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〇一 世界を凌駕するもの

 ――テクノブレイカー。

 それは世界で一番情けない死に方をした男の称号。


 新卒チケットを見事に破り捨て、就職失敗からフルタイムニートという黄金コンボを決めたおれは、せめて世界に挑戦しようと何回イケるかというチャレンジをしていた。

 一年に及ぶ過酷なニート生活で対人スキルをがっつり下げて得た、セクシー動画(無料サンプル)検索スキルが猛威を振るい、世界記録まであと一歩というところまできていた。

 手はすでに腱鞘炎。敏感な皮膚は赤く腫れ上がり、触っただけで鋭く痛む。

 吐き出すものはなく、煙のごとき感覚があるだけ。とうに限界は超えていた。

 だが、やらねばならない。

 脳が焼けつくまで動かせ。それだけやれば俺は世界に名を刻める。

 そして、あえてちょっとブスめの子でなんとかがんばり、おれは世界を超えた。

 尋常ならざる達成感ともうやらなくていいという解放感を味わっていると、急激に心臓が痛み出した。

 息が詰まり、これはもう死ぬな……と考えた瞬間、おれにできたのは目の前のノートパソコンをちからのかぎり床へ叩きつけることだけだった。

 意識が途切れる瞬間、HDDが無事に壊れていることを祈った。

 こうして世界へ挑んだニートは記録達成の直後、無事死亡した。




        *




「……って死に方が、あまりにもひどくてねぇ」


 永遠のような湖に咲く睡蓮の花の上、豪奢な金の装飾品と衣服に身を包む美女は、涙ながらにそう言った。目元を拭うハンケチーフもまた金色だ。


「はあ。さようですか」

「ちなみに、ギネス記録は届け出しないと認められないのよ」

「マジなのですか?」

「ガチです。なので最上達雄(モガミタツオ)くん。君の記録は無効なんです」

「…………がーん、だな」


 命を賭した荒行がまったくの無意味だった。

 たしかにそれは、やっていることはともかく、涙するに足りる理由だ。

 かといって、下限まで達した対人スキルで届け出できるとも思えない。

 つまり、それを知っていようと知るまいと、無意味なのは変わらなかったのだ。

 世界に手が届いたと思ったらスタートラインにも立っていなかったこの落とし穴よ。


「ねえ。不憫でしょう」

「……そっすね。ろくでもねえ死に方だな」

「可哀想なので、転生しちゃいましょうか」

「転生ですか」

「はい。異世界行ったらとてつもない才能が開花して大活躍するやつです」

「ええー……いいんですかぁー?」

「いいんです。わたしが許します。かわいそうなので、ひとつだけ特別なちからを授けましょう」


 金色の美女がそういうと水面が揺れた。

 蓮華がひとつ咲いて、そこから光の玉が現れた。

 ふよふよと宙をすべって、光の玉はおれの目の前までやってくる。


「そのなかに手を入れてください。引き抜いたとき、握っていたものがあなたのちからになります」

「なるほど転生ガチャね。オッケー、やりましょう」


 コキコキと指を鳴らして、実に四〇回もの絶頂を導いたゴールドフィンガー(ひとり用)を光の玉へ突っこんだ。意外とごちゃごちゃした手応えのなかから、これだと思うものを引き抜く。

 それを金色美女に渡すと、彼女は金のフレームの眼鏡をかけてそれを読む。


「これは……出ました! 『能力全開で転移』とありますね」

「……つまり、どういうことでございますです?」

「あなたの知識風に言うと、レベルカンストでニューゲームです」

「マジっすか?」

「ガチです」

「……おっしゃぁぁあああ! おれの時代が来たァ!」


 これはもう無双です。

 村娘とか貴族のお嬢さんとかが「きゃー素敵、抱いて!」ってなる奴です。

 ハズレ能力でがんばる気力とかニートにさらさらあるわけないし、これは助かる。


「よっしゃ、すぐ行きましょう。はよ行きましょう」

「細かいこととか聞かないでだいじょうぶですか?」

「ドントウォーリー。いざとなったら知識チートに切り替えるから!」

「それだけの自信があるならいいでしょう。ではいきますよ……はいな!」

「ほいな!」


 座っていた蓮の花が散り、おれは深い深い永遠の湖へと落ちていった。

 息が出来なくて苦しいと思う間もなく、意識はふたたび途切れた。




「ぶわっはぁ! 溺れるわ!」


 がばりと体を起こすつもりが、ヘッドスプリングで立ち上がっていた。

 あたりはどう見ても木とか草とかのみで、コンクリートとかガラス張りのビルとかがない。

 遠くのほうに見える石壁は、きっと町だろう。


「ぬ……やたら体のキレがいいな。油差したばっかりの蝶番より調子いいぜ」


 これがレベルカンストの効果か……と感動していると、ものすごい動物臭が漂ってきた。

 動物臭というか、獣臭というか。つまりめちゃくちゃ臭い。

 そっちの方を見てみると、小汚い布を身にまとった小男が居た。

 緑色の肌と人にはありえない頭部から尖る小さな角は、きっとあれだ。


「きさま、ゴブリンか!」

「キシャー!」

「ぐわ、言葉が通じねえ。そりゃそうだ!」


 ゴブリンは、傷ついたら破傷風確実という錆だらけのナイフで突っこんできた。

 ヤクザ映画の鉄砲玉みたいに腰だめにぶち込んでくる攻撃を、後ろへ跳んで避けようとした。

 すると勢い余って数メートルも間が空いた。


「は?」

「キシャ?」

「あきらかにオリンピックどころの話ではないが、これは好都合!」


 レベルカンストの効果は絶大だ。

 この運動性能で地球へもどれたら、金メダル総なめできるだろう。

 これなら戦闘力皆無だったニートの俺だってやれる。

 オタク特有の広く浅い知識で、素人がパンチをすると手首を痛める危険性があるというのを知っていた。なので手を開き、指を軽く折りたたんで掌底の形にする。


「くらえゴブリン。ぬおりゃあ!」


 一足で首を傾げていたゴブリンの懐まで跳びこみ、掌底を突き入れた。

 予想以上のスピードとパワーで胸部にぶち込んだ掌底は、


「キシャっ!?」


 ザクロのようにゴブリンの体が弾け飛んだ。

 心臓を失い、痙攣しながら崩れ落ちる。


「……虚しい。これが命を奪ったかんか……くっさ!」


 案外、虫を潰したような感覚に近いなーと思っていたが、それ以上に臭かった。

 雑食で不潔な生物の体液を浴びるなんてドブに落ちるようなもんだ。

 レベルカンストの効果か、嗅覚なんかも鋭くなっている気がして余計にキツい。


「おげぇ……こ、こういう時はあれだ。出てこいステータス的なもの!」


 叫ぶと手に本が現れ、ひとりでにパラパラと捲られた。

 開かれたページにはおれのステータスが載っていた。


 [名前] 最上達雄

 [性別] 男

 [成長] 完成

 [職業] 無職

 [筋力] A+

 [頑健] A+

 [器用] A

 [敏捷] A-

 [精神] A

 [知力] A-


 最初のページには、端的に能力評価が乗っていた。

 プラスマイナスあれどオールAはさすがレベルカンストである。

 次のページには所持品が載っていたが、これはいま身に着けている服だけだ。

 重要なのは、もう一枚ページを捲ったところにあるだろうものだ。


・冒険技能

 [格闘:上級] [剣術:上級] [長柄武器:中級]

 [古代魔術:中級] [神聖魔術:下級] [精霊魔術:下級]


・一般技能

 [絶倫] [家事:中級] [雑学:下級] [言語:共通、異世界]


 技能からすると、ファイター寄りの魔法剣士的なタイプだろう。

 ではなく重要なのは魔術が使えるということだ。しかも三種類も。

 精霊魔術の詳細を強く念じると、パラパラとページが捲れてその詳細が出てきた。

 その内のひとつに、液体の浄化――正確には無害な真水に変える――があった。


「これだ。ええと……『水質浄化(ピュリフィケーション)』」


 空間に青白い光が満ち溢れ滝のように降りそそいだ。

 光がすべて落ちると、半径一〇メートル以内の液体が真水に変わっていた。

 当然、匂いもとれている。

 びちゃびちゃになった服が多少気持ちわるかったが、血まみれよりマシだ。


「うむ、実に便利だ。では町に行ってサクっと冒険者になってやりますか」


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