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就職アドバイザーと、防御力(前編)

「特技が防御力を測ることって……どういう意味ですか?」


 真剣な表情でそう尋ねた彼女のその言葉は宙に浮いた感じに聞こえ、僕はちょっと笑いそうになってしまった。

 もっとも、それを書いたのはまさに僕なのだし、尋ねた彼女に何も責任はないのだが。


 *


「バーで面接なんて、初めてです」

 僕はさすがに酒を頼むのは遠慮して、オレンジジュースを頼んだ。

「面接じゃないですよ。ただの打合せです」

 自分より年下にしか見えないが、しかし流石社会人というところか、目の前の女性はグレーのスーツを着て固い雰囲気を作っている。

「すいません、こんな格好で」

 そこを行くと僕は青いジャケットに薄紫のシャツで、わりとカジュアルだ。こうして向かい合うと、どちらが就活生かわからない、なんて言ったら失礼か。

「お気になさらず、今日はただお話をしましょうっていうだけですから。……あ、飲んだって構わないですよ」

 そう言いつつ、彼女はアイスコーヒーだった。流石に僕のほうだけ酔っ払うわけにはいかない。

「ここ、行きつけなんですか?」

 そう尋ねたのは、彼女が特に飲み物を注文しなかったのにマスターがアイスコーヒーを持ってきたからだ。

「ええ。今日みたいに仕事で来ることもあれば、プライベートでも来ますよ」

「へえ……」

 僕はバーなんて来たことが無かったので少し落ち着かない。

「さて、はじめましょうか……。三葉さんがどんな仕事に向いてるか、ですね」


 *


 目の前のスーツ姿の女性は玉串加奈子。就職アドバイザー兼転職エージェント、という肩書らしかったが、とりあえず僕に対しては就職アドバイザーのほうだ。

 なにせ僕は就職に失敗し続けてもう就職浪人三年目。いい加減周りのプレッシャーもキツいし、自分でも焦っている。

 彼女は見た目は十代に見えるくらい、若い……というより幼い雰囲気だがその実、二十三歳の僕より年上らしい。正確には聞かなかったが、最初に会った時に「皆より年食っててすみません」という僕の言葉に「私のほうが上です」と消え入りそうな声で言った。……あの時の気まずさには参った。

「これ、書いてきました」

 僕はまず、持ってきた紙を彼女に渡した。彼女に書いてきてくれと言われて渡されていた履歴書だ。就職アドバイザーとしての仕事は、まずこうして顧客である僕の過去を知ることから始まるということだろう。

「あ、はい。ありがとうございます。ええと、三葉勉さん、二十三歳……と。ツトムさんと仰るんですね」

「ああ、あの合コンの時、苗字しか言わなかったですからね」

 ポリポリと頭をかく。

「大学は……あ、結構いいとこじゃないですか」

 それを言われると苦笑するしかない。

「卒業してないんです。中退です」

 つまり僕の経歴は高卒ということだ。それなのにもう二十三歳。ちょっと厳しいことは自分でも分かっている。

「学部は経済学部……中退されたのは何か理由があって?」

 やはり言わねばなるまいか。……まあ、就職のアドバイスをしてくれようというのだから当然ではある。意を決して、僕は語った。

「大学に入ってはみたものの、なんか自分のやりたいことと違うな、と入学式の日に思いまして」

「はやいです」

 彼女の素早いツッコミに、訪れる気まずい沈黙。

 僕は両手をあげて振り、違うとアピールした。

「違うんですよ。何も入学式の日に中退したわけじゃないんです。ほら書いてあるでしょう。三年通ったんです。三年間、悩みに悩んで考えに考えを重ねて、そして中退したわけなんです。けして親からの仕送りが打ち切られたからとかじゃなく」

「なるほど、打ち切られたから辞めたんですね」

「いや違うんですって。僕のやるべきことは何だろう、僕にしかできないことは何だろうとずっと考えて、自分なりに道を見つけるべく努力はしたんです。テニス、スキー、ボウリングとサークル3つ掛け持ちしてましたし、バイトもいろんなことやりました。コンビニ飲食警備員……。やらなかったことと言えば勉強くらいです。おかげで二回留年しましたが、三年目についに気づいたんです。あこれ大学行く意味ないかも、と」

「おそいです」

 さっきとは真逆の言葉でツッコミが入った。

「いやあ、そうなんですよね。親にも言われました。三年も通ったのにやめるのかって。でもまあ、四年目に気づくよりは良かったと思ってます。学費がもう一年無駄になるところでしたからね」

 彼女がそれほど呆れた顔はしていなかったのは意外だった。

「それで、三葉さん」

 なんというか、平熱な声だと思った。

「あ、勉でいいですよ」

「光葉さん」

 無視された。仕方なしに頷く。

「やめて二年、何を?」

 そう、辞めたのは二十一の時だ。二年前だ。

「バイトをしながら人生を探していました。引き続き、自分がやるべきことは何だろうと」

「……何か見えてきましたか?」

「いいえ、全然。さっぱりわからないんです。自分が何に向いているのか」

 そう。僕はこの二年……いやその前の大学時代をあわせると五年、けして遊んでばかりいたわけではなく、むしろかなりの時間を「働く」ことに使っていた(おかげで少しだけ貯金もできていたくらいだ)。仕事は転々と変えていたが、ふさわしい仕事を見つけたかったからだ。だがどれも長続きはしなかった。一生の仕事にしようと思えなかったのだ。

「そうですか……。大学で学んだことは何かヒントになりませんでしたか?」

 それも言われると、弱い。

「白状します。その大学で学んだことと言っても……実は出た授業は二つだけで……」

「二つ? え、まさか、単位を2つしか取っていないという意味じゃないですよね」

「2コマなんです、出た授業」

「……」

 ふたたび沈黙が僕らの席を支配した。

 大学は自分にとって全く意味が無い場所だった。最初の授業で教授が話し始めた瞬間に僕はそれを悟った。君たちは巨人の肩にいるだとか借りてきた言葉で話し始めたその教授は、先人たちの知恵のその先に君たちが何を積み上げるのかが大事だとか言っていたが、「ああ違うな」と僕は思ってしまった。

 念のため出てみたふたつ目の授業で、予感は確信へと変わった。その二人目の教授はあろうことか、「大学で学んだことの九割は社会じゃ役には立たない」と言ってしまった。

 それは僕が授業に自分の求めるものは無いと知った瞬間だった。今振り返れば早計だったのかもしれないが、とにかく当時の僕はそう思ってしまったのだ。

 授業に出ることは早々にやめる決心をした僕は、とにかく働いた。サークルにずっと入っていたのも、たまにそこでバイトを紹介してもらおうくらいのつもりだった。

「さすがに呆れましたよね」

 自分でもこのへんのことは話していて自己嫌悪に陥りやすいので、話す時は極力笑い飛ばすようにしている。これほど文字通りに無駄な人生を過ごしてしまった人間もなかなかいるまい。

 三年目になって親にやめると話した時に、怒られなかったのが救いだった。怒られはしなかったが呆れられはした。責められはしなかったが、学費は働きながら返せと言われた。それくらいは当然の話だ。

 玉串さんは、温度の変わらない調子で首を横に振った。

「いえ、まだです」

 まだ、ときたか。

 玉串さんの言葉は、これから呆れるかもしれないという意味にも聞こえたが、目は微笑んでいた。

「三葉さんのような人こそ、私が担当すべきなんです」

「……と言いますと」

「やるべき仕事がわからない、という人に適職を見つけるのは、私の得意技ですから」

 予想外に頼もしい言葉だった。

「マジすか」

「ええ、自分で言うのもなんですけど」

 思わず彼女の手を握ってしまいそうになり、すんでのところで止めた。なんだかろくろを回しているような手の形のまま、僕はありがとうございます、と言う。

「まかせてください。私、観察力あるほうなんですよ。自分で言うのもなんですけど」

 そう言われて見られると、「観察」をされているように思えて緊張せざるを得ない。僕は誤魔化すように「お願いします」と早口に言った。

「では次に、三葉さんの特技についてですが……」

 そう言って、目をその履歴書に落とした。

 ……そして、沈黙した。

 彼女が固まるのも無理はない。

 そこにはこう書いてあった。


 特技:人の防御力を測ること


 *


 話は僕の爺さんの話にまで遡る。

 爺さんは、いわゆる異世界人で、この世界で生まれた人間ではなかった。

 フォルシーク族。

 行ったことが無いのでイメージがわかないのだが、とにかくそういう民族がいるのだそうだ。あの「ゲート」ってやつの向こうのどこだかの世界に。

 爺さんはだいぶ昔にこちらの世界にやってきて、日本に住み着いて結婚し子供をもうけた。その子供の子供つまり孫が僕だ。

 つまり僕は異世界人の血が四分の一入ったクウォーターということになるが、まあ見た目は日本人と変わらない。爺さんは少し眼の色が薄かったり外国人っぽいが、もう年を取り過ぎていてよくわからない。

 フォルシーク族自体、この世界の人間とそう変わらないのだが、一つだけ違うところがあった。

 それが、人間の能力を「測る」特殊能力を持っていることだった。

 その世界には、戦士がたくさんいるそうだ。猛獣や敵兵と戦うための戦士。文明の発達はだいぶこちらの世界に比べれば遅れているそうで、人間が武器を取って戦う必要がまだあるのだろう。残念ながら体格的に恵まれないフォルシーク族自体には戦士は少なかったそうだが、他の種族の人類、亜人の様々な戦士がいた。

 もちろんこちらの世界の兵器による戦争と比べればその世界での戦い方は原始的なもの。肉体による格闘術か、剣や弓、槍を使っての直接戦闘。あるいは少しは魔法? みたいなものもあったそうだがよくはわからない。

 で、この戦士の能力を「測る」ことができるのが、フォルシーク族の特殊能力なのだそうだ。

 測る。能力の高さを、数値に換言するということだ。腕力。脚力。知力。魔力。素早さ、運、そういったものを、正確な数値として測ることができるという特殊能力。

 それを遺伝的に受け継いでいるのが、フォルシーク族なのじゃ、そう爺さんは言っていた。

「人間をじっと観察しておると、その頭上に数字が浮かび上がって見えるんじゃ。もちろん他の者には見えん、幻の数字じゃ。その数字は何かの能力の高さを表しておる。腕力なのか脚力なのか、あるいは他の能力なのか、それはフォルシーク族でも、人によってかわるがな」

 親父にはその能力は無かったのでうちの両親は爺ちゃんの話をあまり信じていないようだったが、僕は違った。信じざるを得なかったのだ。

 だって、数字が見えていたからだ。

 父にも、母にも。友達にも、先生にも。誰の頭の上にも数字が見えた。鏡を通して見た自分にもだ。物心つく前から人の頭のあたりにもやもやとしたものが見えていたような気はするが、はっきり数字として見えるようになったのは、幼稚園でアラビア数字を覚えたからだろう。しかしどうやらそれは両親にも友達にも見えないものらしいと理解できたのは小学校に上がってからだった。

 僕にそれが見えるとわかった時、爺さんは驚き、喜び、そして興味深そうに尋ねた。

「何を測れているんじゃろうのう」

 そう、何を測っているのか。それがわからなかった。

 つまり、見えている数字が何を表すのか。爺さんの話では、大抵は戦闘に関する能力、つまり腕力だったりとかあるいは肉体の頑強さ、素早く動ける度合い、傷が治る速さ……といったことのどれかだろう、という話だった。

 僕は胸が踊った。他の誰にも見えない数字。自分だけが見える数字。それは皆の能力を測っているものらしい。面白いじゃないか、と思った。知らないうちに皆、僕に読み取られている。誰も気づかない。僕だけが、この謎の数字で何かの「強さ」を測っている。最高だ。ワクワクした。

 しかし、中学生になってもこの数字がいったい何なのかさっぱりわからなかった。

 腕っ節の強さなどとは関係ないようだった。走る速さ、持久力、クラスの皆の体力テストの結果を見ながら考えてみたりしたが、何も関連性が見つからない。知力方面かと考えて学業成績、歌のうまさ、絵のうまさ、物覚えの速さ、暗算能力……色々観察してみたが、どれも違うようだった。

 僕は爺さんに相談した。

「わしの血筋じゃからのう……何か肉体の強さ、防御力に関わるもんじゃとは思うが」

 その時初めて聞いたのだが、爺さんが測れるのは「骨折に対する防御力」だった。攻撃されたり自分でぶつけたりした衝撃で骨折しやすいかどうか。それが数字でわかるのだそうだ。戦士が身に付ける武具を選ぶ時のアドバイスなんかをやっていたこともあったらしい。爺さんはもともと言語体系の違う異世界出身なので、アラビア数字ではなくそっちの文字で見えるらしいが。

 爺さんの父親は「筋肉の硬さ」で、爺さんの兄は「筋肉の柔軟さ」を測れていた、らしい。わかるようなわからないようなだが、ともかくなんらかの防御力を測れる家系。それがうちらしい。

 だから僕の能力も、何かの防御力に関するものだろうと爺さんは言っていた。

 だが、それ以上何もわからなかった。

 見えるのはだいたいは二桁の数字だった。三桁の数字が見えたことはない。ほとんどの人間はだいたい30から70くらいの範囲におさまっていて、それより小さいか大きい数字が見えることは稀だった。

「二桁なのは、十進法がメインの世界で育ったからじゃろう。ほれ、パーセントという概念もあるように、人間の感覚的に有効数字二桁くらいがイメージがつきやすい。それでお前の頭はだいたい0から100で表示するように勝手に調整しとるんじゃろう」

 僕はとにかく自分が見ている数字が何の防御力を示しているのか、確かめようとした。身近な人間についてこの数字と当てはまるものが何かないか、色々と調べてみた。身長体重、生年月日、血液型、好きなもの嫌いなもの特技苦手、知力体力時の運……。特に怪我のしやすさとか病気になりやすさとか、何かから身を守る能力が見て取れるような場合にはその記録をつけたりもした。誰かに起こった運の悪い出来事なんかも記録してみた。防御というからには、攻撃する人、物、あるいは現象から身を守る能力の筈だ。調べて考えて観察して問い詰めて……そうして中学卒業の頃に、こういう結論に達した。


「さっぱりわからなかったんです。結局。防御力は防御力でも、何の防御力なのか」

 僕はそう言って、笑った。

 玉串さんは、肩を少し落としたようだった。

「わからなかったんですか。残念ですねえ」

「まあ、そうですね」

「その数字、今も見えてるんですか?」

 僕は玉串さんの頭上を見やった。

「ええ、見えてますよ。玉串さんは、24ですね」

 ずっと見えている。最初から。

「え……アタリです」

「? 何がですか?」

「いや、あの、何でもないです」

 ……沈黙。

 僕ははたと手を打った。

「あ、なるほど。なんだ、年上って言っても、一つ差じゃないですか」

 僕がそう言うと、玉串さんは手をパタパタと振った。

「今のは聞かなかったことにしてください」

「年、隠したいんですか?」

 もう年上だとは言ってしまってるんだから隠す意味は無い気がするが。

「ごほん。話を戻しますよ」

 戻された。

「24というのは低いほうなんですよね、今の話でいくと。30から70くらいが普通って言ってましたから」

「ええ、低いです。結構」

 なるほど、と玉串さんが頷いた。

「ということは……私がすごく何かの防御力が低い、ということになります。ということは逆に私が何に弱いか、考えていけばわかるかもしれませんね」

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