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〇六 異世界、居酒屋の白ワインとチーズ

 冒険者ギルドにもどりハートの美人さんに受領証を預け、背を振り向いた瞬間にきっちりガン見しておいた。

 安産型というほど大きくはないはずなのに、丸みを描くハート形は、たしかに自慢するに足りる。

 堪能してから冒険者ギルドを出ると、さすがにもう空が暗かった。

 ちょいと夜の町でもぶらつこうかなーとして、ふと、似たような感覚があたまに浮かんだ。


「……初日からハリキリ過ぎじゃねえか、おれ」


 これはダメなパターンだと気づく。

 夏休みの宿題を初日にバリバリがんばったがあとに続かず、結局、八月三一日に徹夜するあれだ。

 はじめにがんばることは重要じゃない。まいにちコツコツやることが重要なのだ。

 最初にやったとき余裕ぶっこいて、反動でなにもしなくなるのは非常にまずい。

 さすがにもう一度、引きこもって自慰中毒で非公式世界記録に挑むクソニートを再現するのは厳しい。

 かつては週刊少年誌のお色気枠マンガ収集家として、ハレンチピンクの脳細胞と呼ばれたおれでも、それがまずいことはわかる。

 テクノブレイカーとして死に、それを哀れと転生させてもらって、もう一回テクノブレイクしましたでは申し訳が立たない。


「危ないところだった。……あしたからは、もうちょっとクールダウンしていこう」


 とりあえずにぎやかに盛り上がる酒場へ飛びこんだ。

 先ほど飲んだ薄めたワインで、すっかり酒が恋しくなっていた。

 傷だらけのテーブルで男たちが、ちいさな樽に取っ手をつけたようなジョッキで盛り上がっている。

 それを給仕するのは、すこし胸元の開いた服を身にまとう妙齢の娘たちだ。

 かなりぴったりとした薄手の上着が、身体のラインを露わにしている。

 男たちから歓声とチップをたっぷりもらっているのは、かなりドーンと派手なおっぱいをした情熱的にうねる長い赤毛の娘さんだ。

 メイクはすこし濃いめで派手に見えるが、妄想による疑似透視能力を獲得した曇り眼(クレヤボンス)は、素顔は意外とかわいい系と解析している。


「いらっしゃい。ひとり?」

「うん。ひとり席を頼むよ」


 その赤毛ちゃんが、カウンター席まで案内してくれた。その奥に立つ立派な髭のマスターは、どちらかといえば副業で山賊をしていそうな面構えをしていた。

 開かれた口から出る声は、やはり酒に灼けてザラついている。


「注文は?」

「冷えた酒ってあります?」

「白葡萄酒なら井戸水で冷えている」

「ならそれと、食べあわせにおすすめのものってなんでしょう」

「チーズとハムならすぐに出せる」

「ならそれと果物をひとつください。丸のままでいいので」

「わかった。ちょっと待っていろ」


 マスターが奥に引っこむのを見てため息を吐く。

 完全に失敗した。カウンター席だとおっぱいの子に給仕してもらえない。

 今日はあきらめ、頬杖をついてから数分でマスターがやってきた。木皿にはチーズとハムの盛り合わせが乗っている。

 白ワインはやはり木のジョッキになみなみと入っていた。ハーフボトルぐらいありそうだ。

 持ってきてくれた果実は、よく熟れた洋梨だった。


「はいよ」

「ありがとう」


 フォークやナイフといったものはない。手づかみで食べるのが流儀のようだ。木片でも見繕って箸を削っておこう。


「さてと、なにから行くか」


 まずは白ワインで口を湿らせた。冷えているせいか、驚くほどするりと入った。ちょっと酸味は強いが甘みもあるし、なかなかうまい。


「これは定番だよな」


 チーズを手に取ると、しっとりと柔らかい。一口齧ると独特の匂いがあった。山羊のチーズだ。

 だがその匂いに慣れれば、しょっぱさ、酸っぱさ、コクと甘みが病みつきになりそうだ。口のなかがチーズの香気で満たされたところを、白ワインで洗い流すのがたまらなくいい。

 つぎにハムを手に取る。うすく削られているが、つやつやとした赤みがどこかエロい。まぎれもなく生ハムだ。噛み千切ると、強い塩味にねっとりとした食感が舌と歯にまとわりつく。これも白ワインで流しこむのがうまい。

 しかし、いかにも塩分の取り過ぎになりそうな味だ。それを中和するために、魔術剣で洋梨をつるりと剥いた。

 なかなか切れ味のいい剣だ。

 洋梨を等分して一片口に入れると、とろりと甘酸っぱい。これを生ハムで巻いて口にする。甘い果実に生ハムを合わせるのは、酢豚パインみたいでいやだとい人もいるが、おれは好きだ。

 その三点で白ワインを飲んでいると、あっという間に減っていった。とくに誰と話すわけでもなく、淡々と食べていればどうしても早くなる。かといって、白ワインをジョッキ一杯飲んで追加というのは無理だ。

 あたまも痺れてきている。

 しかし腹は満たされていない。つまみはしたが、食いものらしいものは食っていなかった。


「なにか腹にたまるものはないか?」

「そばの粥ぐらいだな」

「ああ、いいねえ。それを頼むよ」


 作り置きだったのかすぐに出てきた。フランスではガレットとかで粉にして食うが、ロシアとかだとこうして粥にも使う。

 しかし、そばがあったのはよかった。醤油があるかどうかわからないからそば切りで食うのはともかく、和食の片鱗でも味わえるのはありがたい。

 そば粥を木のスプーンで掬って口にすると、ぷちぷちと実の弾ける食感がいい。味付けはいっしょに入っている細かく刻んだ野菜と塩ぐらいのものだが、酔った体にはそれがうれしい。そばの香りもするし、あたたかいのが腹にするする落ちていくのがたまらない。

 あっという間に食べ終えると、芯のほうまで痺れていたあたまはいくらかマシになった。

 最後にチーズと洋梨を合わせてデザート代わりに口へ運んで、席を立つ。


「うまかった。ごちそうさま。いくらになります?」

「二〇銅貨でいい」

「ひいふうみい……はい、ちょうど」

「たしかに。また寄ってくれ」

「ああ。今度は、そばの実を粉にして、練って麺にしたのでも食わせてくれ」

「考えておくが、面倒くせえ注文をつけやがる」

「故郷の食いかたでねえ。頼むよ。それじゃあ」

「あい、まいどぉ」


 店を出ると、火照った体に夜風が心地よい。


「……しかしなんだなあ。たまにならいいが、こういう素朴な食事が毎日続くのかなあ」


 あくまでも中世風味であることをこころから望む。文明なんかがほんとうにそのレベルだと、食生活から堪えられなくなりそうだ。

 酔い覚ましに歩いて、適当な宿を見つけて入りこんだ。

 高いのか安いのかわからないが、ちょっと太ったおばちゃんの愛想がよかった。

 メシは食べてきたから、素泊まりで一泊、さっそく部屋に案内してもらった。

 ちいさな部屋の三分の一は、ベッドで占められていた。


「……まあいいや。脱いで寝ちまおう」


 あちこち触ってようやく鎧と服を脱ぐと、ベッドに横になった。シーツの下からごわついた感触がした。捲ってみると藁が敷き詰められている。


「うそ……じゃないよなあ」


 藁のベッドというのは一度やってみたかったが、このタイミングでなくてもよかっただろうに。

 文明のレベルを考えて、暗くなりそうな意識は、その前に酔いと眠気に沈んでいった。


 それから十分後に目を覚まして、ちょいとすっきりしてから寝なおした。

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