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アイドルと二次関数(後編)

「お邪魔しますね」

 ひろみはマスターから頼んだグレープフルーツジュースを受け取って、席についた。

「はい。……あ、こっちは友達のタカオです」

「どうも、よろしくね」

 孝夫はどうも、と一言言うのがやっとだった。

「え、本物? マジで?」

「本物だよ」

 孝夫が驚くのも無理はない。孝夫は生で芸能人を見るのは初めてだった。いや、正確にはつい一週間前まで芸能人だった人間だが。

 幸広は、己の仮説――傍から見ると妄想――を証明するために、プロダクション事務所に電話をかけたらしい。事務所からはそんな妄想につきあってられるか、会わせろなんてとんでもないという対応。当然である。

 普通ならそれ以上どうしようもないが、信じられないことに、なんと水上ひろみ本人のブログにコメントを書き込んだところ本人から返答があったのだという。

 そして何がどう転んだのか、今ここにこうして水上ひろみ本人が会いに来ている。本当に本人なのか、孝夫は何度も尋ねたが、幸広もひろみも肯定するだけだった。

「あの……今日はお呼びだてさせていただき、ありがとうございます」

 幸広の声は少しうわずっていた。

「あはは。そんなかしこまらないで。私も会いたいって言ったんだし。そんな緊張しないで。日本語変だよ?」

 初めて生で見る水上ひろみは、写真で見るよりも綺麗だ、と孝夫は息を飲んでいた。一般人とは何かが違うのか、同じ空間にいて見られていると思うだけで汗が出てくる。

「あの……ど、どうして会っていただけるんですか?」

 幸広がここまで緊張しているのは珍しいと孝夫は思った。

「あはは。えっとね……一つの理由は、ここまで熱心なファンがいてくれたのが嬉しかったの。私自分で言うのも何だけど、人気なかったでしょ? 活動期間も短いし、グループの中でもどっちかっていうと引き立て役だったからさ」

 孝夫はそういえば彼女がいたのがなんというグループなのかすら知らない。確かに彼女の知名度は全くと言っていいほどない。

「私以外にも活動再開する子がいたからね、復活ライブってのもやったけど、結局あんまり人気出なかったね」

 ひろみはおかしそうに笑って、ソフトドリンクの入ったグラスに口をつける。

「二つ目の理由はもちろん、あのブログにくれたコメント」

 そこで、じっと幸広を見た。幸広は見られて緊張が高まったのか、少しうわずった声ではいと答える。

「二次関数の謎が解けました……って書いてたよね。あれ、どういう意味なのかなって」

「……はい」

 孝夫は素直に感心してしまった。ストレートに書いたのか、と。幸広は行動力と妄想癖を併せ持った稀有な人間である。

「……聞かせてよ。さっそくだけどさ。答えを」

 ひろみは、ファンでなくても一瞬で惚れてしまうような反則的に魅力的な笑みを浮かべて、挑戦するように指を幸広に向けた。

 孝夫は思わず幸広を見た。さっきの話をいったいどう説明する気なのか。突拍子もない話だし、まず何を言っているのかわからないと思われるに決まっている。果たして幸広がどう話を切り出すつもりなのか、孝夫は興味深く思っていた。

 幸広は頷いて、口を開いた。


「僕の年齢をx、あなたの年齢をyとするとy=(xー20)^2の関係が成り立ちます」


 ……。

「直球かい」

 あろうことか数式だけを口にした幸広。

 思わず、頭をはたきそうになった孝夫だったが、それより早くひろみが答えた。


「正解!」


 ……。

 孝夫は間抜けにも口を開けたままになってしまった。

「あ、もちろん僕だけでなく、誰か別の人の年齢をxとした場合には、右辺の括弧内に定数項を加えて調整する必要があります」

「ふふ、そのとおりね」

 孝夫には何を言ってるのかわからなかったが、二人は通じたらしい。

「凄いわね……。ファンで正解を答えたのはあなたが初めてよ」

「……恐縮です」

 孝夫は幸広が得意げな顔をしているか確認してみたが、逆に浮かない顔をしていた。それはひろみもわかったらしい。

「どうしたの? 元気ないなあ。……あ、もしかしてがっかりさせちゃった? 実物見たらあんまりかわいくなかった……とか?」

「……とんでもないです。この世のどんな女性よりも美しいです」

 ひろみの茶化した調子に、幸広は似合わない歯が浮く台詞をやけに真剣な表情で口にした。

「あら上手」

 ひろみの笑みに対して思い詰めた表情の幸広。そして沈黙。なんとなくこの場にいる居心地の悪さを感じて視線を漂わせる孝夫。

「……あの」

 幸広の口調は重かった。

「うん?」

 ひろみの口調は優しかった。

「あなたは、あと何年生きられるのですか?」

 ひろみは、微笑んだ。

「想像のとおりよ」

 幸広は目を閉じた。何かに耐えるように。

 水上ひろみは微笑んだ。

「十五年前。私は生まれたわ。百歳近い老いた姿でね。そしてその肉体は、急激に若返っていった」

 孝夫は口を挟む気にならなかった。どうしてか、この目の前に現れた元アイドルが、けして冗談に付き合っているわけでもなく、嘘を言っているわけでもないという気がしたからだった。

「アイドルになりたかったの。みんなに注目されたかったの。だって、生きている時間が、いえ若い時間がすごく短いって知ってしまったんだもの。みんなに覚えていて欲しいって思ったの。それとも女の子としての当たり前の夢かしら? 単に私の性格かな。うふふ。若返る間の数年はダンスのレッスンとダイエットは頑張ったわ。知ってる? アイドルの体脂肪率ってビックリするほど少ないのよ。……まあ、私の場合、若返りに使うエネルギーの消費が激しかったから、ダイエットは楽だったけど。……オーディションに受かった時は本当に嬉しかった。色々事務所と相談してね、私が25歳相当から16歳相当になるまでの期間、つまりたったの1年間の約束だけどアイドルデビューさせてもらえることになったの」

「若返りは……止められなかったんですか」

 ひろみは頷いた。

「ええ。自分ではどうしようも。……ふふっ。でも面白いわよ。急激に肌に張りが戻っていくし、胃腸の調子が良くなって骨も丈夫になっていく感覚。あ、私ね、脳は生まれた時からなかなか優秀だったの。もちろん生まれた時には記憶は何も無いんだけど、百歳から急激に若返っていくからかしら、知識の吸収力は自分で言うのもなんだけどなかなかのものだったのよ。二年くらいで成人レベルの社会常識と知識を身につけたと思う。前のアイドルやってた時期は、まわりの子達に話を合わせるのが大変だったくらい」

 幸広は頷いていた。

「生まれて二年で100歳から64歳まで若返りますからね。脳の成長……いや回復というべきでしょうか。その速度は相当なものですもんね。凄まじい知的成長が起こったのもうなずけます」

 孝夫はうなずけなかった。首をひねるしかなかった。

「最初にアイドルやってたあの一年間は夢のようだったわ。毎日が新鮮だったし、身体が若く、軽くなっていくのも楽しい。日々、肌つやが良くなる私に、周りの子達は「なんか若返ってない?」なんて冗談で言ってたのよ。ま、本当に若返ってたんだけどね」

 冗談を明るく笑うひろみと、微笑んで聞く幸広と、戸惑い顔の孝夫。

「でも、楽しい時間はあっさり過ぎて、1年でアイドル活動は休止。理由はご想像の通り。ほっとくとどんどん小さな子供になってしまうもの。……まあ、もともとはそこで引退って話だったんだけど、無理言って休止扱いにしてもらったの」

「八年したら戻れるようにですか」

 幸広の問いに、そう、と言った。

「活動再開を認めるかどうかは八年後に戻ってきたらその時判断しますよって言われたわ。私もどうなるかわからなくて不安だったけど、去年事務所を訪ねたらオッケーもらえて。当時のマネージャが出世して偉くなってたのも幸いしたわね。で、見た目が全く変わってないことをむしろネタにして、年齢設定を変えなかったら面白いんじゃないかって話になってね。「休止時からコールドスリープしてました」って設定まで作って。……ま、結局それほど大きな話題にならなかったけどね」

 くすくすと笑った。

「休んでた八年の間は……どうしてたんですか」

「うん? ご想像の通りよ」

 なるほど、と幸宏が頷いたが、孝夫はしかたなく手をあげた。

「……想像がつかないっす……」

 まーそうよね、とひろみは笑った。

「要するに、若返りきって赤ん坊に戻ってからもう一回成長し始めたのよ。そして成長も若返りと一緒で、普通の人間よりはるかに速いスピードで……しかも加速していったの。詳しくは言えないわ。国の機密情報にも関わるらしいしね。なにせ普通の人間としての生活なんて最初から無理だから、ずっと国の研究機関にいさせてもらってたのよ。私みたいな特殊な人間を扱ってるとこでね。そこで過ごしてた」

 孝夫にはかろうじて、さっき幸広が話していたのが当たっていたのだとは理解できた。

「そして去年からの一年間は知っての通り、またアイドル活動。前の時とは違って、今度はみんな、私のこと老けるのが速いって言うのよ。酷いわよねえ? まあ実際速いんだけど」

 言いながらも楽しそうだった。

「でも今度もあっという間。最初のデビュー時から辻褄のあう25歳に肉体も追いついたところで、引退。これも最初から決めてたの。事務所とね」

 都合二年間、本当にお世話になったわ、とひろみは微笑んだ。

「……で……」

 幸広は、うめくような低い声を出した。

「ここからどこまで年をとるか、よね。幸広くんが気にしているのは」

 対照的に、ひろみの声は高い。

「……はい」

「わからないわ。あと五年くらい生きられるかもしれない。それ以上は難しいんじゃないかな。そういう生物なのよ。寿命は二十年前後。老婆として生まれ、急激に若返り、赤ん坊に戻って、今度は加速的に年をとって死ぬ。今は人生の後半戦の半ば。四分の三が終わったというところかしら」

「どうしようもないんですか」

「どうにかしようとはしてるわ」

 水上ひろみは、微笑んだ。

「私がどうやって生まれたかわかる?」

「……わかりません」

「私も、「ゲート」の向こうからやってきた生物」

「……ゲートの向こう。……異世界、ですか」

 ひろみはその綺麗な指を自分の頬にあてた。

「その世界にはね、……とある、天然の墓場とでもいうべき場所があったそうなの。岩の多い窪地で、そこに何千、何万という無数の様々な動物の死体が転がっているような」

「様々な動物の……その世界の動物の死体ですか」

「いいえ。大型動物から小型動物、鳥や魚まで様々な生き物なのだけど、どうも他の世界の……たとえばこちらの世界の生き物も混じっているそうよ」

 その墓場が、私が生まれた場所なのよ、とひろみは語った。

「生きている生き物が虫ですら存在しない、ただただ無数の死体の山。その中から生えてくるように、いくつもの白い繭が出現する。手のひらサイズのものから数十メートルにおよぶようなものまで、大小様々な繭がね」

「繭?」

「ええ。かいこの繭のようなね。そしてその中に、老いた生き物が現れる」

「繭の中で……その老いた生き物は次第に若返り、そしてまた老いる」

「大型の竜だったり、狼だったり、鼠だったり虫だったりトカゲだったり色々だけれど、繭の中には、色んな生き物の若返りと成長が行われているの」

 それはまるで、とひろみは歌うように朗らかに話す。

「まるで無数に転がっている死体たちが記憶している、生きていた時の姿を呼び起こすかのように……その繭の中には老いた生き物が発生し、そして若返り、そして成長し、また老いる。生き物の一生を遡り、そして繰り返す繭」

「まるで……標本ですね」

 幸広の言葉は無神経にも聞こえたが、ひろみは微笑んで頷いた。

「ええ。それは、悲しくも「死」しか無いその場所に、大地が「生」を渇望した結果生まれた生物の記録を再現する標本なのかもしれない。あるいはそこで死んだ生き物たちの記憶がね」

「あなたは、そこで生まれたということですか?」

 頷く彼女。

「ええ。その繭の中に、「人間」のものがあった。繭は、どれも破れたりしないし中身が出てくることもないけれど、近寄って目を凝らせば中に何がいるかわかる程度には薄い。中に「人間」の老婆がいる繭があったの。それが私。あの世界に赴いたこちらの世界の研究チームがそれを見つけて持ち帰ったの」

 なんてことをするんだ、と孝夫は呟いた。

「そして繭を開けたんですか? 信じられない。なぜ開けたんだ」

 ひろみは首を振った。

「事故だったそうよ。繭を運ぶのに使った輸送車の振動で、繭が破れてしまったのですって。そして破れた繭からは私が「誕生」したってわけ」

「事故って……そんな」

 くすり、と笑う繭から生まれた女。

「ええ。危ないわよね。繭の中でなくちゃ生きていけないような生物だったら大変。そうじゃないことがわかったのはラッキー。聞いたところでは、研究チームはまたあちらに行って、少しずつ他の繭も開けてみることも計画しているみたい。まあ、私には関係ないことだけれど」

「繭から出されたあなたは?」

「ええ。研究チームは繭から出してしまったら長くないと危惧したそうよ。栄養の摂取できる羊水のような液体で満たされていた繭から出してしまったことで衰弱し始めたし。でも点滴で栄養を与えるうちに回復し、そして徐々に若返っていった。同時に、言葉を覚え日本人としての知識を急速に身につけていった。その研究チームが日本人中心だったからね。そして、私は自分が特異な人間で、残された時間が短いこともすぐに理解した。アイドルになったのは、自分が生きている時間をどう使おうか色々考えた末の結論の一つよ」

 幸広は、言った。

「良かったです。貴女がその選択をしてくれて」

 ありがとう、と水上ひろみは微笑んだ。

「それで……「どうにかしようとしている」とは?」

 うん、と頷いてまた水上ひろみはソフトドリンクを飲んだ。

「私のオリジナルを……復活させようと思ってるの」

「え……どういう意味です? オリジナルって」

 意味がわからなかったので、孝夫は素直に聞き返す。

「繭がもしも死体から生前の姿を再現するものだとしたら、あの異世界の墓場には、私のオリジナルがいたはずなのよ。あの死体の山の中に……あの世界に渡り、死んだ、人間の女性がいるということ」

 な、と孝夫は再び呻いた。

「まさかその死体を掘り起こそうとでも……」

 あはは、とひろみは笑った。

「違うわ。きっともう朽ちてしまっているでしょうし」

 じゃあ、と孝夫はもうひとつの考えを口にする。

「身元を……その異世界で死んだ人間の身元を探ろうっていうんですか? 身元を調べて、もし子孫がいたら、それがオリジナルの血を引いているとか、そういう……」

 またひろみは口に手をあてて笑った。

「それも違うわ。まず無数にいる行方不明者のその後を全部洗うなんてできっこないし、その親戚を見つけたとしてもそれは本人じゃないもの」

 すると今度は幸広が口を開いた。

「あなたの遺伝子……ですか」

 ひろみはさすがねと微笑んだ。

「私のもとになった人間。その女性。名前もどこの世界の人かもわからないけれど、その人の遺伝子は、確かに私に宿っている」

「遺伝子……」

「ええ。繭が再現する生物は、言ってみればクローンみたいなもの。ただ、ちょっとだけ異なる特殊なコピー。ほぼオリジナルの生物と変わらない遺伝子を持っているけれど、加齢に関わる部分だけが異なる……というようなことらしいわ」

 研究所の人の受け売りだけど、と彼女は笑った。

「……それを解析しようとしているんですね」

 幸広の言葉に、今度はひろみは首を横に振った。

「いいえ。既に解析は終わっているの。そして解析結果から、私の身体の元になった、オリジナルの遺伝子も復元できた。加齢に関する部分を正常に戻した「人間」の遺伝子が」

「……まさか」

 水上ひろみは、お腹に手をあてた。

 孝夫は息を飲んだ。

 彼女は、静かに口にした。


「私は私の「オリジナル」を生むつもりなのよ。……数日前、着床に成功したの」


「……そんな……そんなことが」

「できるのよ。やってみせるわ。……今から九ヶ月くらい? 私の身体が三十五になる手前だから……ギリギリ高年齢出産にはならないかしら?」


 くすくすと。彼女はいたずらっぽく笑ったのだった。


 *


「あれから三年か……」

 幸広と孝夫。二人は28歳になっていた。あれからも変わらず、このバーで時折二人で飲む習慣は続いている。

「へえ、私知らなかったです! そんな不思議な繭が生まれる世界があるなんて」

 二人の向かい合うテーブル席には、最近設置された、今日も笑顔を見せる「看板娘」。

「ユナちゃん、信じたのか? 純真だな」

 孝夫は笑った。

「え、今のお話、嘘なんですか……?」

 幸広はぐいとウイスキーの水割りを口に流し込み、ユナの不安そうな声に答えた。

「本当にあったことだよ」

「ああ。あの晩の出来事自体はな。俺だってその場にいたんだからな。あの時現れたのが間違いなく水上ひろみ本人だってのも認めるよ。……でもなぁ、あの時した話が本当かどうかは別だ。若返りも急成長も。その異世界の繭の話も。いくらなんでもな……」

「えぇ、だってその水上ひろみさん本人が話してらっしゃったんですよね?」

「たぶん、幸広の妄想にノッてくれたんだと思うよ。あの人、頭のいい人だからさ。咄嗟にあれだけの作り話ができるのは凄いよ」

「妄想って……そうなんですか? 幸広さん」

 端末の画面からユナにそう尋ねられ、幸広は複雑な笑顔を浮かべた。

「妄想じゃないと僕は思っているけど、それを証明することはできない。僕はその異世界に行ったことも、その繭や若返る様子を目にしたこともないからね。どう思うかはユナくんの自由だ」

 そう言われて返答に困るユナ。孝夫はぶらぶらとグラスを振った。

「水上ひろみというアイドルは、16歳でデビューしたと思ったら1年間で活動休止。8年間、何があったかはわからないが、24歳で再び活動再開し、その1年後に引退。事実はこれだけだ」

 そしてグラスを空にした。今日はだいぶ酔っている。

「でも写真やライブでのお姿の件は……」

「女の顔なんて化粧のしかた照明のあてかたで全然印象が変わるさ。実際、あの晩、生で見た水上ひろみはもうものっすごい綺麗でさ、25と言われりゃ25だが16と言われてもちょっと大人っぽいなと思うだけで別に疑わないよ。美人ってなあ、そもそも年がわからねえからな」

「そうなんですかぁ? 私何歳に見えます?」

 ユナが端末の画面の中で自分を指差してきく。

「え、18歳くらい?」

「3ヶ月です」

「うわ、幼女じゃん」

「あはは」

 笑いあうユナと孝夫。ふと幸広がずっと黙っていることに気がついた。

「どうしたんですか、幸広さん」

 幸広が立ち上がった。

 その目は見開かれ……目線はたった今店の入口の扉を開けて入ってきた女性に注がれている。

 ユナと孝夫もそれに気がついた。このバーの客には珍しい、既に六十を過ぎようかという女性の一人客だった。

 いや、一人ではなかった。後からちょこちょことついてくる。

 白髪の目立つその女性はしずかに歩いてくると、マスターに、お茶をもらえるかしら、と言った。

 そして。店の奥を向いて。


「こんにちは」


 立ったまま自分のほうを見ている幸広に、微笑んだ。


「貴女は……」


 一言目でつまる幸広。

「え……ま、まさか」

 はじかれたように立ち上がる孝夫。

「え、お知り合い……ですか?」

 端末からユナ。


「三年ぶりですね」


 幸広の言葉に、女性はただ上品に微笑んだ。


「本当。久しぶりね。幸広くんと、孝夫くん。二人は変わらないわね」


 孝夫はただただ目を見開いていた。

「……その……子は……」

 うしろからとてとてとついてきていたその小さな女の子は、女性の後ろに隠れた。

 女性は微笑んでその小さな身体を抱き上げる。


「もう二歳よ。小さな子供を連れてくるような場所じゃないってわかってるけれどね。私があなたたちに会えるうちに紹介したくて。連れて来ちゃった」


 その皺の刻まれた顔で嬉しそうに微笑む彼女の笑顔は……綺麗だった。

「おめでとうございます」

 幸広が女性に礼をし、そしてその腕に抱えられた少女に一礼した。

「……初めまして。幸広です」

「ほら、ママのお友達の、幸広さんよ。ご挨拶なさい」

 女の子は、くりっとした目を向けた。

 自分を見て頬に涙を一筋垂らしている男に。


「こんにちあ。ゆりかです」

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