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彼方へ  作者: 春野 セイ
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故郷



 その日、京介と朱門は夜遅く帰ってきたらしい。

 俺は眠っていて知らなかったが、京介も寝坊したらしい。

 俺の方が早く起きて、彼のために朝食を持って行った。


「失礼致します」


 戸を開ける前に、深呼吸してふすまを開けた。

 すると、眠そうな顔の彼が着物に着替えていた。


「おはよう、司くん」


 京介がにこりと笑う。俺は、頭を下げて中に入り机の上に食事を置くと、部屋の中はたくさんの本でいっぱいなのに気付いた。


「本がたくさんある……」

「気に入った本があれば、貸すよ」


 京介の物を借りるだけでうれしさに胸がいっぱいになったが、すぐには喜べなかった。


「俺、漢字が読めないんです」

「じゃあ、僕が漢字を教えてあげるよ」


 その言葉に舞い上がりそうだったが、すぐに現実に戻った。彼には大学があるのだ。


「でも、若さまは勉強があるんじゃないのですか?」

「君はそんな事を気にしなくていいのだよ」


 そう言うと、立ち上がって分厚い本を持ってきた。


「これは辞典というんだ。読めない漢字はこれで調べるのだよ」

「これで……」


 俺は枕にでもなりそうなその分厚い本を手に取って中を開いた。細々とした文字がページいっぱいに詰め込まれていた。


「これを……、読むのですか?」


 戸惑うように言うと、彼は俺を励ますように、


「僕だってこの本の中身を全て知っているわけじゃないよ。ゆっくりと勉強すればいいのだから、ね」


 と言った。

 俺は、京介の優しい言葉を飲み込んで頷いた。

 その日から、京介との勉強会が始まった。

 平仮名と違って漢字は難しかったが、京介の教え方は上手だった。

 さすがにいつも面倒を見てもらえるわけではなかったが、屋敷にいても何もする事のない俺は、時間がある限り勉強した。

 つまずきながらもこつこつやっていくと、ある日、一冊の本を読むことができた。

 本を読む事がこんなに楽しいとは知らなかった。

 ふと、長谷川の事を思い出した。

 彼はいつも本を片手に持っていた。

 懐かしいあの日。

 あの、地震以来、人生は大きく変わってしまった。

 東京の人たちは今頃、どうしているのだろう。

 本を持つ俺は、遠くを眺めた。

 空はだいぶ日が落ちてうす暗くなっていた。




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