〇四 ツンデレと揺れるハート
すっきりすると、すこし小腹が空いた。
たっぷり食いたいわけではないが、なにか軽いものでも詰めておきたくなる。
ここから武器鎧並ぶ物騒な区画をまた通り抜けてというのは遠回りだ。
このまま新区画を通り抜けて、町を一周ぐるりする形で生活雑貨区画へ急いだ。
あいだに通り抜けた場所は、屋敷の並ぶ高級住宅地という感じだった。
貴族だの大商人だのが、じゃぶじゃぶ金を使って作っただろう邸宅だ。
けっ! と思う反面、どうだスゲェだろう! という外向きの豪奢な造りは、散歩しているだけでも楽しめそうだ。そういうところは、むかし家族旅行で行ったヨーロッパの街並みを思い出す。
そこを抜けると、イタリアの市場……というには泥臭い。
東南アジアの屋台街や市場の雑然とした風景が広がっていた。
野菜などがところせましと積み上げられ、干した食材が縄で吊り下げられている。
きょろきょろ眺めていると、夕飯の準備に忙しそうなごっついおばちゃんや、商品搬入に忙しいおっちゃんなんかに邪魔扱いされ、押されたりしながらなんとか大通りへ抜けた。
「ひどい目にあった」
満員電車のラッシュよりひどかった。
あれは耐えていればいいが、こっちは退かなきゃぶっ飛ばされる。
レベルカンストの恩恵がなければ怪我のひとつぐらいしてそうだ。
「さあて、と」
そうこうしていると、肉を焦がしたような香ばしいにおいが漂ってきた。
吸い寄せられるように歩いていくと、炭火で骨付き肉を炙っているのが見えた。
鶏のもも肉かうさぎのもも肉かわからないが、脂が表面でぱちぱち弾けている。
官能的に艶のある皮と茶色く焦げた部分の色合いは、有無を言わせぬ吸引力だ。
「よぉく噛んで食べると、脂があまぁい。炙り肉はいらんかねぇ~」
「いいな。ふたつくれ」
「あい、まいどぉ」
銅貨を置いて屋台を離れた。
混雑を離れてまたぐるり通ってきた町の入口付近を歩きながら、さっそくかぶりつくと、味付けはうすい塩味だけだ。
そして、かなり噛みしめなければならない肉の堅さもある。
しかし炭火特有の香ばしさと、焼きたてあつあつのうまさがある。
硬いが、噛みしめるごとに出てくる味は、地鶏に似ている。
肉を歯で捕らえ、引っ張ってむしるように食べるのは、原始的で楽しくすらある。
マンガやアニメなどで謎のマンガ肉を食べる時に、肉がガムのように伸びるのは、この肉の硬さと歯ごたえを表現していたのだろう。引っ張って噛み千切るのは、『料理のうまさ』とはちがう、『食べかたのうまさ』だ。
寿司を箸で食うより手で掴んだほうがうまく感じるように、原始的、本能的な手段を取ることで、五感で味わえる。
この肉は洗練された料理ではないが、それでもうまかった。
残った骨をガジガジ噛んで弄びながら、また物騒な区画へともどった。
思わず町を一周する形になった。それほど大きくはないが、活気はある。
骨を吐き捨てると、犬のような動物が咥えてどこかへ走り去っていった。
放し飼いにされているのか野良かはわからないが、この町は裕福だ。
すくなくとも、動物を住まわせていられる程度には。
「そろそろいいか」
防具屋へ足を向けた。
薄暗くて革と金属の匂いが鼻につくのは、二度目でも慣れない。
「できたか?」
「ついさっきな。合わせてみろ」
むっつりと口をへの字に曲げるマッチョマンに鎧を合わせてもらった。
胸のあたりが緩かったり、肩の部分が窮屈だったのが、ぴったりになっている。
そのままスタンスタンと飛び跳ね、ブルース・リーのモノマネをしてみた。
「ヒュッ、ホアチュァオゥアァー!」
ジークンドーもどきのジャブが空を切る。
空中まわし蹴りなど繰り出してみても、鎧はしっかりとついてきた。
大げさに言えば、シャツを着てるみたいだ。やはり伊達の筋肉じゃない。
「暴れるんじゃない。店が壊れる」
「う、ごめんなさい」
調子にのっていた自覚はあったので、素直にあたまを下げた。
「またなにかあったら来させてもらうよ」
「すぐにはくるな。よくないものを売ったみたいに見られるからな」
ツンデレマッチョ。これは流行らない。
人の好さそうなマッチョマンにもう一度あたまを下げて、薄暗い店をあとにした。
「せっかく装備を買ったんだからってのでもないが……」
戦闘技術が無駄に溢れている世界のこと、やはりそういう仕事はあるはずだ。
あるとすれば、きっとこのあたりの物騒な区画にあるものだろうか。
あらくれ者の行き交う道をすり抜けて、一軒一軒店を眺めていると、一際大きく立派な建物に、武装した男女が怪しげに出入りするのを見つけた。
それに倣って中に入ってみると、そこは役所のようなところだった。
カウンターは仕切りが入っていて、仕切りごとにかっちりした服を身に着けた男女が椅子に座っていた。
窓口のようなところでは荒くれ者のおっさんや、痴女のような女がぼそぼそと話をしている。
見るからに大声で話しそうな奴でも声を潜めているのは、横柄な態度を取ればどうなるか、ということを知っているのだろう。それはこの建物の異様な大きさ、立派さを見ればわかる。
壁にはベニヤ板のようなものが張り付けられていて、羊皮紙が所狭しと並んでいた。一枚目を通して見ると、図形とアルファベットを足して二で割ったようなのが、みみずのようにのたくっている。ふしぎと読めてしまうのは、[言語:共通]のおかげだろう。
その一枚には、
『内容:(女性限定)裸婦画用のモデル募集
推奨:裸に自信がある人
時間:一回、二時間から四時間
依頼:イント・ペイ
現場:ペイ家
報酬:時給 銅貨六枚
備考:休憩有。絵画完成まで継続』
と、あった。
ヌードモデル、その手があったか!
美術を手段に全裸の女を視姦するという手段は、美術センスのないおれには残念ながら使いづらい。
しかし、あきらめて他の羊皮紙を眺めているうちに確信に変わった。
ここは冒険者ギルドだ。
冒険者の仕事斡旋所にちがいない。
われわれクソニートからすれば、立ち入ることさえ憚られる、名状しがたい精神的圧迫感を放つ冒涜的神殿だ。
ここに訪れる荒くれ者たちは、みんなここで一時的雇用を求めているのだった。
いかにクソニートだろうと、もはや仕送りはない。あきらめて働くときがきたのだ。
なるべく楽でかんたんで拘束時間の短い依頼を探していると、ひとつあった。
『内容:ペットの散歩
推奨:筋力C以上
時間:一時間から二時間
依頼:ニュール・ポーガ
現場:町中
報酬:時給 銀貨一枚
備考:初心者歓迎』
怪しいところしかないが、時給銀貨一枚というのはわるくない。
防具や串焼きを買った感触で言えば、銀貨一枚はそこそこの価値がある。
バイトの『初心者歓迎』は、『かなりキツいから人材の使い捨て』の意味になるが、これもまあ似たようなものに違いない。秋田犬やシェパード、ドーベルマンみたいなのを飼っているのだろう。
しかし、そこはレベルカンストの使いどころだ。身体能力ならペットごときに後れを取ることはない。せいぜいフンの始末に手間がかかるとかその程度だろう。
周囲の荒くれ無職どもを見習って羊皮紙を手に取り、美人のお姉さんが座るカウンター前に立つ。
「初めてなんですけど、いきなり依頼って受けられるものですかね?」
「はい。登録されれば、そのままお受けできます」
「ではそれでお願いします」
美人のお姉さんは椅子から立ち上がり、背を向けて棚に登録用紙を取りに行った。ハート形のお尻が揺れる独特の歩き方だった。
「こちらが登録用紙になります。筆記用具はこちらをお使いください」
「ありがとうございます」
魅力的な逆さのハートから目を離し、カウンターの上に出された容姿に目を落とす。
やはり図形とアルファベットを混ぜたような文字だ。
そこに情報を書きこもうとして止まる。
この世界の『共通語』は読めるが、書けるものだろうか?
意識すると手は未知の動きをしながら『共通文字』を、ぎこちなく書きこんでいった。がたがたの線とまではいかなくとも、公的文書にするには恥ずかしい。
しかし書き直すというわけにもいかず、そのまま提出する。
「すこしお待ちください」美人のお姉さんは、用紙に目を通してつづける。「住所、連絡手段のところが空白ですと、非常時や呼び出しの際には、免許証の方へ直接連絡が行きますがよろしいでしょうか?」
「ええ。かまいません」
「では免許証の方を発行してきますので、そちらに座ってお待ちください」
またぷりぷりとお尻で魅力を振りまいて、美人のお姉さんはカウンターのむこう側にある扉を開け出て行ってしまった。
ロビーにある椅子に座って、自分自身のステータス本を読みながらお姉さんが返ってくるのを待った。
よく見てみると、所持品の指輪――ルーン文字の入ったシルバーリング――が発動体化していることに気づいた。
レベルカンストして魔術が使えるようになったのに合わせて、使用不可能にならないように加工してくれたのだろう。これなら魔術剣は、万が一指輪を破損した場合にはサブとして使えるし、そのまま剣として使うにもわるくない。
使える魔術が数多く並ぶ古代魔術の項目をにやにや眺めていると、奥の扉から美人のお姉さんが出てくるのが見えた。椅子から立ち上がりカウンターの方へもどる。
彼女は二枚ちいさなプレートとバインダーを手にしていた。それをカウンターの上に乗せて、バインダーから羊皮紙を一枚取り出すと説明をはじめる。
「お待たせしました。免許証になります。こちらの羊皮紙は制約、権利、義務などの説明書となりますので、一度目を通しておいてください。こちらは依頼受領証となります。依頼者さまから、かならず依頼完了の署名をいただいて当方までご提出ください」
「わかりました。それとポーガ邸へはどう行けばいいですかね?」
「こちらの簡易地図をご利用ください」
そう言われるのがわかっていたとばかりに、美人のお姉さんは傍らのバインダーからもう一枚取り出した。
それには冒険者ギルドからポーガ邸への簡易地図が描かれていた。
どうやら窓口というのは、ある程度、未来が読めることが必須条件のようだ。
それを考えると、サービスたっぷりのお尻もわかっていてやってるのだろう。
突き刺さる視線に悦楽を覚えるというのなら、遠慮せずにガン見すればよかった。
「ありがとうございます。それではさっそく行ってきますね」
「はい。それではお気をつけて、行ってらっしゃいませ」
会釈をして立ち上がり、簡易地図を見ながら冒険者ギルドを出た。
まったく土地勘の働かないせいで、ポーガ邸に辿りつくには三〇分も迷った。