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〇五 ポーガ邸のかわいいアイラ

 予想どおり、ポーガ邸は富裕層の住む区画にあった。

 一般市民でもペットは飼えるだろうが、わざわざ冒険者ギルドに依頼するほど手間のかかる動物には手を出さないだろう。

 門の前には小僧や警備兵こそいないが、玄関口までは十メートル以上も距離があった。庭には花壇があり、奥様なり召使いが手を入れているのだろう。鮮やかな多年草が咲いている。

 大声を出して屋内の人を呼ぶというのは考えがたい。

 よく見てみると、門の脇に引っ張る仕掛けらしきものがあった。手で持って引けば、家のなかから重たそうな鐘の音が響く。

 数十秒ほどじっとしている必要があったが、重厚そうな扉が開き、あたまを白髪でまだらにした老執事がやってきた。


「お待たせして申し訳ありません。どちらさまでしょうか?」

「冒険者ギルドのほうから、散歩の依頼でやってきました。最上達雄と言います。達雄が名前です」

「ああ、それはよかった。わたくしはポーガ家で執事をさせていただいておりますレトニと申します。それではモガミさま、失礼ですが筋力のほどは……」

「一応、Aは」

「それは頼もしいですね。もうしばらくお待ちください。いま連れてまいりますので」

「わかりました。散歩道などは?」

「ペットのほうが覚えておりますので、ものや人に襲い掛からないように制していただければ十分です」

「了解しました。引き止めてしまいすみません」

「いえ、それでは連れてまいりますね」


 老執事が扉の奥に消えて行ってから、五分ほど経っただろうか。

 それこそ門を飛び越えかねない勢いで出てきたのは、ちょっとサイズをまちがえたような犬だった。

 グレートデーンやセントバーナードといった大型犬が中型に見えるほどで、顎を開けば人のあたまぐらいまるまる入りそうだ。

 毛並みは短く、耳は垂れている。焦げ茶と黒と白の三色がきっぱりと別れていて、愛嬌のある柄だ。

 かんたんに言えば、三倍近くあるハリアに近い。

 その三倍ハリアは門を超えるギリギリで静止して、はふはふと息をしながら尻尾をぶんぶん振りまわしている。

 散歩に行くのが待ち遠しくて仕方がないといった様子で、おれのことを見上げていた。

 バカっぽい顔つきではないが、中身は犬っころだ。

 それを追いかけるようにして、老執事が荷物を手に小走りでやってきた。荷物は布のバッグにまとめられている。


「お待たせしてすみません。少々手間取りまして」

「いえ。それより……大きいですね」

「はい。これでまだ一年弱の成長期なのですよ」

「うわあ。それじゃあ将来的には……」

「もしかしたら、専用の散歩人を雇い入れたほうがいいかもしれませんね」


 もしおれがそうなってちょくちょくポーガ邸にきて、中まで入りこみ、娘さんなどと仲良くなり結婚まで行けば左団扇という可能性もある。この依頼はこんどから独占しよう。

 わんわん楽しそうに吠える三倍ハリアを見て苦笑しながら、老執事は手荷物を渡してきた。

 受け取ると、ちょいとずっしりした手応えがあった。


「町の通行税と外で遊ぶ用の玩具、それとおやつなどが入っています」

「わかりました。一時間から二時間ほど連れまわされてきますよ」

「ええ。お願いします。なにせやんちゃ盛りでして。アイラ、散歩だよ」


 そういうと三倍ハリア――アイラの首輪にリードを取りつけ、老執事はおれに預けた。

 はじめて出会うおれに対する警戒心はすこしあるものの、散歩の喜びが勝ったのか、それとも知らない人に散歩されるのに慣れているのか、リードを握られるまでに逃げるわけでもなく待っていた。

 会釈をしてから手荷物を左手に下げ、右手でリードを握って歩き出した。

 アイラは最初はゆっくり歩いていたものの、次第に速くなりだした。見覚えのある道に出ると見えてきた、香ばしい匂いの炙り肉屋へ飛びかからんばかりだった。


「ひゃあ!」炙り肉屋がまぬけな悲鳴を上げた。

「アイラ、ストップ!」


 リードを引っ張って押さえつけ、短く持ってしっかりと制御する。


「やあ、わるい。見てのとおり育ち盛りで」

「育っているどころじゃねぇが……助かったよぅ」


 ほっとして肩を上下させる炙り肉屋に謝り、名残惜しそうに見ているアイラを引っ張った。

 露店の並ぶ区画を通り過ぎるまでに、アイラはいちいち食いもの屋の前に立ち止っていた。

 おそらく銀貨一枚というのは、もし店に迷惑をかけたときの支払いなども含んでいるのだろう。

 町外へ出るまで本来ならどれだけの被害と苦労があったかしれない。

 しかしアイラ自体の聞き分けの良さと、[筋力]A+の恩恵は、被害を〇に収めた。


「アイラ、スロー!」


 飛び出していきそうな勢いを抑えながら厳めしい門を出て町外へ出た。

 出るのにも通行税が必要となり、入るのにも必要となる。

 鬼のようにがめつい守銭奴どもは、通行の自由によって町を活性化するという発想のない、頭脳がまぬけのようだ。

 町の入外に二銀貨、依頼に一銀貨必要な散歩というのもなかなかのぜいたくだ。

 さぞ可愛がられているのだろう。なかよくしようぜ、アイラちゃん。


「わん!」


 町外へ出るとアイラは元気よく走り出して、ちょっとした茂みで片足を上げた。

 三倍ハリアのアイラからすれば、まさしくちょっとした茂みである。

 電信柱へのマーキングというか犬は、家のなかではしないというから我慢していたのだろう。

 さらに続けてぶりっちょとやってしまう。これもやはり我慢していたにちがいない。

 このように犬の散歩というのは、運動不足解消と合わせて生理現象に非常に重要だ。


「うんこ入れはどこかなーっと」


 手提げ袋からうんこ入れ用のビニール袋的なものとシャベルを探していたが見つからない。

 ……考えてみればアスファルトなどというものがないから、そのまま肥料的なものにするのか、そのまま風化させるのがこっちの常識というものなのだろう。

 すっきりして見えるアイラは、いままで以上の身軽さで走り出した。

 町外なら人やものにぶつかることも考えなくていいだろう。アイラのスピードで走らせてやるため、両脚を回すように加速させる。


「カモン、アイラ。レース!」

「わん!」


 一鳴きしたアイラはギアを上げたように加速し、大きく長い四足でもって大地を駆け巡る。

 おれも全力で走るが、人間の[敏捷]A-でもめちゃくちゃなサイズの犬との競争はかなりギリギリだ。

 そこいらの犬でさえ時速三〇から四〇キロは出すという。つまり、そこそこ運動のできる犬は、世界記録を持つ人間と同等かそれ以上に速い。

 犬のトップクラスが、たしか時速七〇キロほどだったろう。

 アイラはおそらくそれよりいくらか速い。

 しかし、おれもただの人間ではない。


「なめんなワンコロ! 『運動能力強化フィジカル・エンチャント敏捷性(クイックネス)』!」


 全力の全力を使って、その競争を突破した。


 横っ腹が痛くなって走り終えると、ひさびさに全力を出せてすっきりしたのか、アイラはおれにまとわりついてきた。足元――というほどちいさくないが――をくるくる回ってじゃれついてくる。


「おーよしよし、なかなか可愛げがあるじゃないかアイラちゃん」

「わふ!」


 やっぱり一度ぶち負かしたのが効いたのだろう。おれを自分より格上だと認めたらしい。

 汗を袖で拭いながら手提げ袋から布を包んで丸めたボールもどきを取りだす。

 それをアイラの目の前でちらつかせると、目が輝いたようにすら見えた。


「キャッチ。オーケー?」

「わんわんわん!」


 成長期の犬らしく遊ぶのは好きなのだろう。おれが全力をこめて遠投すると、空気抵抗がありつつもボールは目算で一〇〇メートル以上飛んで見えた。アイラの四脚が唸りを上げて走ると、すぐにそれを持ってきてしまう。

 しかし並の犬ではない。やはり天才か……?


「わふ!」


 アイラが満足するまでだと、それこそ日が沈むまでやらなくてはいけないので、数百回ほどでボール遊びを切り上げると、散歩には十分だろうと町へもどることにした。

 ポーガ邸へもどり呼び鐘を鳴らすと、老執事がタオルと飲みものを持ってきてくれた。

 のどがからからだったからありがたい。

 水晶を削りだしたようなグラスを呷ると、水で薄めたワインにはちみつを入れたものだった。

 ワインの渋味と酸味がやわらげられて、なかなかうまい。


「ありがとうございました。しかし、ふつうの冒険者だと疲労困憊という感じなのに、まだ余裕がおありですね。それにアイラがこんなになついているとは」

「いままでの奴らが貧弱だったんですよ。それにアイラが素直ないい子なだけですよ。なぁ?」

「わん!」

「ははは。それは頼もしい。もしよろしかったら、またあなたが来てくださると助かりますね」

「手が空いていればいつでも。それでは受領証をお願いします」


 受領証にサインをもらい、アイラと老執事と別れた。

 しばらく歩いてその背後、彼が呟いた言葉は聞こえなかった。


「先祖返りを起こした魔狗種と遊んで余裕があるとは……掘り出しものですね」

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