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就職アドバイザーと、防御力(中編)

 そう、それはいい考えだ。24というのは平均よりもかなり低い。これがたとえば骨の強さだったら、骨がかなり脆くて危ないということだし、腕の太さだとしたら極端に細いということだ。すなわち、玉串さんがむちゃくちゃ苦手なものと考えてみれば何を示す数字か見えてくるのではないか……。

「私、見ての通り身体が頑強なわけじゃあないですけど……。女性にしても非力なほうだと思いますし。……あ、でも、そういう体力的なこととは関係なさそうって言ってましたっけ」

「まあ、中学の時に体力テストの結果と相関は無かったですね」

「じゃあ、他に何でしょう、私が苦手なこと……」

 しかし僕は、首を横に振った。

「そのアプローチはいい考えだと言いたいところですが」

 ああなるほど、と玉串さんは頷いた。

「そんなことは昔やった、ということですね」

「はい、そうです」

 そう。さんざんやったのだ。中学生の時。群を抜いて低い数字や高い数字を出す人間をよく観察して、その人の強いもの弱いものを探す……。20を切る者や80を越える者だっていたのだ。だが結局わからなかった。

「でもですね、それを私と協力してやれば、何か見つかるかもしれませんよ」

 いやに自信ありげな顔をして、なぜなら、と言う玉串さん。

「人間を観察することにかけては私はかなり得意なほうなんです」

 その小柄な身体で胸を張った。

 まあ確かに、久しぶりにそういうのを考えてみてもいいかもしれない、と僕は少し気が変わった。

「わかりました。考えてみますか」

 玉串さんはにこりと微笑んだ。

「24、24……ですね。えーと、例えば、マスターはいくつですか?」

 僕はマスターのほうを振り向いた。マスターはコップを磨いていた。ああ、なんてバーテンらしい仕草だろう。

「マスターですか? 43ですね。普通よりやや低い、というところです」

「じゃ少なくとも年齢じゃないですね」

 そりゃそうだ。年齢だったらとっくにわかっている。それに。

「少なくとも僕の知る限り、この数字が変化することはないですよ。爺さんもそうだったと言ってました。なんていうかこれは防御力は防御力でも、生まれ持った丈夫さというか耐久力というか、素質的なものを測るものらしいです。鍛えて強くなるようなものではなく」

 才能というか、素質というか。

「なるほど。それは重要ですね」

「加えて言うと、あまり男女で差が出ないです。僕の見てきた人たちでは、ですが」

「それも重要ですよね。肉体の強さだとしても、男女の体格や筋肉の付き方の差には関連はしないということですから」

 その通りだ。だから僕も、単純な戦闘能力的なものではないだろうとは思っていた。男女でも差が出ないし、体育の成績とも相関は無かったのだから。

「今までの経験で、数字が高い人とか低い人に、どんな傾向がありましたか」

「んー、あんまり傾向が見えないんですよね。強いて言うと……いくつか入った大学のサークルの中で一個だけ、ちょっと高い人が多いなと思った時がありましたが」

「どんなサークルですか? スポーツ系ですか? だとしたら大きなヒントになるかもしれないです」

 そんな簡単なら僕だって気づいている。

「いや、残念ながらラーメンサークルで」

「らーめんさーくる? 何ですかそれ」

「ああ、その。別にそれは大学公認サークルじゃなくて。単なるラーメン好きが集まってたまに飯食いに行くくらいの集まりなんですけどね。そこに……数字高い人……って言っても、60以上ばっかりだ珍しいなって思った程度で……。というかそもそも五、六人の集まりですし」

 五、六人だと、単なる偶然の範疇だろう。

「そうですね。有意に多いとは言いがたいですね」

 しかし、玉串さんは考え始めた。

「ラーメン……。ラーメンですか。もしかして、その人たち、みんな待つのが得意だったりしませんか?」

「え?」

「ほら、ラーメン屋さんって行列ができるでしょう」

「ああ……。確かに。一時間とか並ぶこともありますね」

「ほら。つまりその数字、例えば「待つことに対する耐性」とか「長時間立ってても疲れない能力」とかである可能性はないですか?」

 なるほど。

 そういう考えは出てこなかった。あのラーメンサークルでは確かに、行列ができるラーメン屋にばかり行っていた。学生だから暇だったのもあって、僕も含めて誰も行列が苦にならなかった。

「そういえば確かに……。僕自身、その数字は68なんです。つまりわりと高い方です」

「待つのは?」

「苦になりません」

 ほら、と玉串さんは言った。

「長時間待つことに対する耐性という可能性、出てきましたね」

「へえ、確かにありますね。確かにそこは人によって差が出るところです。長時間並ぶのが嫌だから、有名なラーメン屋には行きたくないって人もいますよね。僕は全然平気なんで、待つくらいなんでもないだろって思っちゃいますけど」

 感心しながら言うと玉串さんも頷いた。

「わかります。私もわりと待つの平気なほうですから。楽しみなもののためなら待つのなんて何でもないですよ」

「へえ、いいですね。玉串さんラーメン好きですか? 今度うまいラーメン屋行きませんか? もちろん並んで」

 冗談めかして言うと玉串さんは笑った。

「いいですよ。ラーメンは辛いのじゃなければ好きです」

「ああ。ラーメン辛いのも多いですけど、辛くないラーメンもうまいのありますよ」

「ほんとですか? 今度教えて下さいね」

 ……よし、もう就活とかいいからデートを取り付けよう。

 と一瞬考え始めて、そこで気がついた。

「あれ、ダメだ」

「え? ダメですか?」

「いや、そうじゃなくて。玉串さん、24なんですよ」

「え? ……あ、そっか」

 そうだ。

 24しかない玉串さんは、待つのが苦手でなくちゃおかしい。

「待つことに対する耐性ってわけじゃないのか……」

「違いましたか……」

「すると何だろう。長時間立ってることに対する耐性……? 玉串さん、立ってるの苦手ですか?」

「え、……どうでしょう。得意とは言えませんけど……そもそも得意な人なんているんでしょうか」

「いやまあ皆好きではないですが……特に疲れやすいほうかとか」

「どうでしょう……。まったく疲れないわけではないですけど、一時間立ってるくらいなら……大丈夫な気もします」

 それなら24にはならない気がした。

「うーん、たぶん違いますね……」

「……すみません」

 頭を下げられたので慌てて首を振る。

「いやいや。もともと、これを真面目にアピールポイントにつなげようと思ってたわけじゃないんです。なんていうか、話題提供というか。履歴書も、普通に書いただけじゃ印象に残らないでしょう。少しでも採用担当の印象に残るように何か書けないかなと思って書いただけなんで。気にしないでください」

 そう。この場でだって案外話が盛り上がったのだから、それだけでも成功だ。

「でも凄い特技じゃないですか。見ただけで防御力が測れるなんて」

 彼女が真面目にとらえているのがちょっと、いやかなり意外だった。

「いや凄くはないですよ。だってわからないんですもん。何の防御力なのか。だから役に立たないですし」

「でも! だからこそ、何を測ってるのか判明させなきゃ。それがはっきりすれば、役に立つかもしれないじゃないですか」

 僕は少し彼女を見つめて、それからゆっくりと首を横に振った。

「ところがそうでもないんですよ。……これは爺さんも言ってたことですけどね。たぶんこのフォルシーク族の能力、こっちの世界じゃあんまり意味ないケースが多いです」

 え、どうしてですか、と彼女が何かショックを受けたような顔で言った。なぜショックを受けるのが彼女なのだろう。

「道具が発達してるからですよ。例えば筋力を測れる系のフォルシーク族がいたとしても、その多くは握力計を始めとした身体が発揮する力を正確に計測する機械で代替できてしまうし、体組成計でだって筋肉量を測れる。ベンチプレスみたいな、身体が耐えられる負荷を計測できる器具だってある。……爺さんがこっちの世界に来てショックを受けたのは、骨の丈夫さを測定する医療技術の存在を知った時だって言ってましたよ」

 ああ……と彼女がため息をもらした。

「爺さんの能力が無意味になったわけですからね。……もっとも、爺さんの話じゃ、骨密度と骨の丈夫さは、ほんの少し違うんだって言ってましたけどね。骨密度は大きな要因だけど、それだけじゃない。その人間の身体の使い方の癖や筋肉の性質によってもまた、骨折のしやすさしにくさは変わるんだ、とか。まあ……負け惜しみでしょうけど」

 そ、それでも、と彼女は急き込んだ。

「意味あるじゃないですか。フォルシーク族の測定のほうが目的に対しては正確です」

「100点と90点の差はそんなに大きくないんですよ」

 100点が取れるけど爺さんしか使えない方法と、90点が取れて量産が可能な機械。どっちが求められているかといえば、後者だ。

「でも、見ただけでわかるというのは大きなメリットだと思いますけど……」

 彼女は食い下がる。

「そう思うには、こっちの世界は人間が多すぎるって言ってましたよ、爺さんは。一人で皆を見きれるわけじゃないけど、機械なら量産できる」

 いけない。

 さっきから否定するようなことばかり言っている。

 僕の就職のアドバイスをしてくれようとしているのだ。それなのにこんな姿勢でどうする、と僕は思った。

「……さあ、そんな能力のことはいいじゃないですか。それより僕に向いている仕事についての話をしましょう」

 一瞬、何か言いたそうだったが、「そうですね」と玉串さんは微笑んで、話を変えてくれた。

「それじゃ……今までたくさんやってきたアルバイトの中で、何が一番性にあうなと思いました?」

「飲食ですかね……。あ、いや別に大きな理由はないんですけど。雰囲気的にコンビニとかオフィスで働くよりいいな、っていう程度で。あと僕、あんまり変な時間に働きたくないんですよ。いくら時給よくても深夜勤務とかはやりません」

 そう、そこはこだわりだった。夜間勤務のバイトもいくつかやったことはあったが、どれもすぐに耐えられなくなった。

「働く時間は大事ですもんね……」

「今思ったでしょう。大学生なのに昼間のバイトばっかりやってたんですかって」

「いえ、大学行ってなかったのはさっき聞きましたから驚きませんよ。……飲食店でのアルバイトは、長続きしたんですか?」

「長くて二ヶ月くらいですかね」

 あんまり続いてませんね、そう言われるまでもなくわかっている。

「いや実を言うと……お客の頭をジロジロ見て怒られることが何度もありましてね」

「……」

「昔から、癖になっちゃってるんですよね。頭の上に出る数字を見るのが。だからほら……つい。例えば今も……」

 僕の指差したほうには三人の女性。

 今店に入ってきた三人組の女性がいるでしょう。

「こっそり、ぽっちゃり、ド金髪、厚化粧と呼ぶことにした」

 玉串さんは小さな声で言った。

「今、心の声のほうを口に出しませんでした?」

 ……。

「ごほん。あの三人組は右から74,48,68です」

 つい見ちゃうんです、癖なんですよ。

「体重もそんな感じだな」

「いやだから心の声のほうが出てますってば」

 ……いかんいかん。

 再び咳払いをして、僕は気を取り直すように目線を天井に逃がした。

「それから、今日この店に入る時に入れ違いに出て行った年配の夫婦は旦那が64,奥さんが31だったんですよ。覚えてます。あと僕等が出会った時の合コン、覚えてます? あの時の女の子、名前は忘れましたけど、あの元気の良い子は81と凄く高かったから驚きましたよ。もう一人の眼鏡の子も高くて、73でした」

 癖なのだ。顔よりも身体よりもまず頭の上に目が行ってしまう。

「凄い。全部覚えているんですね」

「ええ……。異常ですよ。中学生の時に色んな人の数字をとにかく覚えて分析しようとしてたからでしょうね。クラス全員なんてもんじゃない、一時期は学校中の生徒三百人分くらいの数字を全部覚えてました。……結果得られたものといやあ、おかげで暗記科目が少しだけ得意になったくらいですが」

 ああ。

 能力の話はやめようと言った矢先にまた話が戻ってきてしまっている。

 きっと玉串さんのせいだ。この人にはどうもそういう人に話をさせる力がある。就活アドバイザーとしてのテクニックか。あるいは単なるキャラか。

「……やっぱり、三葉さんは知りたいんですよね、そして活かしたいんですよね、その能力を」

「呪いです。これは呪いみたいなもんです。能力なんかじゃない。数字が見える呪いです」

「呪いなんて言わないで下さい。それは祝福された能力です」

「いやあ。さすがに二十三年何もしてくれなかった能力を祝福だなんて思えませんよ」

 祝福なんてことはない。

「わかりました。三葉さんの気持ちは。その能力の正体は知りたくない。そしてそれを活かしたくもない。それが三葉さんの気持ちなんですね」

「……就職できりゃ何でもいいです」

「自分ならではの、自分にしかできない仕事をしたい、とは思わない。自分の能力を役立てたい、とは思わない」

「ええ。なにせ、何をやっても続かない、中途半端な人間ですからね。それでも拾ってくれるとこさえありゃ……」

「中学生にして能力の分析に膨大な時間を費やし、履歴書のほとんど唯一のアピールがこの能力で、そして今日のこの時間のほとんどをその能力の話に費やしておきながら、この能力はどうでもいいって言うんですね? 能力のことは綺麗に忘れて働いていくんですね?」

「……」

「そうなんですね? 答えて下さい、三葉さん」

「……」

 ああ、さすが一歳とはいえ、年上だ。

 この能力は、僕にとって祝福なんかじゃない。でも呪いでもない。ただの、僕の一部だ。

 玉串さんは、気弱な人なのだとどこかで決めつけていた。その誤りに気づく。

「すみません」

 僕は頭を下げた。

「知りたいんです。僕は自分に何ができるのか。僕が何者なのか。どんなショボい能力でも構わない。僕は僕の一部である、この能力の正体を知りたい。就職に繋がらなくても……そんなことはいいです」

 ……。何度目かの沈黙。

 顔を上げると。

 そこには、今までいたのとはまるで別人の、誰かがいた。


「私に任せて下さい。私も私の能力を使います」

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