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〇九 女の子の手料理を

 おっぱいの大きな女はあたまのネジがゆるいなどというが、それはアンナにはあてはまらない。

 平野はふたりで会話しながらピクニックにでも来たかのように歩き、薬草の自生地へ近づくにしたがって、木々が増え狭まってくる視界のなか、足元や木々の傷に注意して、野生の動物とそのあたりを住処にしているゴブリンなどと避けながら距離を進むことができた。

 戦士や傭兵は戦ってからさてどうするかというものだが、狩人は戦わないことを前提とした職種だ。場の情報を読み取って無用な危険は避ける。欲しい獲物の生活範囲に罠を仕掛け、生け捕りにするか、さもなくば足止めしたところを弓で仕留める。逆に言えば、戦闘になった時点でその狩人は三流だろう。

 その点からすればアンナはまちがいなく優秀な狩人だ。

 しかもおっぱいが大きい。

 地面を調べるためには、立ったり屈んだりすることが必要になる。そのあいだ、すべての神経をそちらに集中させるから、やわらかなる果実は完全にフリースタイルだ。つまり眺め放題ということになる。

 あまりにも真剣だから、ちょっとおっぱい触っても気づかれないんじゃないかと思うぐらいだが、実際に触ったら大変なことになるので視姦だけに収めておく。


「このあたりなら動物はこないと思うよ。そろそろ野営の支度をしておかないと、暗くなっちゃうね」

「火はおれがつくるから、アンナは食事と寝床の支度をしてもらっていいか?」

「うん。まかせて。あは……なんか、こういうの恥ずかしいな。仕事はまかせろ、家のことはやってくれなんて、夫婦みたい」


 なんだそれ。狙ってるなら襲うぞコラ。

 おれのなかの悪魔がささやく。バレやしねえよ、ここは森のなかだ。悲鳴なんて誰にも聞こえるわけがねえ、と。

 おれのなかの天使がささやく。やめるのです。がっつり好感を得てむこうから誘わせるぐらいじゃないと、のちのち面倒になりますよ、と。

 おれのなかには悪党と小悪党しかいなかった。




「『火口(ティンダー)』」


 枯葉に点火すると、すぐに細枝へ燃え移った。火が薪木を舐め尽くして焚き火が安定する。

 鍋に水としじみ、それに野菜と細かく砕いたパンを入れて火にかけた。


「わあ……魔術って便利だなぁ」

「さすがに木と木を擦りあわせてってほど原始的じゃなくても、火打石と打金でやるのは手間もかかるし慣れが必要だからねえ」


 火口箱を取りだそうとしていたアンナは、あっという間に点いた火に感動しているようだった。


「そういやアンナは魔術って使えないの?」

「うーん……使えればいいんだけどねぇ」苦笑しながらアンナは言う。「古代魔術は先天的なものだから」


 それはおかしい。

 だとすると、あきらかにこっちの血筋と関係のないおれに、古代魔術師の血が入っていることになる。

 鍋をかき混ぜながら考えるが答えはでない。


「それじゃあ神聖魔術か精霊魔術か。狩人だから精霊魔術のほうが適正があるのかな?」

「だといいなぁ。エルフ族みたいに森のなかで暮らしていたら、目覚めも早いのかも」


 ああ、そうか。

 使えるようになっても、若いうちじゃなければ生かすことは難しい。

 ジジイババアになってから目覚めたとして、それを成長させる機会はまずない。


「まあ、あったら便利って程度で必須ってわけじゃないからね」

「でも多くの荷物を、杖にまとめられるのはうらやましいなあ」

「そういう時は、魔術師を相棒にすればいい」

「魔術師は人気で、どこでも取り合いだから難しいよ。それともタツオくんがなってくれる?」

「アイナのパートナーなら、よろこんで」

「あははっ、冗談でもありがとう」


 思考時間ゼロで反射的に答えられたのは、たゆまぬ妄想のおかげだろう。

 しかし、それをくすくす笑いながらアイナは、冗談としてとらえたようだ。

 あまりに反応が鋭すぎたのが敗因だろうか。兵は拙速を尊び、迅速はましてや優れる。しかし、早いことがイコール最良とは限らない。とくに男は。

 今回はたまたまそういうケースだったのだ。

 鍋をかき混ぜる手に、パンが溶けてもったりとした感触が出てきた。


「そろそろシチューも煮えたかな」


 できれば山羊の乳かチーズを入れて、ニューイングランド風シーフードチャウダーにでも仕上げたかったがこれでも十分だ。

 スプーンで掬って味見した。しじみと野菜から出た旨みが十分に出ている。ガリガリと岩塩を魔術剣で削り入れ、もう一度味見すると、それなりにうまく仕上がった。

 これに焚き火で炙ったパンを合わせれば、野宿の食事としては十分だろう。


「できたよ。器とってくれ」

「はーい。タツオくんって料理もできるんだね」

「そうたいしたもんじゃないけど、素人料理ぐらいはね」

「わたしから見れば立派だけどなあ」

「アンナはあんまり料理しないの?」

「できないってわけじゃないんだよ。でも代わり映えしない豆のスープとかが多いかな?」

「なら、こんどはアンナの手料理も食べさせてよ」

「えー。タツオくんのほうが料理上手だし、これのあとに出すのはつらいよー」

「そういうのはアンナがつくってくれたってことが重要なんだ」

「もうっ。それって暗にわたしが料理下手って言ってない?」

「そんなこと思ってないって。それに下手かどうかは食べないとわからないなぁ」

「……しょうがないなぁ。こんど、ね?」

「よし。アンナの手料理が食べられるなんてうれしいなぁ!」

「あっ、そんな期待しちゃやだよっ。大したことないんだから!」


 上手下手など二の次、三の次だ。これに託けてアンナの部屋へ入るという口実ができただけで十分だ。

 ……まあきっと、たぶん、あの居酒屋の厨房でつくるんだろうけど。万が一という期待は持っておく。


 ひとり暮らしでニートをしていれば、どうやったってケチって自炊ぐらいは覚える。

 そしてコツコツ貯めた金を趣味につかったりネトゲやスマホゲーに課金したりするものだ。

 もっとも火力調節のできるコンロや、電子レンジが使えない分、つきっきりで見ていなければならないというのは、かなり面倒くさい。好んでやりたくはないものだ。

 ふたりぶんのシチューとパンを木の器へ注いだ。湯気と香りが夜の闇に白く立ち昇る。

 囲んだ焚き火のむこうで、とろみのついたシチューを、くるくるとスプーンでかき混ぜるアンナは、すこし子どもっぽく見えた。その目はどんな味がするのだろうと、口よりも表情よりも語っている。


「じゃあ冷めないうちに食べますか。いただきます」

「はーい。大地の神様、今日も糧をありがとうございます」


 おれが知っているキリスト教系の食事の前の祈りより、だいぶ簡略だが、祈りを捧げる行為をしているのだから十分なのだろう。

 カリカリに焼けたパンをシチューに浸して口に頬張ると、アンナの表情が輝いた。


「あ、おいしい! あーもうやだなー。わたしの料理なんて、ほんとうに期待しちゃいやだからね?」

「わかった。期待しないでおく」

「もう、素直すぎるよ。ちょっと練習しようかなあ」

「いやー、アンナ大先生の料理が食べられるなんて、楽しみで眠れないかも!」

「タツオくんってば、いじわるだぁ……」

「ははは、ごめんって。アンナがかわいいから、からかいたくなって」

「子どもみたいなこと言って。女の子にはやさしくしないとモテないよ?」

「それは困る。こころに留めておこう」

「絶対だよ?」


 まさしく、いまのおれは小学生のガキ同然だった。

 テンションが上がり過ぎて、傍から見ていたらこれほど気持ちわるい奴もいないだろう。

 というよりは、女の子とふたりきりでしかも近くで寝泊まりするということで緊張しきっていた。

 店でのやりとりなら、まだ事務的な対応をするから冷静でいられる。しかしこれは仕事と言えどプライベートを共有しているに近い。

 ニート生活で下がった対人スキルは、変にテンパるという形で表れていた。


 食事も終えて、あとはほとんどすることがなかった。薪を集めたついでに薪から箸を削りだすと、やり残したこともなくなった。

 空を見上げると、満点の星が輝いている。

 ちょっと沈黙を挟んで、女の子とふたりで空を見上げるというロマンチックなシチュエーションのせいか、いまになって、無駄に回っていた口がぴったり閉じていた。なにかをしゃべらないといけないということはない。しかし沈黙を楽しむには、ほとんど初対面のようなものだから難しい。

 どぎまぎしながら、深呼吸をして何度か落ち着こうとする。


「……そろそろ休もうか」

「そうですね。あしたもだいぶ歩きますから。先に眠っててください。火の番と警戒しておきますから」


 この世界の野宿だと、野生の動物をあいてにするからそういうこともしなくちゃいけないのか。


「わかった。二時間ぐらいしたら起こしてくれ」

「はい。おやすみなさい、タツオくん」

「よろしくね。おやすみ、アンナ」


 歩きどおしで疲れていたのか、眠気はすぐにやってきた。

 二時間後に起きて、火の番と警戒をするのは、アンナの寝顔を眺めながらだと辛くなかった。

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