芝居小屋
昼過ぎに帰ってきた京介の選んだ本は、著名な作家の短編小説だった。
俺はどうしてこの本にしたのですか? と聞くと、京介は、
「ああ、僕はこの作家が好きでね。朱門とも意見が一致したし」
と言った。
俺は、にやりと笑った朱門を見て、思わず目を反らした。
だが、彼らが自分のために本を選んでくれたことに感謝した。
「どうもありがとうございました」
「『少年』は俺の好きな話だ。ぜひ、感想を聞かせてほしいね」
「朱門っ」
京介が彼をたしなめた。
俺は彼らの態度を不審に感じたが、何も言わずに頷いただけで部屋に戻った。
部屋の襖にもたれて本を開くと、漢字がいっぱいありすぎて、頭がぐらぐらした。
京介がせっかく買ってきたのだ。
きっと、感想を待っているだろう。
何が何でも読みたいと思ったが、かなりの時間はかかるだろう。
ややしてから、京介の声がした。
「司くん」
「あ、はい」
俺は返事をして戸を開けると、京介がよそ行きの着物を着ていた。
「ねえ、芝居を見に行かないか?」
「芝居?」
「ああ」
京介は嬉しそうに微笑んだ。
俺は、あまり屋敷を出ない。
出かけるのは久しぶりで、雲ひとつない青空だった。
「いい天気ですね」
「そうだね、でも夕方はだいぶ涼しくなるんだよ」
京介が言い。下駄をカタカタといわせて、俺たちは道を歩いた。
俺が珍しそうに店を覗いていると、京介が何か欲しい物があるかと聞いてきた。
俺は慌てて首を振った。
「違います。ただ、珍しかったから」
「君は、東京に居たのだろう?」
「はい」
「だったら、あっちの方が品物は多いんじゃないの?」
「東京にもいろいろありましたけど、地方には地方にしかない物があります。だから、珍しくて」
「そうか」
京介は納得したようだった。
「あの、芝居って?」
「今ね、有名な作家の戯曲が地方公演で回っているらしいんだ。本当はお父さんと行くつもりだったのだけど、ちょうど留守にしているからね。だから、君を誘ったんだ」
「俺でよかったのですか?」
「君を誘いたかったんだよ」
ふふと京介が笑った。俺は嬉しくて微笑み返した。
「大人二枚」
京介がチケットを買い、狭いけれど客入りのいい芝居小屋へ入った。
中は、ひどく暑かった。満員御礼で京介の隣りに座った俺は、肩が触れ合うたびにドキドキした。
幕が開くまで、緊張していた。
芝居を見るのは初めてだったが、それよりも恋焦がれる人が隣りに座っていると言う事を考えただけで、体の興奮が収まらない。
その時、紫色の幕がゆるゆると開いた。
「始まるね」
京介がうきうきした声を出した。俺は頷いてから、それに見入った。




