揺れ
17年前に書いた古い作品です。今、読み返すとかなり重々しく、関東大地震に関する描写等も生々しく削ろうかと思ったのですが、手書きで一生懸命書いた思い入れのある作品でしたので、改めて書き直してみました。なるべく読みやすく短くまとめて、少しずつアップしていきたいと思います。
その日はとても良い天気で、俺は神保町の本屋に向かっていた。
俺は字が読めないものだから、主人の長谷川は紙に本の名前を書き込み、
「司、遣いに行ってくれ」
と、紙切れを渡した。
「これを店の主人に見せたらいい」
「はい」
返事をして俺は店を出た。
長谷川の旅館に奉公してから二年経つ。
俺は学校に行った事がなかったので、帳簿をつけるような仕事はさせてもらえず、体を動かす仕事を命ぜられた。男手は俺一人だったので、力仕事は全部やらされた。
かなり骨が折れるが、両親に死なれ、一人で生きていかなくてはならない俺に、そんな我儘など誰も聞いてくれなかった。
主人の長谷川は無口で大人しい性格だった。彼は愛読家で、暇があれば本ばかり読んでいる。いつもなら女中に頼むのだが、今日は観光客が多く旅館の中は客でごった返していた。それで人手が足りなくて俺が行く事になった。
紙切れを懐に入れ、神保町へ向かった。店を出てから三十分位経っただろうか、時刻は昼前だったろう、ピリッとした張り詰めた空気が一瞬走った。
その途端、どかんっと大砲が落ちてきたような音がして、大きな揺れが襲った。足元がぐらぐら揺れだし、俺は立っている事も出来ず、びっくりしてしゃがんだ。
誰かが、
「地震だっ。大きいぞ」
と叫んだ。