勉強
春生は色の白い少年だった。
ほっそりとしていて、俺よりも少し背が低かった。だが、均等の取れた体つきをしている。
年はひとつ下で、十五歳だと京介から聞いていた。
京介はいつも春生の事を気にかけていた。
春生は、廊下ですれ違うと、なぜか俺を無視する。それに気が付いた京介は決まって、
「春生の事を嫌いにならないでおくれ」
と言った。嫌いも何も、俺は無視されることに何も感じていなかった。
だが、京介はひどく気にしていた。
春生が屋敷に来てから数日が過ぎた頃、部屋でいつものごとく漢字の勉強をしていると、京介が声をかけてきた。
「司くん、入ってもいいかな」
「はい」
俺は筆を置いて顔を上げると、戸を開けて京介が入ってきた時、一緒に春生がすたすたと入って来た。
そして、窓辺にどっかりと座った。
おや、と俺は思った。
「勉強ははかどっているかい?」
「はい、お陰さまで」
「そう、よかった。あのね、春生が君と一緒に勉強がしたいと言うんだよ」
「え? 春生様が?」
俺はびっくりして春生の方を見た。
彼は外を眺めていて、顔を見ることはできなかった。
「この子はろくに学校に行っていなくてね。困っていたんだ」
京介の話を聞きながら、これは彼の作戦だと思った。
これを機会に仲良しになってほしいと彼は企んでいるのだ。
「分かりました」
俺が素直に頷くと、
「ありがとう」
とほっとしたように京介は言った。
「じゃあ、春生、司くんと大人しく勉強するのだよ」
京介は従兄弟の少年に優しく声をかけたが、彼はうんともすんとも言わなかった。
春生と二人きりになると、俺は横を向いている彼のそばに寄った。
「春生様、本当に俺と勉強をするつもりなのですか?」
黙っている彼に呆れていると、
「お前忘れている」
と春生がいきなり言った。
「え?」
俺は一瞬きょとんとして、春生を見た。彼はすねたような顔をして俺を見ていた。
「あの、何のことですか?」
「俺を忘れたんだね。それとも俺はそんなに魅力がなかったのかな」
急に大人びた口調で言うなり、彼は俺の足を蹴った。
すてん、と後ろに転んだ俺を上から覆いかぶさり、羽交い絞めにした。
「なっ」
何をするんだ、と言おうとして俺ははっとした。
「あっ」
そのとき、遊郭の女郎の顔が重なった。
「君はあの時の」
俺が驚いた声を出すと、春生はいたずらっ子のように笑って、俺から離れた。
「やっと思い出したな」
そして、くすくすと笑いながら、
「さっきの顔っ」
と言って、けらけらと笑う顔に俺はむっとしたが、相手は京介の従兄弟だと無理やり自分を納得させた。
「申し訳ありませんでした。まさか、あなただとは思わなくて」
俺は改めて彼の顔を見直した。なるほど、よく整っている彼の顔はあのときの女に瓜二つだ。どうして気が付かなかったのか。
じいっと見ていると、彼が見つめ返してきて思わずドキッとした。
「あ、あの時は、本当に助かりました」
「いいよ」
春生はくすっと笑った。
「俺、あんたに会いたかった」
春生は俺の顔をじっと見て言った。
「京介には俺から頼んだんだ」
「え?」
「お前と仲良くなりたくてここまで来たのだから」
「そ、そうですか。でも、あの時のあなたの名前は確かチュンイーでしたが」
「あれは源氏名だよ。当然だろ」
「でも、中国人の名前じゃないのですか?」
すると、春生は急に黙り込んだ。
触れてほしくない事だったのかもしれない。
思いなおし、すぐに話題をそらした。
「じゃ、じゃあ、勉強をしましょう」
俺は白々しく硯を溶きだした。
春生は何も言わなかった。




