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彼方へ  作者: 春野 セイ
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震災



 舞台の上には畳が敷いてあり、ちゃぶ台に一人の男が座って、何やら難しい顔をしてぶつぶつと独り言を言っていた。

 そこへ、女中らしき女が駆け込んできて、その男の肩を揺さぶった。


「坊ちゃん、さっきの地震をあなた感じました? ねえ、感じました?」


 と黄色い声を張り上げた。


「だから、今こうして頭を抱えているんだろう」

「だってあなた、冷静な顔をしてらっしゃるじゃありませんか。東京の方でしたよ。あの地震。あれに気が付かない者、よほどの阿呆か寝ている奴ですね」

「お前は黙っていろ」


 男が言った。

 女中が黙り込み、次に老婆が現れた。手には位牌を持って何か唱えている。


「上様がお怒りになったのだ」

「婆様、滅相な事を言うな!」


 男が憤慨して、立ち上がった。


 どうやら、東京で体験したあの地震の芝居らしい。

 京介はちらりと俺を見たが、俺は芝居に見入った。



 劇が終わり、帰り道、京介が聞いてきた。


「どうだった? 芝居は」

「俺……忘れるところでした」

「辛い思いをさせてしまったろうか」


 芝居はあの大震災を題材にした話だった。俺は首を振った。


「いいえ、見てよかったです」

「そう、よかった」


 京介が満足そうに言った。


「また、来よう」

「はい」



 屋敷に戻ると朱門が来ていた。

 俺たちを見るなり、


「よお、楽しかったか?」


 と聞いた。


「良かったよ。朱門も来ればよかったのに」

「俺は、京劇の方が好きなんだよ。それよりさ」


 朱門は京介の耳に囁いた。

 京介の顏つきが変わる。奥歯を噛み締めてはっとした。そして、俺が近くにいることに気が付いて、顔を伏せた。

 俺には聞かれたくない内容なのだ、そう思うと腹が立った。

 俺はすぐにその場を離れた。

 二人は出て行った。

 どうせまた遊郭にでも行くのだろう。

 そう思うと、やるせなかった。



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