3.平常な日常
「アーディ!」
声の方に、見知った顔があった。
確か、佐藤和人という編集者だった。彼はどこからかアーディナイスという、たった一人のIT企業を探しに来た珍しい人だ。
まあ、普通の人が私に付き合うのは不可能なんだけどね。
まず、アーディナイスは不眠症だった。眠らずに済む体質は後天的だと、余りに死に関わり過ぎたと、判っている。細菌たちの声を聞けるアーディナイスは、ひと一人の死に100兆もの声を聞くのだ。
アーディナイスの身分に関しては、謎としか言いようが無い。まず、戸籍がない厶トラという島国の出身であること。彼の島においては西暦を知る民衆がいない。そして、その島の国王によって外交官、医師、国防司令官の資格が与えられている。
医師としての資格は、国王の親族を助けたことで得たものであるし、言わばまじない師に属するものだ。しかし、厶トラの数千人の国民が頼れる医師はアーディナイスしかいない。
「和人さん、遅いですよ。」
ぷんすかである。しかし、和人はその動きに驚愕した。すぅっと、近づいてきた。人混みの中を見ているとあたかも二重写しになったかの様な感じである。
いや、衝突だろあれ!
和人の常識では、混乱が起きて然るべきなのに、起きない。
「記事にしたら、犯罪者ですからね。私は外交官ですけど、あなたは一般人なんですから…」
ゴクリと喉がなる。厶トラ国家は国連にすら加入していない。一般的には弱小国家であり、その生活レベルは未開人と言える。
しかし、アーディナイスという企業家を得たことで、明らかにその範疇を越えた。ほえほえと何にも理解してない国王の横で、音響爆弾を発射、遥か宇宙を経由して沢山の漁獲を得た。その最高高度から、地上のあらゆる国を攻撃できることを示した。
「分ってますよ。」
和人のパスポートは期間限定の外交官パスポートである。パスポート申請時に厶トラ外交官の取材と記載した所、役所に呼び出され押し付けられた。
何と言うか、早すぎる感はあるが、それだけ危機感が高いのだろう。狩漁手段に音響爆弾を使うのだから、国際的には脅威であるだろうし、勿論、国連には加入していない。
敵国条項がある不平等組織に加盟したくはないらしい。
アーディナイスは和人と合流の後、とあるホテルのヘリポートへ向った。ヘリポートの利用など簡単に下りると思えないが、専用のエレベーターに乗り、手馴れた様子である。
日常であっても、和人は聞いたことが無い。ホテルのヘリポートなど建物設計上の安全性を示す為だけの飾りだろう。実際に運用されている筈がない。
運用されてればもっとヘリを目撃しているだろうと、あれは着陸可能なマークで、地震後に当になんかできるわけが無いと。
「……あるわけ無いわな。」
アーディナイスの後に続いてヘリポートに上がった和人は、周りを見回して軽くため息を吐く。勿論、ヘリなどいなかった。
しかし、変な物がHマーク上に置かれていた。いわば江戸時代の駕籠?人が前後を担ぐあれだ。
しかし、大きいな。時代劇で良く見るのは人ひとりが乗ったら一杯に見えたが、小型の車くらいあるか。
先に、屋上に着いていたアーディナイスは、その駕籠に乗り込み、和人にチョイチョイと合図を送ってくる。特に危険とも感じ無かったので、開かれた扉から乗り込んだ。屋上のコンクリートとは板一枚を挟んだだけ、強風で飛ばされる事がないかの方が心配だ。
「心棒からぶら下がっている吊り紐をしっかり掴んでいてくださいね。」
「えぇ、まるで電車みたいですが、…」
「ふふふ、同じです」
アーディナイスは、この巨大な駕籠の窓から細い手を伸ばして何か合図を送った。
「うわぉ」
グンッ、心棒が引き上げられた。ビックリか!ビックリだよな。遅れて、床が持ち上がる。
目の前の麗しい顔は笑っていた。
光子爆弾ってγ線兵器なので魚が捕れても食べられないので、音響兵器(LRAD)に変更。ガチン漁です。