく整っている彼の顔はあのときの女に瓜二つだ。どうして気が付かなかったのか。

 じいっと見ていると、彼が見つめ返してきて思わずドキッとした。


「あ、あの時は、本当に助かりました」

「いいよ」


 春生はくすっと笑った。


「俺、あんたに会いたかった」


 春生は俺の顔をじっと見て言った。


「京介には俺から頼んだんだ」

「え?」

「お前と仲良くなりたくてここまで来たのだから」

「そ、そうですか。でも、あの時のあなたの名前は確かチュンイーでしたが」

「あれは源氏名だよ。当然だろ」

「でも、中国人の名前じゃないのですか?」


 すると、春生は急に黙り込んだ。

 触れてほしくない事だったのかもしれない。

 思いなおし、すぐに話題をそらした。


「じゃ、じゃあ、勉強をしましょう」


 俺は白々しく硯を溶きだした。

 春生は何も言わなかった。





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